事実に気づく、俺。

「理由は分かった」


 俺はオネットの意図を理解した。

 彼は豪運リスという要素を、門のシステムから排除したいだけだ。

 この門の製作者は、高難易度に設定したゲームをバグレベルの豪運により攻略されて悔しいのだろう。

 だからといって、頼みを聞くことはできない。


「だったら俺たちと共にリスを試練に送ってくれ。攻略を終えたら、もう門には関わらせない。約束しよう」


 俺は試練を乗り越えられる前提で話している。

 妹が持つ魔導具、それを確認し、トリックショットの実現可能性が一気に上がった。


「そうだね……ラスと言ったかい、君にはその権利があるよ。君は既に試練の鍵を手に入れているんだ。第七段階の試練は、少し特殊でね……挑戦者が試練に挑むのではなく、試練が挑戦者を選ぶんだ」

「なら、早く試練へと連れて行ってくれ」


 俺はオネットを急かす。

 彼が試練への道を開けてさえくれれば、後はどうとでもなる。


「いや、僕は君の鍵ではないよ……そうだね、それもいいかもしれないね、そうしよう」


 オネットが急にひとり納得していた。


「僕がこのゲームの中ボスとなろう。そっちの方が”しっくり”くる」


 そして、彼の頭と体が溶け始める。


「待て、今なんて言った!?」


 俺は消えゆくオネットに近寄るが、間に合わなかった。


 今彼は『ゲーム』『中ボス』と言った。

 それはこの世界に存在しない概念。

 俺が勝手に言っている単語だ。


 オネットが消える直前、リスが魔導具の使用を試みたが、それは地面に抉れた跡だけを残した。


「流石は第七段階、意味が分からないな」


 俺は変に納得してしまった。

 展開の混沌さも含め、門の最高位段階に相応しい。

 こんなにも作りこまれてるのなら、第三から第六をとばしてしまったことが悔やまれてしまう。


 しかし、オネットの言っていた言葉には引っかかる部分が多々あった。

 その情報が今後どのように関わってくるのか、期待が高まる。


「感心している場合じゃないわよ……」

「先輩、どうしましょう……レーヴ、怖いです」


 呆れ混じりの声を出すリュゼと、絶対に怖がっていないのに抱き着いてくるレーヴ。

 俺の仲間は平常運転だ。


「今回は相手からやってくる。俺たちは観光でもしていればいい。ところで妹よ、君はいったいどこで生活しているのだ?」


 待機の期間が分からない以上、拠点を確保しておきたい。

 妹が寝泊まりしている場所を使わせてもらおう。


「姉貴、皆さん、俺に掴まってください」


 リスはそう言って、金属の輪をアイテムポーチから取り出した。


「それ、国宝級の魔導具をじゃない……」


 妹が軽い感じで出した魔導具に、リュゼがドン引きしていた。


 俺たちはリスの身体と腕をしっかり掴む。


 妹の手の平に乗せられていた輪が空へと浮かび上がり、巨大化した。


 巨大な輪は、ゆっくりと降り、俺たちを別の場所へくぐらせた……




 俺は今まで夢を見ていたようだ。

 異世界へと転生し、女騎士となってトリックショットをする。

 そのちぐはぐな光景は、夢と形容するに相応しい……


「姉貴、姉貴!」

「ラス、急にどうしたのよ!?」

「先輩! 起きてください! 私との約束は……」


 俺を呼ぶ声に、思考がハッキリとする。


「すまない、驚いただけだ。少し休もう」


 俺たちはベッドや椅子に各々座る。


 妹の魔導具で、俺が飛んできたのは、俺の自室だった。

 こじんまりとしたワンルームには、机とベッドが置かれている。

 机の上には、ほとんど使わないデスクトップパソコンが、寂しく待機していた。

 物最小限の生活だけが担保された部屋は、懐かしさを感じる。


 だが、これは俺の勘違いかもしれない。

 そもそも前世の記憶など、もう遥か昔のものだ。

