第26話
「あんた、なんで昨日来たの? この病院に」
「ユズを探しに」
「なんで今?」
「それは――」
シグは少し視線を俯かせると「言いたいことがあるんです」と続けた。水希は眉を寄せる。
「柚希に?」
「はい」
「ふうん」
水希は珈琲を飲むと「思い出話とか?」と訊ねる。しかしシグは首を横に振った。水希は眉を寄せる。
「一年以上会ってない相手だよ? もう知り合いどころか他人だと思うんだけど。ああ、恨み言とか? あいつ、あんたに何かした?」
「違います!」
強い口調でシグは言った。水希は少し驚きながらも「ふうん」とテーブルに頬杖を突く。
「他の人たちはもう柚希のことなんて忘れてるのにね」
「そんなことはないと思います」
「そう? もうあんた以外は誰もリプも送ってこないのに」
「それは――。でも、みんなユズとまた会える日を待ってるはずです」
「へえ。ま、柚希はきっともう会わないと思うけど」
「え……」
シグは目を大きく見開いた。そして「どうして、ですか」と掠れた声で言う。
「どうしても何も、柚希の方から距離を置いたんだよ? それくらい察したらどうかな」
するとシグは黙り込み、しばらく何か考えるようにテーブルを見つめていた。だが、やがて「じゃあ」と顔を上げると水希をまっすぐに見つめてきた。さっきまでのような困惑した表情ではない。どこか強い表情で。
「どうして今日わたしを呼んだんですか。昨日、あの場所で会ったのは誰?」
水希は頬杖を突いたまま小さく息を吐く。
「柚希のことを忘れるつもりはない?」
「ないです」
「どうして? あんたにとって柚希は知らない人でしょ? 本名すら知らなかったのに」
「でも、会いたいから」
彼女の瞳は強かった。
――会いたい、か。
その言葉と共に脳裏に蘇るのは柚希の笑顔。その笑顔をシグは求めているのだろうか。考えていると彼女は「昨日、わたしが会ったのはあなたじゃないんですよね」と続けた。水希は身体を起こすと椅子の背にもたれながらスマホで時刻を確認する。午後三時半過ぎ。
――どうしようかな。
最初はすぐに諦めるだろうと思っていた。しかし彼女は諦める気はなさそうだ。ただのネットの知り合い。会ったことだって数えるくらいしかなかったはず。それなのに……。
「どうして――」
「え?」
気づけば言葉が口から出てしまっていた。水希は「いや、いいや」と首を横に振る。どうせ自分には理解などできない。自分と柚希は近くて遠い存在。わかり合えない相手だ。
「あんたが昨日会ったのは柚希だよ」
半ば諦めの気持ちで水希は言う。
「あれが、ユズ……」
シグは眉を寄せて呟くと「彼女に何があったんですか?」と水希を見つめた。その瞳に怯えも何もない。
「柚希があんたのことを忘れたとは思わないわけ?」
「思いません。だって、もしわたしのことを忘れてるならこのアカウントでフォローしたりしないと思うし」
言いながら彼女はテーブルにスマホを置いて水希に画面を見せた。そこに表示されているのは知らないアカウントのページ。だが、そのポストの内容には覚えがある。それは柚希が嬉しそうに話していたフォロワーと遊んだときのこと。水希は思わず微笑んだ。
「こんなの作ってたんだ……」
誰にも言わず、彼女は一人でこんなにも思い出を大切にしようとしている。水希に対しては平気なふりをしているのに片割れである自分よりも彼女を頼って……。
それは仕方のないこと。そう思うと同時に悲しくもあり虚しくもあり、そして切なくなる。水希は珈琲を飲み干すとカップを潰しながら立ち上がった。
「会いたい? 柚希に」
シグを見つめながら問う。彼女は迷うこと無く頷いた。
「じゃ、来れば? そろそろだから」
「はい」
何が、とは聞かなかった。彼女は何かを覚悟したような表情で立ち上がるとドリンクを飲み干した。そして先に歩き始めた水希の後をついてくる。
「あの、聞いてもいいですか」
「なに」
「さっきユズっていうアカウントは共同アカウントだって言ってましたけど、どうして二人で一つのアカウントを作ったんですか?」
水希は歩きながら少し後ろを振り返る。ただの好奇心というよりは純粋に理由が知りたいといった様子。水希は前を向くと「親が離婚してるから」と口を開いた。
「離婚……?」
「そう。わたしたちがまだ赤ん坊だった頃に。だからわたしたちが双子だってことを知ったのは、あのアカウントを作る少し前」
「え……。それまで会ったことは」
「なかった」
きっとこの街に引っ越してこなければ永遠に知ることはなかっただろう。自分の父親が再婚だったということすら知らなかったのだ。その父親の仕事の都合でこの街に来た。そして偶然、街中で自分とそっくりの柚希と出会った。
柚希も水希と同じように自分が双子であることなど知らなかった。互いの親に話を聞いてようやく知ったのだ。自分には片割れがいる、と。
ユズというアカウントを作った時は、ただ自分と柚希の共通点を持ちたい。それだけだった。
今まで築いてこれなかった絆を作りたい。どちらが何を言うでもなく同じ想いだったのは、やはり双子だったからなのだろう。
互いの親に聞いてどちらが姉なのかを確認したのもこのときだ。ほとんど同時に生まれているのだからそんなことはたいした違いではない。それでも柚希にとっては違ったらしい。
自分が姉だと知った彼女は彼女が思う理想の姉であろうとしていた。きっと内面的には水希と同じ内気で周りに溶け込むことが苦手なタイプだったはず。それでも彼女が自分を変えようと頑張ることを否定はしなかった。そんな彼女を見るのが少し面白かったから。しかしすぐに彼女の頑張りは水希との絆を作るためという理由ではなくなった。
これから失った時間を取り戻して双子として仲良く生きていこう。その想いはどこかへ消えてしまったのだ。
あの日から彼女が演じるユズという人物は他の誰でもない柚希自身のための存在となった。自分が想う理想の自分の存在を他人に認めてもらう。そのために柚希は頑張っていた。がむしゃらに。
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