今後の方針に悩む、俺。
脳内の思考回路に。タワー下でのオネットのセリフが引っ掛かった。
俺はリュゼの目をしっかり見ながら答えを待つ。
小さな部屋に、物音一つ鳴らない。
緊張が走り、場が硬直する。
「流石は私の王子様ね」
しばらくして、リュゼは嬉しそうに、そして寂しそうに笑った。
再び部屋の中が沈黙に包まれた。
俺は大きな溜め息をつき、ベッドの上で横になった。
汚れた装備で寝るのは慣れているが、しっかりとした寝具では初めてだ。
「解散」
俺は天井を見ながら言った。
「ちょ、ちょっと姉貴! 説明してくれよ!?」
「先輩、リュゼを倒せばいいのですね」
身構えるリスに、アイテムポーチから剣を取り出したレーヴ。
もうどうでもいい。
やる気が下降の一途をたどり、地平線へと消える。
「いつもの調子じゃないわね。あなたの自己満足はどこに行ったのかしら?」
リュゼは床から立ち上がり、俺を見下ろした。
「俺は決めたんだ、やりたくないことは絶対にやらないと。だから、そんな顔をするな。これが俺の満足だ」
俺は体を起こし、リュゼの頭を撫でてあげた。
「そう……ありがとう……」
消え入りそうな声と共に、リュゼの身体にノイズが走る。
「いや待て」
俺は彼女の手を掴み、止めた。
「な、なに?」
「まだ消えるのは早いだろ。いろいろしっくりきてないんだ、もう少し残ってくれ」
「意味が分からないのだけど……」
「想定される試練の内容は『大切な仲間を倒し、悲しみのエンディング』か?」
「うっ……なんか客観的に言われると、安っぽく感じてきたわ……」
「だがなリュゼ、考えても見てくれ」
確かに物語の終わりとしては、よく使われる内容だ。
俺としても、そのシナリオに異議を唱える気はない。
だが、だとしたら、俺とリュゼには残念な事実があった。
「俺たちは仲間になって、まだ一日も経っていないんだぞ?」
そう、俺たちは仲間になったばっかりだ。
だから、彼女のことは気に入っているが、物語としての重みが無い。
「うっ……確かに……」
とんでもない事実に気づいたリュゼは、顔をしかめていた。
バグは彼女にとっても予想外だったらしい。
「リュゼを倒しても、新たなリュゼは俺を覚えていないんだろ?」
「そうね……」
門は常に初期化を行ってる。
だとすると、リュゼの記憶も、下手したら人格も最初に戻ることだろう。
「俺が望むのは再契約ではない、契約延長だ。リュゼ、これからも俺の仲間でいてくれるか?」
第七段階をしっくり終わらせたいのか、それとも”リュゼを倒す”という現実から目を背けたかっただけなのか、どちらかは分からない。
ただ、俺は彼女ともっと話したいと思った。
「ふふ、ありがとう、私の王子様……」
リュゼは涙を流し、俺が差し出した手を握る。
「なんすかこれ……」「なんですかこれ……」
リスとレーヴの困惑した声が、狭い部屋に流れていた──
「……と、俺の見立てはこんなところだ。合っているか?」
俺は今までの状況を説明し、導き出した結論に確認を行った。
「正解よ、せ、い、か、い。はあ……なんか恥ずかしくなってきたわ」
椅子に座っているリュゼは、不貞腐れていた。
「はえ~、第七段階の魔物すげー」「一応分類上は物になるのか。本当に人間みたいだね」
リスとレーヴが、リュゼの身体を突っついたり
「私の正式名称は、”第七段階自立型魔導具、門”よ。人間の尺度で決めないでくれる?」
この場に居る誰もが、リュゼを恐れていない。
最初こそは驚いていたが、すぐに順応し、今ではただ感心しているだけだ。
「だけど魔物も魔導具も、魔力で動く門の存在という点では同じね。報酬で出るか出ないかの違いよ」
「リュゼは門側の存在なんだな?」
「そ、そうよ……なによ」
「一つ確認したいだけだ」
リュゼが俺を第七段階に導いたとしても、彼女の言葉に嘘はないように感じた。
「リュゼの祖先は誰だ?」
彼女は英雄の選択、そして門の奥へ消えた理由を知りたいと言っていた。
「英雄、その事実に間違いはないわ。ただ、言い方を変えていたわね。正確に言うと、私を”作った”人物が英雄なの。彼が選んだ報酬というのが、私よ。私は私の存在意義が知りたいだけ」
