第5章・夢の章──幼き日、封じられた夜

遠い遠い記憶の中。


茜はまだ幼く、母の手を握りながら、古い座敷の中にいた。

外では風が強く吹いていて、障子ががたがたと揺れている。


「母様……怖いの」


「大丈夫、智茜。今日は、少しだけ大事なお話をするの。とても、昔の昔から久我の家に伝わるお話」


母は優しく微笑んでいたが、その瞳の奥には、深い決意と悲しみがあった。


「茜、あなたの中には、強い“火の力”が流れているの。それは、人の心を焼くこともできるし、自分さえも壊してしまう力。

……だから、今から“箱”にしまいましょう。記憶と一緒に。あなたが大人になるまで、誰にも気づかれないように」


母の手が、茜の額に触れた。


「歌っていて。……紅椿の歌を。忘れないように。あなたがそれを口ずさめば、きっと誰かが、あなたを見つけてくれる」


幼い茜は、震える声で歌いはじめる。


「椿の花が咲いたなら……

あなたは人の子になれる……」


そして、世界は闇に包まれた。

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