夢みた日々

 晴れた空を見上げ口からハァっと大きく息を吐く。夕暮れには少し早いこの時間帯。息も白くはなりきれずただ人知れず空に混ざり込んでいく。それでも日差しの弱まりと共に徐々に徐々に気温は下がっていて、夕日とはまだいかないまでも光に赤みを感じ始めている。

 私は校門の塀にもたれ掛かったまま、ひたすら待っていた。背中に触れるコンクリートの壁はコート越しでも背中から明確に体温を奪っていく。それでも何故だろう、ちっとも寒くないのは。それどころか、校門から出て行く生徒たちが増えるに従い、私の頬は熱を帯びていく。胸は高鳴っていく。期待が膨らんでいく。

 踵でふんばりつま先をパタンパタンしながらひたすら待つ。早く来ないかなー。遅い、遅いぞー。早く来いー。


「お、アカネちゃんじゃん。俺に用事だったりする?」

 と、校門から出てきたケータ君が私に気がついておどけた調子で私に声を掛けてきた。

「ケータ君。アハハハ、ごめんね、今日はリョースケ君の方なんだ」

「だよな。ごめんな、アイツ帰り際に雑用押し付けられて少し手間取ってるんだわ」

「そうなんだ。教えてくれてありがと」

「ねえ、ケータ。そのコ誰?」

 ケータ君と一緒に校門から出てきたコが、ケータ君の服の袖を引っ張って注意を引く。ケータ君は少し回答に迷った末にその子に向かってこう答えた。

「リョースケの友達だよ」

そしてチラリと私を見て薄く笑い、こう続けた。

「まだな? アカネちゃん、頑張れよ」

「アハハハ、ありがとう」

 私はサムズアップするケータ君に笑いながら答える。バレバレか。そりゃそうだよね。バレンタインの日に男子が出てくるのを校門で待ってる女子だもん。

「あ、良ければいる? 義理だけど。めちゃくちゃ義理だけど」

 私は別に用意していたチョコレートをチラつかせた。そんな義理を強調したチョコだったけど、それでも嬉しそうに受け取ってくれた。

「サンキュ。でもそのうち俺にも女友達紹介してくれると嬉しいな」

「ふふふ、考えとくね。それで今日の成果は?」

「アカネちゃんので2個目」

「お、やるねー」

「一つはコイツからの友チョコだけどな?」

ケータ君は親指で一緒にいたコを指した。

「……いらなかった?」

 と不機嫌そうにそのコは口を尖らせる。

「いや。ありがとな」

 するとそのコはパーッと表情を明るくする。

「……迷惑じゃなかったら、良かったよ」

 その様子を見て、ケータ君に友達紹介して良いものか迷いが生まれる。うーん、まあ、なるようになれ。ケータ君達と「またね」と手を振って別れた。


「ミズキ、そんなに引っ張らないでください」

 まだかなと校門から校内を覗き込んだらカッコイイ系美人の女の子が、小柄な女の子を引きずるように出てきた。

「やだ。早く帰る。そしてユウコとチョコ食べる」

 そう言って引きずっていく。なんだか散歩を嫌がる子犬を連想した。もしくは散歩大好きな大型犬と子供の飼い主とか。そんな事を考えてたら、引きずられてる女の子のコートのポケットからヒラリと何かが落ちる。その事に女の子は気づかず、周囲を見渡しても誰も拾う素振りも見せず、あわや踏まれそうになっていたので私は慌てて駆け寄ると落ちてたものを拾い上げた。それは桃色の花弁が散りばめられた便せんだった。私は軽く土を払うと、彼女らを追いかける。

