第3話
「校長先生、図書室の本、もう少し増えませんか?」
「どうしました?西崎先生」
「今日、おおさわんとかつにゃんがバスの中でそんな事を言っていたんです。どうにかならないものかなぁと」
「そうですねぇ……」
青鴉小中学校には数人の先生がいるが、小学校教諭は西崎洋子先生ただ1人だけ、2人しか小学生はおらず、それに続く子供達はもういない。小中学校を閉校し、街中の学校へ集約しようという案も町議会で囁かれてはいるが、集落最古参の老人達がなんとか思い留まらせているために、学校はどうにか存続できている。
「近隣の学校からですとか、町の図書館からですとか、何かして貰えると嬉しいのですが……」
「いっとき、校長会でもそんな話が出たことがあります。移動図書館のようなものを作れないかと町議会にも働きかけたんですが、予算の都合上、中々難しいものがあったと聞いています」
「そうですか……」
「もう少し掛け合ってみますよ」
「すみません。よろしくお願いします」
嘉瀬川昌幸校長は残念そうに肩を落とした西崎洋子先生の背中を見送りながら、手元の資料に目を戻した。青鴉小中学校の予算案だが、教育委員会からは数カ所の訂正を求められている難しいもので、それはとてもでないが教育者としては看過できないものばかりだった。明らかに統廃合へ向けての布石を打ち始めたのだと肌身で感じるその書類に若干の苛立ちを覚えながらも、ふと窓の外へ視線を向ける。クラス別ではあるが小中問わずに生徒達が運動場で授業を受けている姿を見ると、もう少しだけ頑張らねばと再び電卓を叩き、学校指定の業者と連絡を取り合いながら何とか指示予算まで削減しようと粘っている最中の事だった。
「かっちゃん、ウチも自販機事業から撤退しようと思ってるんだ」
「なんだい、学校の自販機も辞めちまうのか?」
「いや、隣の市から来てくれるみたいだぞ、回数は減るし、値段は上がるけどな」
「人手か?」
「それもあるし、価格もな、下手な値上げはせん様に頑張ってきたけっど、腹を括る時がきちまったのさ」
校長の同級生でもあり町中で商店を営んでいる三島秋吉、その同級生の声はかなりの心労を伴っているものだった。町で指折り数えるだけの企業の1つがそうなのだから、他も察して知るべしな状況なのだろう。数年に一度の同窓会では、出ていった者と残った者の苦楽の差は明らかだった、もちろん、誰も口にすることはないが、残った者同士で酒を飲み交わすと愚痴も出る事もあった。
「そうか、残念だなぁ」
「すまん、さっき聞いた物品の話はツテを頼ってみるよ。また、返事をするさ」
「ありがとう……」
「おう、じゃぁ……」
電話を終えようとしてふと先ほどの西崎先生の話が脳裏に浮かぶ。そして、ちょっとした思いつきが咄嗟に口から溢れるのに躊躇うほどの時間はなかった。
「なぁ、そんな話を聞いたところですまんのだけど、あの自販機で補充のために使っとった車はどうすんだ?」
「ん?なんだぁ、藪から棒に」
「いや、ちょっと気になってな」
「かっちゃん、悪巧みやろ」
「え?」
「お前、声色がそんな感じやぞ、何十年と知っとんだから、今、なんか考えたやろ、言ってみろ」
「いや、なんにも考えちゃおらんが」
「それでも言えや、きっと何かしらの話を聞いたんやろ、かっちゃんはお人好しやから、それやから町の学校でなしに田舎の校長ばっかやしな」
「田舎の校長は余計やぞ、まぁ、なんだなぁ、自販機に補充する姿を思い出してな、あの車やったら本くらい大分乗らんかなぁと」
「本?」
「そ、本」
「あははは、なるほど。面白そうやな、もし、売りに出すか廃車にする時は声かけるわ」
「すまん、無理のない範囲でよろしく頼む」
「おう、じゃ」
「お、じゃ」
電話を終えて目の前の予算ではなく、メモ用紙として使っているFAXの裏紙の束を取り出してきて鉛筆でカリカリと考えを巡らせてみる。この学校で教師生活も最後になる事は間違い無いだろう。だったら、若い頃のように面白い事をためになる様なことをしてみたい。次にふっと意識を取り戻すと昼を告げるチャイムが鳴っていた。
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