3話 褐色の悪魔

……戻ると叫び声は3つになっていた。


 3つ目の叫び声の主は三島3曹だった。

 井浦2曹と三島3曹が取っ組み合いをして、松木士長は半泣きになりながら、矢部2曹に助けを求めているが、矢部2曹は後退りし助けようとしない。

 そこへ、戻ってきた班長が激しく怒鳴る。


「何事か!」


 すると、松木士長が近づいてきて説明しようとする、しかし間髪入れず矢部2曹が吠える。


「班長! 危ないっ!! 危険です!!」


 班長は咄嗟に身構え、松木士長を観察する。

 虎士長も、矢部3曹のただならぬ気迫に負けて後退りする。

 すると松木士長は、ふらふらとこちらへゆっくり近づき


「はんちょおぉ、井浦2曹がぁ……ヒック」


 泣きながら語ろうとする松木士長を気にかけ、警戒しながら近づく班長。


「どうした? 何があ……くっさっ!! うっわ! うんこくさっ!! おっあぁ」


 普段威厳を保っている班長が、今まで見たことのない動きで鼻を抑え飛び退いた。

 松木士長の顔や体には、べったりと茶色いアレがついていた。



 遠くでは……

 井浦2曹が叫びながら三島3曹に詰め寄り


「誰だよ! お前だろ野糞したやつ! なあっ! 殺してやるよ! あああああ! くそがああ!」


「俺じゃないですよ! やめっ! うわっくっせええええええ! 何するんですか! ああっ! 付いたじゃないですかーー!!」


 取っ組み合いをしていた……

 その光景はおよそ自衛官とは思えないほど幼稚だった。


「班長…井浦2曹は歩哨の位置から有利な場所に移動しようと匍匐で移動して……そして……」


 矢部2曹が班長へ、事の状況を説明しようとする。


「……被弾したか」


 そう班長は冷静に一言返し


「え? あぁ……はいまあそうですね……」


 矢部2曹は班長に話をあわせ返事をする。

 どうやら井浦2曹は、匍匐中に野糞に被弾したようだ。

 この状況でも野糞が付いたことを「被弾」という単語で表現する班長に、矢部2曹と虎士長は、ああ……この人は根っからの自衛官なんだな、と感心した。


 矢部2曹が説明するには被弾した井浦2曹は怒り狂い、状況中想定訓練中にも構わず犯人探しをしはじめ、左手や上半身にべったりと付着した野糞を松木士長に投げつける、というゴリラみたいな奇怪な行動にでたというのだ。


 そしてまだ向こうでは、井浦2曹と三島3曹が取っ組み合いをしていた。

 2人はもはや、泥なのか野糞なのか判別つかないくらい褐色に染まっていた……

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