chapter:8――門での一悶着


「すっげぇぇぇぇ! この乗り物すっげぇはぇぇぇぇぇ!!」

「おい、レイク、興奮するのは分かるけど余り動くな、振り落とされるぞ!」


電動スクーターに跨り、大はしゃぎする後部座席のレイクを窘めつつ、俺は街への道を電動スクーターで駆ける。

その速さは元の世界で乗ってたトラックに比べれば遅いが、それでも徒歩と比べれば雲泥の差だ。

この速度なら街まで1時間足らずで到着出来るだろう……まぁ途中で休憩は取るつもりだけどな……。

しかし、俺のそんな考えとは裏腹にレイクは興奮冷めやらぬと言った様子で


「ヒサシ! この乗り物すげぇな!クルーガー鳥と競争しても負けないんじゃないか?」

「何だ、そのクルーガー鳥って?」

「ああ、クルーガー鳥ってのはな、空が飛べない代わりに足が速い大きな鳥で、飼い慣らせば人を乗せて走る事が出来るんだ」


 なるほど、つまりはクルーガー鳥ってのは俺が居た元の世界の馬の代わりみたいなものか……。

レイクの説明に対して、俺はダチョウと同時に某大作RPGの人を乗せて走る黄色い鳥が脳裏に浮かぶ

クルーガー鳥がどういう鳥なのか一回見てみたい気がするが、一先ずは目的地のヴァレンティへと向かう事にする。


「なぁレイク、ヴァレンティって街はこのまま真っ直ぐ走ればいいのか?」

「ああ、この速度ならもう少ししたら街の門が見えてくる頃だぜ!」


 一回の休憩をはさんでレイクの持っていた干し肉で食事をとり、再度出発した所で

レイクに言われて、俺は電動スクーターの速度を更に上げて街へと向かう。

そして数十分後、遠くに見えてきたのは立派な街の景色と、その間に塞がる頑強そうな壁と門。

俺は門からある程度離れた場所で電動スクーターを止めて、レイクに降りる様に促す。


「何だよヒサシ、門まであと少しってのに降りるなんて……」

「あのなぁレイク、いきなりこんな見た事も無い乗り物に乗ってきたら、門の番兵に間違いなく怪しまれるだろ?」

「あ、そうだった……流石にこんな凄いの、皇帝でも見た事ないだろうなぁ」


 そうである、いきなり人間と獣人が見た事も無い乗り物に乗ってやってきたら、間違いなく番兵に怪しまれる。

だからこそ、俺は門の番兵からは見えない位置で電動スクーターから降りて、徒歩で門まで行くことにしたのである。

問題は、異世界からの人間である身寄りも何もない上に、異世界の作業着姿の俺が番兵に怪しまれないかって事だが……。


「さて如何した物かな……――そうだ、服を作ってしまえば良いんだ!」

「んお? ヒサシ、何をするつもりなんだ?」

「レイク、ちょっとそこで待ってて」


 疑問符を浮かべるレイクへ待つ様に言って、少し距離を取った場所でネックレス状にしていた箱を元の形へと変え、

蓋を開けて木の枝や葉っぱを放り込み、頭の中でRPGの冒険者が装備する様な衣服と装備をイメージしつつ箱に触れ、起動させる。

箱の文様が白く発光し、中の木の枝や葉っぱが服や装備へ再構築されていく、暫くして文様が青く光り、中の物の完成を知らせる。


