たそがれフィナンシェ

第11話 通報

 春休みを目前にして、職員室に呼び出された。

「当眞、なにやったんだよ」

 同級生らに冷やかされるが、まったく身に覚えがない。夜久当眞は高校では部活に入っておらず、成績は可もなく不可もなくで、クラス内で特別に目立つような生徒でもない。

 当眞が職員室に赴くと、副担任の塚田が単刀直入に言った。

「一部の保護者から通報がありました。要件は分かっていますね」

 なんとも堅物めいた言い草だ。化粧っ気のない疲れた顔で、目の下の隈が目立つ。

「深夜にアルバイトをしていますね」

 当眞が黙りこくっていると、校則順守が信条の塚田が続けて言った。

「本校の校則については承知していますね。アルバイトは禁止ではありませんが、未成年の深夜のアルバイトは禁じられています」

 一部の保護者からの通報ということだが、いったい誰からの通報であるのやら。

「十八歳未満の年少者は午後十時から午前五時までの深夜に働くことは禁じられています。労働基準法第61条に定められています。違反すると雇った企業や店は六ヶ月以下の懲役、または三十万円以下の罰金となります」

 喫茶微睡の営業時間はいろいろ考えた上で決めた。未成年が深夜に働いてはいけない、と定めた労働基準法にぎりぎり触れるようだが、そもそも当眞は誰からも雇われてはいない。ただ、実家の手伝いをしているだけだ。 

「祖父が営む喫茶店を手伝っているだけで雇用契約は結んでいません。それでも法令違反になりますか」

 当眞が静かに反論すると、塚田は明らかにトーンダウンした。家族経営の店の売り上げはそのまま生活費となるから、給与という概念が薄い。

「手伝いも結構ですが、未成年が働けるのは夜の十時までです。きちんと守るようにしてください」

「分かりました」

 一礼してから当眞が踵を返しかけると、呼び止められた。

「夜久君、待ちなさい。君は大学進学の意思はないのかしら。ご家庭の事情もあると思うけど、奨学金を取るなり方法はありますよ」

「家族と相談してみます」

 当眞は小さくお辞儀をすると、職員室を辞去した。

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