chapter:6――異世界二日目
…………
……俺は山中 久志、職業は某大手の運送会社に所属するトラックドライバー。
クライアントから与えられた仕事を果たすべく、日々トラックを運転し荷物を運び、その日の食い扶持を稼いでいる。
よく言えば日本の運送を支える大事な役職。悪く言えばその日暮らしの便利屋。
しかし、俺はそれも悪くないと思った、運送ついでに日本の各地を巡り、景色を眺めて、仕事終わりに現地の名物で舌鼓を打つ。
こんな人生を送るのもいい物だなと思っていた……
しかし、あの日の俺は、何時もよりもトラックを飛ばして急いでいる所だった。
荷台の中には急ぎの荷物、万が一遅れでもしたら違約金と損害費用を取られてしまう代物だ。
しかし、クライアントから提示された報酬が高額であった事もあって、その時、急な金が必要だった俺は直ぐに飛びついた。
だが、その荷物を運送している最中に、あろう事かトラックのエンジンが故障、その修理が終わった頃には大幅な遅れが発生していた。
普段は余裕をもってパーキングエリアで休んで、無事故無違反を心がけて運送する俺だったが、この時ばかりはそうもいかない。
法定速度ギリギリにトラックのスピードを上げて、パーキングエリアに止まるのはトイレの時だけで、一睡もせず徹夜で高速を走った。
しかし、その無理が祟ったのだろう、目的地近くの高速から降りた時には、緊張の糸が切れたか睡魔が俺の意識を侵し始めていた。
そして、一瞬意識を失い、はと気が付いた時には赤信号の横断歩道すぐ手前、その時のトラックのスピードでは到底止まり切れない。
更に最悪な事に、迫りくる横断歩道には子犬を抱えた中学生くらいの少年の姿が……!
――ぶつかる! 咄嗟の判断でブレーキペダルを目一杯踏みつつハンドルを操作し――そこから俺の視界がぷつんと真っ暗になった。
「なんでよーっ!? なんで動かないのよーっ!!」
……耳に響く素っ頓狂な女の声に目を覚ました俺は、
先程までの夢は、元の世界で死ぬ直前の物だったと思い出しつつ、ゆっくりと瞼を開く。
視界に映るのは、昨日しがた制作したワンタッチテントの天井。
どうやら、箱を使って、木の枝や葉っぱを材料に寝る為の毛布を作って、それに包まってそのまま寝てしまっていた様だ。
まだ微睡が抜けきらない意識の中、尚も外から響く素っ頓狂な声の主を確認すべくテントから出る。
「如何して動かないんだ? 何で蓋すら開かないんだ!? どうなっているんだよこれーっ!!」
声の主は、不機嫌に尻尾をぶん回しつつ、箱を前に四苦八苦している豹獣人の女盗賊レイク・レパルスの姿。
どうやら彼女は箱を使って何かを作ろうとしたのだろうか、しかしうんともすんとも言わない箱に対して頭を抱えている所だった。
恐らくレイクの事だろう、俺が寝ている間に箱を使って宝石か何かでも作ろうと考えたのだろう……盗賊らしい考えだ。
俺はそんな彼女の姿をくすりと笑みを零しつつ、朝の挨拶がてら彼女に声を掛ける事にした。
「おう、おはよう、レイク。その様子からすると箱を使って何かしようとしていたのか?」
「ヒッ! あ、いや、ちょっとこの箱がどうなってるのか気になって、し、調べていたんだよヒサシ……!?」
行き成り声を掛けられた驚きで尻尾ばかりか全身の毛皮を逆立てて、彼女はしどろもどろな様子で俺に対してそう答えた。
その態度は昨日出会った時の堂々とした態度とはまるで違い、まるで悪戯が親に見つかった子供の様な反応だ。
「残念だけどレイク、その箱はな、俺以外の誰にも使えない様になってるんだ」
「え、何だよそれぇ……それが異世界から来たヒサシの権能(チート)って奴なのかぁ?」
俺が自嘲気味に笑いながらそういうと、彼女は一瞬怪訝そうな表情を浮かべた後。
しかし直ぐに自分の持っている常識の範疇外にある俺の権能(チート)という事で納得したらしく、尻尾垂らし至極残念そうに言った。
このレイクの反応からすると、この世界にも同じような力を持った人間がいる可能性があるかもな……?