「よし、良い感じだ、これなら番兵に怪しまれない……かな?」


取り出した物は、俺の頭のイメージ通りの布の服とズボンに、革製の鎧と同じく革製の道具入れバッグへと仕上がっていた。

着心地も考えてイメージしたので、多分履いた時の違和感とかも無い筈だ、そう思いつつ俺は意気揚々と作業服を脱いで――


「おい、ヒサシ、何やって――って、本当に何してるんだよ!?」

「ちょ、レイク!? 今着替え中だって! 離れてて!?」

「あ、ワリィ! 着替え終わったら声かけてくれよ!」


作業服を脱いで下着姿になった丁度のタイミングで、レイクに声を掛けられた俺が驚いて声を上げる。

それで尻尾をピンと立てたレイクは慌てて物陰へ姿を隠す。どうやら彼女も驚かせてしまったらしい。

俺は急いで作業服から冒険者風の姿へと着替え終わり、作業服を鞄へと仕舞い、箱をネックレス状へと変えて首に装着し。


「おーい、もう良いぞー!」

「お、着替え終わったか……ふーん、さっきの服からその姿になると、どこからどう見ても普通の冒険者だな、ヒサシ」

「お前さんにそう言ってもらえると、番兵に怪しまれる心配は無いと思えるよ。さて行こうか」

「ん、ああ、早くこの宝石をお金にしたいしな」


そう言ってレイクは鞄の中から宝石を取り出して二ヘラと笑って見せる。

そんなレイクの姿に苦笑しつつ、俺は電動スクーターを茂みへ徹底的に隠し、ヴァレンティの街へと歩み始めた。


「其処の二人、止まれー!」

「はい、何でしょうか?」

「お前達は一体何処から来た? 身分証を提示しろ!」


 ……まぁ、お約束と言えばお約束だよな。

門まであと数歩と言う所で案の定、番兵に呼び止められてしまった。

さて、如何した物かと思いつつ、俺は番兵に大人しく従う事にした。とはいえ身分証なんてもん持ってないぞ……?

俺が困っていた矢先、レイクが尻尾を揺らしながら兵士と俺の間に割って入る。


「オレは冒険者ギルドのイエロー級のレイク・レパルスだ、そしてこいつは道端で記憶喪失になって倒れてる所をオレが保護した者だ」

「む、そうなのか……?」

「――え? ええ、俺、気が付いたら道端に倒れてまして、しかも名前以外思い出せなくて……助けてくれたこの人に街まで連れてきてもらったのです」


 突然のレイクの話に俺は一瞬戸惑うも、彼女の『話に合わせろ』と言わんばかりの視線を察し、話を合わせる。


「身分証は持ってないのか?」

「どうやらこいつ、質の悪い物取りにやられたらしくて、金も身分証の類も全部持ってかれたらしいんですよ」

「ふぅむ……イエロー級のレイク・レパルスが言う事なら、信用せざる得ないか……」


 レイクの説明に、番兵は納得しかねると言った様子で唸りつつ俺を見つめる。

そして暫くして、何か思いついたのか、番兵は手持ちの槍の石突きで地面をトンと突きながら俺に視線を向ける。

……その槍は一体何に使うんだろう? まさかそれで俺を刺すつもりじゃ無いよな……?

