第12話 いつもより上等なカレー

 帰宅後、カレーを作ることにした。

 いつもは市販のカレールーを使い、メーカーの指示に従って正しく作るが、今日はいつもよりも上等なカレーを作ることにした。

 市販のカレールーを使うのは同じだが、二種類混ぜると、より複雑な味わいになる。じゃがいもがごろごろ入った定番のカレーも捨てがたいが、じゃがいもが溶けるぶん、どうしても味がぼやけてしまう。今日はいっしょに煮込まず、人参も入れない。豚と玉葱だけのポークカレー。

 焼きナポリタンばかり作っているのに飽きて、一時期カレー作りに嵌まり、レシピサイトなどを見ながらあれこれ作り方を研究するうち辿り着いた。

 まずは豚バラ肉を食べやすい大きさに切り、塩と黒胡椒で下味をつける。

 にんにくは半分に切っておく。

 フライパンにバターを熱し、みじん切りした玉葱が飴色になるまでじっくり炒める。

 厚手の鍋にオリーブ油を熱し、豚肉を返しながら焼く。

 全面に焼き色がついたら、水と赤ワイン、にんにく、ローリエを加える。

 沸いてきたら、じっくり煮る。

 火加減を強め、飴色玉葱を加え、ひと煮立ちしたらカレールーを加える。

 カレールーが溶けて来たら、中濃ソースとカレーパウダー、コリアンダーパウダーを加えて混ぜる。

 塩で味を調え、底が焦げつかないよう混ぜながら弱火で煮る。

 メーカーが推奨する作り方と比べると手間と時間がかかるが、飴色玉葱を加えると、ぐんとコクが増す。

 小皿に温かいご飯をよそって、出来上がったカレールーをたっぷりかける。

 喫茶微睡の開店前に試食してみると、豚肉がほろほろと柔らかく、しっかり食べ応えもあった。どこか懐かしさを覚える味わいに思わず頬が緩む。

「んっ、いい味……」

 祖父が喫茶微睡で出していた往年の味とは異なるが、賄いカレーとでも銘打てば、喫茶微睡で提供することは可能だろう。

 早速、黒板ボードに「賄いカレー 限定10食」と書き加えた。

 スマホでポークカレーの写真を撮り、針谷一花に送りつける。

 朝起きられない彼女のことだ。どうせ、まだ起きてはいないだろう。

 当眞はすっかり上機嫌で開店準備を始めた。

 祖父と当眞は喫茶店の二階に住んでいるが、喫茶店とは直結していないため、自宅スペースへ行くにはいったん店を出て、建物の裏手から回り込むようになっている。

 脳梗塞を患って右半身が麻痺してしまった祖父は外出のたびに外階段を上り下りしなければならず、いかんともしがたい不自由さを味わっている。

 学校から帰宅すると、当眞は必要な食材を揃え、下拵したごしらえをして、料理の提供時間を早くするため仕込みをしておく。仕込み量は毎回同じではない。直近の売上の推移と客数、曜日と天気予報などをきっちり頭に入れて、だいたいの売り上げを予測した上で仕込み量を微調整する。

 仕込み過ぎると鮮度が落ちるし、食品廃棄フードロスが出るのはもったいない。

 その点、カレーは良い。余ってしまっても、ジップロックに小分けして冷凍保存し、中身が凍ったままでも湯煎すれば翌日以降も食べることができる。

 当眞は二人分のカレーをよそって、二階の自宅へ上がった。いったん喫茶店を出て、扉の開け閉めをしなければいけないのが煩わしい。

「じいちゃん、夜ご飯」

 今日は病院へリハビリに行ってきた日であったためか、白髪の祖父はソファにもたれて眠っていた。いつもより調理に時間がかかってしまったから、微睡んでいるうちに本格的な眠りに落ちてしまったのだろう。起こすのは忍びない。

 いつもより美味しく作れたのにな、と思いながら、当眞は独りでわびしくカレーを食べた。試食のときはあれほど美味しく感じたのに、薄暗い家で黙々と食べていると、なんだか味気ない。当眞はさっさと食べ終えると、食器を洗い、「温めてから食べてね」と書置きして喫茶店へ戻る。

 夕方の闇が濃さを増し、もうじき夜になろうとしていた。

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