まぁその事については追々聞くとして、今は彼女の反応に俺は苦笑しつつ答える事にする。
「他にもこの箱にはいろいろな防衛機能があって、下手したらレイク、お前さん黒焦げになってた所だぞ?」
「うぇっ、マジっ!? 叩いたりしたらそうなっていた可能性もあるって事……??」
俺の指摘に、彼女は毛皮を毛羽立てつつ、恐る恐る手にした鉈の峰の部分で箱を軽く叩いて見せる。
《ピンポーン! 防御機能発動により箱に対する攻撃者の行動は無効とされました》
俺の脳内アナウンスと共に、彼女が鉈の峰で叩いた箇所を中心に複数の文様が複雑な色で輝く。そして直ぐにその輝きは収まった。
そんな箱の反応に、レイクは体毛を逆立て驚いた猫の様に凄まじいバックジャンプをして箱から距離を取った。
……箱を最初に触った時に脳にインストールされた箱の説明では、これでもし、彼女がもっと強く叩いていたら、
直後に箱から強烈な電撃が発せられ、箱を叩いた彼女は即座に黒焦げとなっていた事だろう……俺が言った事は嘘では無いと言う事だ。
「うぇーん、この箱を使って大きな宝石を作れば大金持ちになれるかなと思ったのにぃ」
「ふぅむ……大きな宝石かぁ……試しに作ってみるかな?」
「えっ!?」
涙目で項垂れるレイクの様子を見つつ、俺は『宝石を作ってみるのも面白いな』と思い立ち、驚く彼女を他所にさっそく行動に移る。
適当な石ころを何個か拾って、箱の蓋を開けて中に放り込む。そして蓋を閉めて箱に触れつつ想像するのは、何時しかテレビで見た様々な宝石。
箱に刻まれた文様が白く輝き始め、箱は中の石ころを分解し再構成していく。やがて文様が青く輝き、完成を知らせる。
ちょっとドキドキしながら箱の蓋を開けてみれば……
「うおおおぉぉ……!! すげぇデカい宝石だ! こんなのテレビでしか見た事ないや!」
「うわぁぁぁぁ! こんなに大きくて美しい宝石見たの初めて! 売ったらどんな値段が付くんだろう……?」
箱の中から取り出した完成品は、大きさは赤ん坊の握り拳大の、奇麗にカッティングされたエメラルド。
朝日を浴びたエメラルドは、キラキラと美しい緑の輝きを放ち、周囲を照らす。
そしてレイクも俺と同様にエメラルドの出来に驚きと感動を隠せない様だ……まぁ無理もないだろう。
俺もこんな綺麗な宝石が自分の手の中で出来るなんて思いもよらなかったのだから。
「ねぇねぇ、これを街に持って行って冒険者ギルドで買い取って貰ったら……って、こんな大きな宝石、どこで手に入れたかとか聞かれそう……」
大きなエメラルドにレイクは最初は尻尾を立て目を輝かせていたが、現実的な問題に行き当たり耳を伏せて不安げな表情を浮かべる。
確かに、こんな大きなエメラルドなんて、早々簡単に手に入る物じゃない。ましてやレイクは盗賊である、間違いなく入手経緯を疑われる。
下手すればあくどい権力者にエメラルドを奪われた挙句に、窃盗の罪で捕まってしまうかもしれない。
だが、それは飽くまで”大きなエメラルドを持って行った時”に起こりうる可能性だ
俺は箱の中に手を入れると、その中の指先に乗る位の小ぶりなエメラルド十数粒を取り出して、レイクに向けて笑みを浮かべて言う。
「これ位のサイズなら、ダンジョンで手に入れたとか適当な理由を付けて売る事出来るだろ?」
「さっすが! ヒサシって頭良いんだな!」
「――ぬぇ!?」
俺の説明に、レイクはぱっと表情を明るくして俺に抱き着いてくる。
柔らかな毛皮と体温がとても心地よく、更に体に押し付けられる豊満で柔らかな乳房の感触に俺は思わず一瞬思考がフリーズした。
昔から、メスケモに抱き着かれるシチュエーションは夢見ていた物の一つだけど、いきなりというのは流石にびっくりする。
しかし、そんな俺の心情なんか知らないレイクはそのまま上機嫌に立てた尻尾をゆらゆらさせて俺に礼を言ってくる。
「ヒサシ、あんたと出会って本当に良かったよ、これで暫くは盗賊稼業せず遊んで暮らせるぜ!」
「あ、ああ、レイク、嬉しいのは分かったからちょっと離れて、女の子にいきなり抱き着かれるのは流石に股間に悪い!」
「あ、悪ぃヒサシ! 柄にもなく思いっきり抱きついちまった……ともあれ、この宝石を売れば、ふひひひひ」
俺に言われて、レイクは慌てて俺から離れると、
箱の中からエメラルドの粒を手にして、嬉し気に尻尾を揺らしにへらとだらしない笑みを浮かべて呟く。
その笑い方は盗賊と言うよりも、金に目が眩んだ小悪党と言った方がしっくりくる様な笑みだ。
そんな感じでほくそ笑む豹獣人の女盗賊はさて置いて、一先ずはこの宝石を街で売りさばいて、
この世界での当面の生活資金を得る事にしよう……って、その前に問題があった訳だが……。
「おっ金持ち―!おっ金持ち―!宝石一杯幸せ一杯♪ヒャッフー!」
「……この宝石を売ってしまえる街を見つけんことには話は進まなかったな……」
肉球の掌一杯のエメラルドの粒を持って妙な歌を歌いながら小躍りするレイク横目に、
新たな問題に行き当たった俺は、空を見上げてぼやいたのだった。
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