そんな事を思いつつも俺は平静を装い、番兵の言葉を待つ。

すると番兵は、少し考えた後こう言ってきた。


「仕方あるまい、一先ずお前はレイクと共に冒険者ギルドへ行って新しい身分証を発行してもらえ、私から向こうへ通達して置く」

「すみません、番兵さん、余計なお手間を取らせちゃいまして」


 何処かやむを負えない様子の番兵に冒険者ギルドのある方へ促され、レイクは平身低頭して謝罪する。

見ると、レイクは尻尾が上機嫌に揺れそうになっているのを何とか堪えている様で、

彼女のその様子に俺は何とか笑いを堪えつつ、番兵へ平身低頭頭を下げて、


「えっと、番兵さん、ありがとうございます……」

「あー、謝罪は良いから、記憶が戻ったらちゃんと元の身分とかを教えるんだぞ、さっさと先に行け!」


 ふぅ、何とか怪しまれずに入ることが出来たか……それにしても幾つか気になる事があるが……。

先ずは言うべき事は言って置かないといけないな。


「助かったよレイク、ここで俺が記憶喪失の冒険者だと言ってくれなかったら、今頃どうなってた事か」

「良いって事よヒサシ、アンタとの出会いはオレにとっての一大転換点なんだからさぁ、フヒヒ」


 俺の感謝の言葉に、レイクは尻尾を揺らし上機嫌に笑って返す。そして彼女は少し照れくさそうに頭を掻きつつ言う。

その彼女の言葉と仕草が何処か可愛く見えてしまったのは秘密である。

っと、一応だけどこの街の番兵はこの世界で初めて会った同じ人間である、一先ずは挨拶と去り際に手を振っておく。

しかし、番兵はフンと鼻を鳴らすかの様子で振り向きもせず、早く行けとばかりに手を振って門へと戻って行った。

どうやら、あの番兵さんは職務に実直なお人な様で……それより少し気になった事をレイクに聞く事にする。


「所でレイク、冒険者ギルドのイエロー級と言ってたけど、それ冒険者ギルドでの位を現す物なのか?」

「ん? ああ、ヒサシの言う通り、冒険者ギルドでは駆け出しはホワイトから始まって、活躍に応じてグリーン、ブルー、イエローの順に位が上がるんだ」

「へぇ、イエローって事はレイクは結構活躍したんだな」

「ああ、これでも色々な依頼をこなして、ギルドの人間からも一目置かれているんだぜ?」

「その割に、俺と初めて会った時はいきなり襲い掛かってきたじゃないか……」

「う゛……あの時はその、金欠でさぁ……金になりそうな薬草を探してたんだよ、そしたら其処に妙な格好をした奴が現れたから、金を持った賞金首かと……」

「それで金になるかと思って襲い掛かったと」

「そういう訳になるな……あの時は本当に悪かった……!」


 レイクが意気揚々と語っていた所で、俺からレイクと一番最初に出会った時の事を言われ、

図星を突かれた彼女は耳を伏せて尻尾を垂らして、頭を掻きながら本当に申し訳なさそうに言う。

そんなレイクに対し、俺は溜息一つだけ漏らして、もう良いよという感じに手を振って、


「まぁ、それは街の門を通る時のとっさの行動でチャラにするとして……それで、イエローよりも上のランクとかもあるのか?」

「あ、ああ、そうだな、イエローより上となるとレッドにパープル、そしてブラックに金縁って順になってる」

「ふへぇ、金縁クラスとなると凄いんだろうなぁ……」

「ああ、この世界でも5人いるかどうかの伝説クラスだよ。噂だと一人でドラゴンの群れを屠ったとか色々あるぜ、他にも……」


 ――と、レイクは冒険者としての知識を俺に語ってくれる。

それを他所に、俺はヴァレンティの街の様子を見て思う事は『どこでもある異世界ファンタジーの街並みだな』という印象である。

土作りの瓦屋根の石造りの家に石畳の道、その道を行きかう人々は人間に獣人にエルフにドワーフにオークなど様々、

エルフの女性二人が喫茶店のテラス席で会話を楽しんで居たり、昼間から酒を飲んだオークとドワーフが良い気分になっていたり、

狼獣人と人間の子供がボール遊びに興じていたり、商店の前でゴブリンが買い物の内容を思い出そうとしていたり、

街では様々な種族が、それぞれの生活を営んでおり、平和その物と言った感じである。この世界には種族の差別が無い様だ。


「ヒサシ、何をきょろきょろしているんだ? って、異世界の街の光景が珍しいんだな」

「まぁな、俺の元居た世界じゃ創作の存在だった種族が実際に生活している光景なんて、初めて見るし珍しいよ」

「ヒサシが居た世界……? それってどんな所なんだ?」

「んー、一言で言えば、俺の元居た世界は文明と技術ばかり進んで、同じ人間同士が諍いを起こしている面白みのない世界、かな?」


 それを聞いたレイクは尻尾を揺らしつつ「ふーん」と相槌を漏らし、


「ヒサシの居た世界って、人間しか居ないのか?」

「ああ、違いと言えば髪と肌の色と生まれた土地と宗教位なもんさ、だからこそ人間同士がつまらない事で諍いを起こし合ってた」

「ふーん……そうなのか」


 俺の言葉に、レイクは暫く考える様な素振りをし、何かを思いついたのか口を開く。


「じゃあさヒサシ、このヴァレンティの街はどうだ? この世界をどう思う?」

「……そうだな、平和で良い世界だと思うよ。俺の居た世界と違って種族の差別も無いし」


 そう俺が言うと、レイクは嬉しそうに立てた尻尾を揺らしながら満面の笑みを浮かべて言う。


「だろ! だからオレはこの街が大好きなんだよ!」

「そっか……」


 そうレイクに返すと、俺は思う。多分彼女は、この平和がずっと続けば良いと思っているのだろうな。

出来る事ならば、俺もそうありたいと願うばかりだが、この世界に転生する前に聞いた事を思い出して不安を感じた。

女神プロナフィアからの『いずれこの世界に訪れる脅威』という言葉を思い出し。


「おーい、何ボーっと突っ立ってんだよ! 冒険者ギルドはここだぜー?」

「あ、悪いレイク、今行く!」


 レイクに声を掛けられ、俺はハッと我に返り、頭を振って脳裏の嫌な予感を振り払うと、彼女の元へと駆け出した。

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