第4話

 町の図書館の館長とは名ばかりで、職員の数が少ない故に自らもカウンターからイベント企画まで何でもこなすのが鴻池匠の仕事だった。蔵書整理から整頓、予算がない故にトイレから館内清掃に至るまでをこなし、本探しに迷う方々にご案内をしながら日々を過ごす。人口比率的には国の統計の遥か彼方、最先端を突き進む町であるが故に、貸し出す本も取り揃える本も年々減少の一途を辿って行く。

「かっちゃんよ、それは無理ってもんだ」

「たくちゃん、なんとかならんか?」

 夕暮れ近く、閉館作業を終えてから束の間の休息を取ろうとした鴻池のもとを嘉瀬川が訪れたのはあの電話から数日後の事だった。

「移動図書館って話だろ、そりゃ、企画したこともあったさ、でもよ、予算も車も人もねぇ、町の法律だって関わってくるし……」

「車は何とかなるかもしれん」

「だが、本はどうすんだ?本棚は?」

「本はここに沢山ある。本棚は秋吉んとこの捨てる予定のジュュース用のプラボックスを貰うことになった」

「いや、金はどうすんだ、燃料や維持管理は」

「その辺は、俺がやるさ、うちは母ちゃん死んで俺1人だで、給与は貯金に回っとるくらいだしな」

「それだって……」

「統廃合の話は聞いとんやろ、きっと俺の在職はあと2年、そうすれば要らなくなるさ、他の市みたいに移動図書館なんて大それたもんは逆立ちしたってできんから、細々と短くやろうとな」

「う〜ん」

 鴻池にとっては統廃合の話は知っていたし、なにより町中でも話題になっている話だった。親類縁者には県議会議員もいて、その上の話、町の存続までもが秘密裏に協議されている事も誰にも話せないが聞いてはいる。

「読みたいって思う奴がおるから、ここがあるんと違うんか?」

「それは、間違っちゃいないが」

「俺らももうすぐ終わりだろ、もう一仕事してみるには、面白そうだろ?」

「それは……」

「お前は昔っから慎重だったからなぁ、だから、細かい仕事もできるんだろうが、なぁ、昔みたいにちょっと悪巧みしてみようや」

 鴻池は照明の落とされた図書館館内を見渡してみた。

 旧町役場をそのまま流用して使われている館内の痛みは激しい、修繕のために身銭を切ることもあった。今だに自らが子供の頃に読み耽った本も数冊は残っていたりもする。他の市の図書館にでむけば、真新しい本が並び、開放的な館内と数多くの利用者が訪れていた。もし、学校だけではなく、町自体が合併ともなればこの図書館の行く末など目に見えている。

 幼い頃はこの図書館に人が溢れていた。電車も本数は多く町中まで通っては本を借りて帰る、受験勉強も3人でここでしていた。緩い時代だったから端の読書スペースで勉強していると、顔見知りの職員さんがお茶を出してくれたし、帰りは送ってくれる事もあった。一緒に働いている妻との出会いもここで、あの頃は大変なことも多かったがとても充実した日々だった。

 そして賑わいが失われてゆくさまをその目で見続けてきた。

 同級生が営んでいた町の本屋は数年前に廃業して息子夫婦のいる遠い都市へと引っ越してしまった。図書館で販売もできないかとも画策したが思うようにはいかずに企画倒れとなり、今では限られた本しか町中では手に入れる事しかできない。

 活字の衰退は町の衰退、想像力の衰退、であると1番に感じることがある。

「俺の学校は統廃合で終いだ。でも、図書館はここにある。子供達にそれを知らしめておかにゃならんだろ。そうすればここも昔のように賑わうかもしれん、ここにこの本があったと思い出せば借りに来る」

「そうだなぁ、理由としては心細いが。まぁ、やってみるか」

「よし、じゃぁ、ちょっとばかし後輩の尻を叩きに行くか」

「え?」

 図書館玄関先からクラクションが響く、そして昔から聴き慣れた呼び声も響いてきた。

「おおい、そろそろ行くぞ!アイツが逃げ帰る前にな!」

 3人の中で一番声の大きな秋吉が静かな館内にまで轟く声で叫んだ。

「あきちゃんは昔っからここであの声出しとったなぁ」

「そうだな、よう怒られてた」

「覚えとっか?そん時の司書のよし姉さんの声」

「覚えとる、覚えとる」

 2人は互に視線を合わせて頬を歪めて人の悪そうな笑みを浮かべると、玄関に向かってよし姉さんが注意した時のように声を張り上げた。

「「秋吉!やかましい!」」

「すいません……」

 きっと本人も思い出したのだろう、弱りきった声で返事が返ってきた。

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