「ちょっとそこのお二人、止まってください」

 私が声を掛けると美人なコが立ち止まった。私は彼女たちに追いつくと便せんを差し出す。

「これ、どうぞ」

「私に?」

 美人な女の子は嫌そうに眉を寄せた。

「あ、違います。その隣りのあなたにです」

 私は引きずられていた女の子に向けて便せんを差し出す。女の子は何か気がつくと口を開いた。

「あ、それって」「ダメだ」「あ」

 女の子が受け取ろうと手を伸ばしたところで、美人な女の子が私の手から便せんを掠め取った。そして私と女の子の間に割り込むと私の事を睨みつける。

「え、何するかな?」

「よくも私の目の前でユウコにラブレターを渡そうだなんて考えたものだね」

「え、違う」「誤解ですよ、ミズキ」

「私の目が黒いうちはユウコに近づけるだなんて」

「あ。無事ミズキさんにお手紙渡せたんだね、ユウコさん」

 それまでの流れとは一切関係のない、ただ通りがかっただけの女子生徒がそう言った。

 その言葉に今度は動かなくなる美人の子。その隙に便せんを取り戻す小柄な子。それを交互に見較べて首を傾げる通りがかりの女の子。

「あれ、違った?」

 通りが掛かりの女の子が小柄な女の子に問うとバツが悪そうに答えた。

「はい……渡せてなかったのです」

「私に!?手紙!?ユウコが、ほんと!?」

 復活した美人な子が小柄の女の子に詰め寄ると、両腕を掴んでグラグラと揺すった。小柄な女の子は目を回しすんじゃないかとふらついている。

「は、はい。その、チョコだとミズキのに比べてだいぶ見劣りするのでそれ以外でミズキが喜ぶものはと考えて、その、日頃の感謝とかそう言ったものを手紙で伝えようと」

「く~~っっっ」

「あ、あ、あ、あの、ミズキ? 受け取って、貰えますか?」

 彼女は改めて便せんを差し出した。一方の女の子は今にも泣き出しそうになりながら便せんを受け取った。

「一生大事にするね」

「まだ読んでもないのにですか!?」

「ユウコから貰えたって事が嬉しいんだよ」

「うー。せめて読んではくださいよ?」

「じゃあ、早速家に帰ったら読ませて貰うね。じゃあ、急いで帰ろう!!」

「わ!?」

 そうして美人な女の子は小柄な女の子を引っ張っていった。うん、さっきっと変わらないね!

「あ、どなた存じませんが拾ってくださりありがとうございました!」

 引きずられながら、小柄な女の子は私に礼を言う。

「いやいや、大した事じゃなかったから」

「それでも助かりました。とても大事なものでしたから。ありがとうございます」

「いえいえー」

 そうして騒がしい二人は去って行った。残されたのは

「ところであなた誰?」

 私と通りがかった女の子。なんだこの組み合わせ。

「たまたま落とした便せんを拾っただけの他校生です。でもその、折角なんで聞いていい?」

「何かな?」

「なんで便せんの事知ってたの?」

「彼女から相談受けてたんだよ。チョコ以外で喜びそうなものって事で」

「ああ、なるほど」

 なんとなく、彼女と二人で二人が去って行った方を目で追う。喜びそうなものをずっと考えていたんだね、あの子。喜んで貰えたみたいで良かったね。

「ユーズリ、お待たせ!……って誰、このコ?」

 女の子が話してた女の子の背後から抱きついてきた。また美人な女の子だ。その子が私の顔を見るなりそう尋ねる。そのユーズリと呼ばれた女の子はまた首を傾げると腕組みをし始めて悩み出した。その様子を見て、抱きついたまま女の子が今度は私に尋ねてきた。

「私なんか難しい事を聞いちゃった?」

「そうじゃないと思うけど。なんかたまたまとしか言いよう無くて」

「へぇ」

「……そうね。縁があったって感じ、かな?」

 思考の渦から解放された彼女が口を開くとそう言った。縁、ね? そんな大仰なもんじゃないと思うけどな。たまたまだよ。

「それより、誰かと待ち合わせしてたんじゃないの?」

 指摘されて思い出された。

「あ、そうだった。それじゃ、どうもでした」

「ええ。それじゃあまた縁があれば」

「うん、またなー」

 そうして彼女たちは帰路につき、私はまた校門の脇で彼を待つのだった。


 夏頃には思いもよらなかったな。こんなに仲良くなれるだなんて。電車に乗る度に彼の姿を探して。同じ車両になる度に気づかれなようにと思いつつも目で追って。近い位置に彼がいるというだけで浮かれてしまって。でもそんな時ほど顔があげれなくて。近くで聞こえる彼の声が嬉しくて。何か声を掛けるキッカケはないかとアレコレ思いを巡らして。どうしようって混乱しちゃって。気がつけば彼の下車駅で。彼の存在感がなくなった車内で後悔が押し寄せて。でも今日は会えて良かったなーって最後は幸せ感じちゃったりして。そんな日々の繰り返しだった。


 あれ? でも私どうやって仲良くなったんだっけ?


