第2話 大人のまどろみ時間

 凍てつくような冬が過ぎ、厚手のコートを手放してもよい季節になったようだ。

 そこはかとなく陽気の気配を感じるが、部屋のカレンダーは前年の十二月からめくられぬまま、時が停止していた。

 カーテンの閉め切られた暗い部屋の中、一花はごろりと寝返りを打った。

 枕に顔を埋め、呪詛の言葉を吐き連ねる。

「あー、最悪だ……」

 どのみち辞めることになったとしても、自ら辞めるか、一方的に辞めさせられるかでは後味が違う。

 悪いのは自分だと分かってはいても、あの言い草はどうにも許せない。

 ――君、もう明日から来なくていいよ。

 いくらなんでも、あんな冷たい言い方はないだろう。

 とかく後味は最悪で、この先、業界では生きていけないと呪いをかけられたようなものだ。

 現実問題として、晴れて無職となり、無収入のままあと何日生きられるかを考え出すと、よけいに気分が重たくなってくる。

 どん底の気分から抜け出せる気がせず、ベッドから起き上がる気力もない。

 腹立たしさと口惜しさと情けなさ、とにかくいろいろな感情がごちゃ混ぜのカクテルになって胃の腑を襲う最中、ぎゅるぎゅると腹の虫が鳴いた。

 そういえば、昨日から何も食べていない。

 こんな時でも腹が減るのかと思うと、間の抜けた腹の虫が恨めしい。

 一花は枕の脇に放ってあったスマートフォンを取り上げると、検索窓にぽつぽつと今の気分を打ち込んだ。

 ――起きれない

 ――なにもしたくない

 ――おなかへった

 特段、何かしらの答えを求めたわけではない。

 ただの惰性で検索結果を眺めているうち、「喫茶微睡」なるページに行き着いた。

 どうやら夜の八時から十一時の三時間――大人のまどろみ時間だけ営業しているカフェらしい。

「……大人のまどろみ時間ってなんだろう」

 浅い夜にたった三時間しかやっていない奇妙な店に心が引かれた。

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