第3話 有給休暇
ーー仕事中。営業課のオフィスにて。
「乾君、そろそろ有給休暇とりなさいよ。」
私はパソコン画面を見つめながら、隣の席のはるとに言った。
「……いりません。」
「は?」
そっけなく返された言葉に、私は思わず聞き返した。
「いや、有給休暇なんて必要ないですし。」
春輝は相変わらずの仕事モードで、眉間にシワを寄せながら書類に目を落としている。
「バカね、義務なんだから取らなきゃダメに決まってるでしょ?」
「だったら、僕の分を犬飼先輩にあげます。」
「無理に決まってるでしょ!」
私は思わずデスクを叩いた。周囲の同僚が一瞬こちらを見る。
「……春輝、お前、ブラック企業の社畜みたいなこと言ってんじゃないよ。」
春輝は、まだ納得いかないような顔をしながら私をじっと見つめる。そこへチーフがやってきて、ため息混じりに口を開いた。
「乾、お前、いつまで有給使わない気だ? 上に怒られるのは俺なんだから、さっさと取れ。」
「ですが、犬飼先輩が困るので……。」
「は?誰が困るって?」
私は春輝をじっと睨んだ。
「僕がいないと、案件の進行に支障が出るかと。」
「なに言ってんの? 私1人でもやれるわよ!」
「いや、先輩1人では効率が悪すぎて、無駄に残業が増えると思うんですが。」
「……なんか今、地味にバカにされなかった?」
「そんなことないですよ?」
「……むかつくわね。」
私は軽く舌打ちしながら、デスクに肘をついた。
「とにかく、取るのよ! いいわね?」
「……仕方ありませんね。」
結局、春輝はしぶしぶ翌週から5日間まとめて有給を取ることになった。
ーー翌週、月曜日朝。自宅にて。
「くみちゃん……行かないで……。」
はるとは私のスカートの裾を掴み、今にも泣きそうな顔で私を見上げている。
「大げさすぎでしょ!? たかが5日間じゃない!」
私は呆れながら彼の手を振りほどいた。
「いや、5日も離れ離れなんて……。」
「離れ離れって……家に帰ってくるんだから、一緒でしょ?」
「でも、朝から晩までくみちゃんに会えないなんて……僕、耐えられない……。」
「ほんっと大げさね……!」
私はため息をつきながら、はるとの頬を軽くつついた。
「いい? こういう時はね、自分の趣味に没頭するのよ!」
「趣味……?」
春輝は不思議そうに首を傾げた。
「……僕、趣味ってなんですか?」
「え?」
「だって、休みの日はいつもくみちゃんと一緒にいるし、くみちゃんのために何かするのが趣味みたいなものだから……。」
「…………。」
なんなの、この子は。可愛すぎない?
「じゃあ、もう私のために有給使いなさい。」
「いいんですか!? 僕、家事全部やります!」
「いや、いつもやってるでしょ……。」
「じゃあ、夜はマッサージしてあげます!」
「……はいはい、好きにしなさい。」
「やったぁ……!」
子どもみたいに嬉しそうにはしゃぐはるとを見て、私は思わず笑ってしまった。
「じゃあ、行ってくるね。」
「えぇ……もう行っちゃうの?」
「行くのよ。会社に遅刻するでしょ。」
「……早く帰ってきてね。」
春輝は涙目になりながら、玄関先で私を見送った。
「……まったくもう。」
私は苦笑しながら、仕事へと向かった。
ーーこの日から5日間、帰宅するたびに甘えたがる春輝に悶絶するくみであった。
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