「あれ、アカネちゃん?」

「コーヘー君」

 私が思考の坩堝るつぼに陥りそうになっていると、コーヘー君が校門から出てきて私に声を掛けてくれて私を思考から呼び戻してくれた。

「どうしたの……って、まあ、だよね」

 と、ケータ君に続きコーヘー君もニヤニヤ笑いを隠そうとしなかった。

「あーもう。ご想像にお任せだよ!」

「苛つかないでよ? だって、バレンタインに出待ちだよ? 勘ぐるなって方がムリだって」

「分かってるよ、もぅ」

 そう、分かってるよ。隠す気はないの。でも照れ臭いものは照れ臭いの!

「コーヘー君は余裕だねー? やっぱ彼女持ちは違うなー?」

「ええ?」

「聞いたよ? 遠距離恋愛中の彼女のがいるんだってねぇ?」

 私は逆にニヤニヤ笑いを浮かべながらコーヘー君を見る。コーヘー君は校舎の方に疎ましそうに目を向ける。

「あいつ……。というか、二人でいる時に俺の事なんて話すなよ? もっと別な事話せばいいのに」

「いやいや。話題提供、ありがとうございます。ふふ、調理実習で作ったチョコ、あげるの?」

「あー、そういう約束、しちゃったからなぁ。んー、そっちは?」

「私? んー、どうだろうね?」

「いや、その顔、絶対貰う事になってるだろう?」

「え? え?」

 呆れた顔のコーヘー君のツッコミに、私は思わず顔をペタペタと触る。

「分かりやすかった?」

「分かりやすかった」

 うーん、そんなに顔に出てたかー。

「アカネちゃん、調理実習でチョコ作ることになってどうだった?」

 私はコーヘー君の問いにニターっと顔を歪ませながら答える。

「ありがたかったよー。チョコを交換するいい口実になったし。最高だね。コーヘー君は?」

「俺? 彼女にはメチャ羨ましがれたけど。うん。悪くはないかな。メイの気持ちに近づけたし」

「羨ましがられた?」

「楽しそうだって」

「ああ、分かる。……なら、来年は一緒に作ってみたら?」

「一緒に?」

「一緒に作ったらきっと楽しいよ?」

「じゃあ、アカネちゃんたちも来年俺たちと一緒に作ってくる?」

 コーヘー君が挑発的に笑うと誘う。

「……考えとく。ほら、彼女さん待ってるよ?」

「ああ。じゃあ、また」

「うん、また」

 コーヘー君も踵を返すと、帰路についた。


 ……遅い。あまりに遅い。私は校門から校舎内を覗き込む。姿はない。

 ほらほらー、私の絶品チョコが待ってるんだよー? 早くおいでよ。

 いや、ほんとに絶品だと思うよ? お菓子作りが趣味だったんだもの。チョコも手慣れたもので。でも、去年。リョースケ君を見つけて。あげたいと思って。頑張って何度も練習して。でも、意気地の足りなかった私は去年渡せなくて。今年こそはと意気込んで。もう、絶対私史上最高傑作は間違いないのよ。あー、まだかな。

 そんな時、私はムクムクと悪戯心が沸き上がってきた。まだリョースケ君はやってくる気配は未だない。そこで、私はリョースケ君に渡すはずだったチョコを取り出すと、ラッピングを丁寧に剥がしていく。そして、露わになったチョコを、私は齧る。


 パキンッ。


 もぐもぐ咀嚼し舌の上で転がす。うん、やっぱりとっても美味しい。さすが、私。そして残されたのは私の歯型のついたチョコレート。それを、今度は逆の手順で丁寧に包装紙で包んでいく。

フフフ、これを開けてみてリョースケ君はどんな反応を示すかな。それがとても楽しみだった。

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