2話 嘆きの森

 それでも虎士長は班長へ確認した。


「あの……班長、これはそのいわゆる"演出"ですか……?」


 そう、この班はいつも演習中の悪ふざけがすぎるのだ。

 アドリブで毎回へんな演出をして状況想定した訓練を複雑にする。

 検閲訓練を評価するのように"おえらいさん"が視察してたら大変な事になるような悪ふざけも平気でする。

 だからさっきの断末魔も、きっと井浦2曹による"そういう"悪ふざけなんだろうと彼は思った。


 この班には真面目で優秀か、不真面目で優秀な奴しかいないとネタにされていた。

 班長と井浦2曹は不真面目(ある意味真面目)で優秀な人だ。

 きっとこれも、真面目にごっこ遊びを演出してるんだろう。

 そう思うことにして班長について行く。


 その間も断末魔とも怒声とも奇声とも言えるような、怖ろしい声が山中に響き渡っていた。

 しかし彼はもう振り向くことはない。

 何故なら、班長が「行くぞ」と言ったら行かなければならないのだ。



 歩哨位置を囮にし、回り込んでくる敵を撃破するという班長の判断は成功し、そのまま逆に敵の横腹を突きに回り込む。


 そもそも、本来こういう状況はゲリコマ役もある程度やったら"わざと"やられて、勝手に状況終了想定訓練終了になる。

 なので、こっちもある程度それっぽい動きさえしておけば、ゲリラ役もわざと倒されてくれたりするもの。


 自衛隊に夢を見ていた皆すまない、今は知らないが昔の訓練はそんなものだった。


 しかしそこはさすがの神山班、不真面目に真面目に状況というごっこ遊びをガチでやる。

 しかし未だに叫び声が止まらない……さすがにおかしいと思い虎士長は班長に進言する。


「班長、井浦2曹と松木士長の安否確認は……向こうの状況がわかりません、向こうがやられていたら援護のないこちらが孤立します」


 それを聞いた班長は面倒くさそうにため息をつくと、無線を手にし


「……井浦2曹、聞こえるか? 何があったさっきの叫び声はなんだ? 報告しろ」


 しばらくして


「井浦2曹が……井浦2曹がっ! うああああ……ブツ」


 松木士長の声だ。


 異様な雰囲気に包まれ顔をあわせるも、すかさず班長は


「矢部2曹と三島3曹は健在か、送れ」


「ザザッ……応戦中! 残敵2!」

後ろでは叫び声が2つになっていた。


 三島3曹の応答を聞き、班長は一瞬考えた様子を見せたが


「よし残敵殲滅する! ……井浦2曹と松木士長は残念だった」


「……は、はぁ……(勝手に戦死扱いされてるよ……)」


 虎士長は頷き、ついて行くしかなかった。


 その後の行動は簡単なものだった。

 正面で矢部2曹らが攻撃を引きつけてる間に、なんの障害もなく敵側面をとった班長らは、これをいとも容易く撃破した。


 残敵処理すると、ゲリコマ役の人がこちらへ近づいてきて、班長に挨拶をしにきた。


「状況おつかれさまです。見事な側面攻撃でした。ところで……この叫び声ずっとですけど大丈夫なんですか……?」


 未だ叫び声が響き渡るこの森の中で、不安そうなゲリコマ役のレンジャー隊員。

 しかし班長は


「問題ない、仮想敵役おつかれさまでした」


 と言い、一礼すると何事も無かったかのように回れ右して行ってしまった。

 虎士長もまた、頭を軽く下げ皆のところへ戻る。

 未だ響き渡る叫び声のもとへ。

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