リュゼは自分探しの旅に出ていたという訳だ。
おそらくだが、かつて英雄が第七段階を攻略した旅を再現し、彼の真相に迫ろうとしたのだろう。
だとしたら、なおさらトリックショットをしたり、バグを起こしたのが申し訳なくな、らない。
それとこれとは話が別だ。
「そうか……」
さて、リュゼを倒すことはできないとしたら、どうやって試練を終わらせるか……
なにか門の仕様の脆弱な部分を見つけたい。
俺は真剣に悩んでいると、レーヴが疑問を口に出す。
「リュゼ、私は君を英雄の子孫として覚えていた。私は王族だ、公の場で君と会った記憶がある。それについては、どうなっているのだ?」
もっともな質問だ。
俺みたいにトリックショットばかりを考えている人なら別だが、リュゼという”英雄の関係者”を知っている者は多いはず。
英雄の血が流れているのなら、そういった繋がりは避けられない。
「私は門そのものよ。外の世界でも、私の周囲は門内部とみなされるわ。だから、私の都合の良いように理、つまりは記憶や認識が捻じ曲げられていたってことね」
「納得した」
レーヴは頷き、再びリュゼの身体を弄り始める。
ぷにぷにとした感触に夢中になっているようだった。
「とりあえず、話をまとめよう」
俺は今後の方針を決めるため、情報を整理した。
「リュゼ、君は俺を第七段階の挑戦者として認め、ここに導いたということで大丈夫か?」
「結果的にはそうなるわね。そもそも、私は自分の役割を放棄しかけていたわ。英雄の通った道を自分で再現しようと、第一段階から挑んでいた時にラスと出会い、ひ、ひとめぼれしちゃ……ごほん、認めたってわけ」
リュゼは赤くなりかけた顔を、咳払いで戻す。
「リュゼは門を自由に出入りできるのか?」
「第七段階だけよ。他は脱出地点から普通に出ているわ」
「それでも、俺たちをここから出すことはできないのか……」
今までの様子からして、挑戦者を自由に出入りさせることは不可能のようだ。
俺は思考を巡らせ、最適解を見つけようと努力した。
「オネットはどうだ?」
彼はシナリオを開始していた。
それは俺の妹、リスに対してだ。
「無理ね、彼はただの引きこもり、挑戦者を選んだ訳ではないわ。だからおかしいの。リスちゃん、第七段階にどうやってきたか分かる?」
「第六段階を周回していたら、急に穴に落ちた、それだけ……」
リスの回答にリュゼは頭を抱えた。
「第六段階を周回って……本当は第六段階の試練を特定の仲間と攻略しないとダメなのよ。今は私ということになるけど……はあ……ラスの妹らしい滅茶苦茶っぷりだわ」
「おー、褒められると気分が良いな、姉貴!」
いや、褒めている訳ではないのだが……
妹は昔と変わらず純粋だ。
「つまり、バグで落ちてきたリスを、オネットは対処しようとしていただけか。彼を倒しても攻略扱いにはならないんだな?」
「そうよ。それに、私はあの子を倒したくないわ……」
リュゼには思うところがあるようだ。
仕方がない。
攻略の糸口がないのなら、諦めよう。
もうシナリオを進める必要はないから、敵は現れないだろうし、ゆっくりする時間も人生には必要だ。
「とりあえず、寝るか。敵は出さないでくれよ」
俺はベッドに横になる。
未来の自分が、何とかしてくれると信じて……
「あれは、私も忘れていた門の仕様で……って、本当に寝るの!?」
リュゼは驚いていた。
「おやすみ、姉貴」
「私も疲れた」
リスとレーヴもベッドに乗り、窮屈になった。
「あー、もう! 分かったわよ! 私の屋敷でゆっくりしなさい!」
リュゼが指を鳴らすと、場所が変わった。
俺たちが移動したというより、周りが変化したというのが正直な感想だ。
巨大な屋敷のエントランス、その床で俺は寝ていた。
「お風呂はあっちの廊下を真っすぐ! 寝室は二階だから!」
そう言ったリュゼの顔は、嬉しさを隠しきれていなかった。
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