 俺の住んでいた地域ならこのような部屋はいくらでもあるし、寝るだけの用途だと間取りは自ずと質素になる。

 第七段階に降り立った時から、俺は”門”の製作者は転生者だと確信していた。

 それならば、テンプレート的な部屋を再現したということだろう。


「しっかりしてくれよ、姉貴」


 リスがアイテムポーチから、純白の袋を取り出しながら言った。


「でも驚いたぜ、姉貴が挑戦者になるなんてな。でも、姉貴ならそうだよな……」

「ちょっと待ちなさい! それ、”食”じゃない!? それも国宝よ!」

「へー、そうなのかー。はい、これどうぞ」


 リュゼがまた驚いていた。

 感情豊かなのは良いことだ。


 俺は妹からパンを受け取り、食べる。

 健康の味がした。 


「ということは、あっちも持っているのよね……」

「もちろん!」


 諦めたリュゼに、リスはもう一つの袋を見せた。

 その袋の口をを緩め、傾けると水が出てくる。


「はあ……彼の気持ちが分かる気がするわ……」


 リュゼは遠い目をしながらパンを食べていた。


 俺は食事をしながら、今後のシミュレーションを脳内で行う。

 ここから先は未知の世界。

 想定は出来るだけ多く、念には念のそのまた念を入れるのが騎士時代での教訓だ。


「リュゼ、歴史上で第七段階を攻略したのは英雄だけ、それで間違いはないな?」

「そうよ。その英雄も、どこかに消えてしまったけどね」

「なら、第七段階試練の情報が少しでも伝えられていないか? なんでもいい」


 唯一の情報源、英雄の子孫がそこに居る。


「申し訳ないけど、他の人が知っている情報しか私は知らないわ」

「そうか、問題ない」


 あとは妹がどれだけ第七段階を知ったか、だな……


「妹よ、第七段階はどうだった? 個人的な感想でいい」

「俺にとっては一瞬だったぜ。日にち感覚なんてもう無いからなー。戦って、食って、寝て、で気づいたら今という感じだ」

「そうか……いや、戦っていたのか?」

「あのガキ、しつこいからな」

「挑戦者狩りモドキはどうした? やはり”無”の魔導具を使ったのか?」

「これのおかげで途中から消えたな。ガキは『僕のシナリオが滅茶苦茶じゃないか』と怒っていたよ。だから、それからはずっと、ガキと追いかけっこさ」


 リスが手の平に乗せた魔導具を見せてくる。


 先ほどの屋上で、妹はは地面をえぐっていた。

 だが、抉られてできた穴は、修復される気配すら見せなかった。

 門の中では、全てが元に戻ろうとする。

 この魔導具が理を変えていたのは確かだ。


「そうだとしたら、俺たちの前に現れた奴らは……」


 俺の脳内で情報の欠片が合わさる。


 第七段階の戦闘は無限ループだ。

 そして、戦闘を制御できるのは、オネットのような自立型と呼ばれるNPCである。

 彼との会話から、戦闘を含めたNPCとのシナリオは、この際”試練”の一環だと見ていいだろう。

 つまり、第七段階の試練は門の特定キャラクターが開始させるのだ。


 オネットは『試練が挑戦者を選ぶ』とも言っていた。

 彼自身が試練だとすると、『僕”の”シナリオ』という言葉が、他の試練の存在を示唆している。

 彼の試練のシナリオ、その敵役である門内部の魔物は消滅したはずだった。

 

 結論、俺が直面した先程の戦闘は彼以外の試練、そのシナリオだ。

 更に俺は、試練の鍵をすでに持っているらしい……


 俺は眉間にしわを寄せた。

 てっきりオネットが、俺を選んだと勘違いしていた。

 そして、第七段階のタワーの下、そこが開始地点だと誤解していた。


 全て違う。

 俺の試練、いや、物語シナリオが始まったのはもっと前。


「リュゼ、君は"いつ”ここに来た?」


 俺のラスボスは、すぐ隣に居た。

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