第24話
初戦ですべての勘を取り戻した隼人は、その後調子を上げ続けた。
凌空と隼人がほぼメインで投げ、青翔のWエースは"甲子園の申し子"だなんて言われ方もして。あっという間に甲子園のスターになった。
打線の方もメキメキと調子を上げ、勢いに乗った波は止まることを知らず。
ベスト16…ベスト8…そしてついにベスト4入り。
明日は準決勝というところまで来てしまった。甲子園に来ることが目標だったのに、こんなに勝ち進むなんて正直びっくり。
だけど、試合を重ねるごとに強くなってるのが手に取るようにわかるんだ。
経験って、人を強くするんだね。
甲子園は、ほんとうにすごい所だよ……。
『ワクワクやドキドキがいっぱいつまってる場所』
広田監督が、5歳のあたし達にそう教えてくれた通り。あたしは今、そのワクワクやドキドキを自分の胸で体感出来ている……。
宿舎での生活ももう2週間になり、与えられた個室はまるで自分の部屋みたい。
一日が終わって部屋に返ってくると、ホッとする。今日も消灯時間になり、電気を消してベッドにもぐる。
「あ~、眠れない~」
体は相当疲れてるのに、明日が準決勝だと思うだけで目が冴えちゃうんだ。
何度かゴロゴロ寝返りを繰り返していると。スマホにライトが灯り、そこに映った名前に、あたしは飛びつくよう"通話"をタップした。
「沙月っ!?」
『結良ーーー!』
電話は沙月からだった。久々に聞く親友の声に、思わず胸が熱くなる。ここまで全部の試合に応援に来てくれているけど、ネット越しに姿を見るだけで、話は出来てなかったから。
『声聞きたかったよー!京介からは、忙しいんだから電話するなよって言われてたんだけど、我慢できなくて電話しちゃった』
「ありがとうっ!あたしもすっごい沙月と話したかった!ここのところ女子と話せてないしから淋しかったの!」
部員との生活も楽しいけど、やっぱり女の子だもん。
『あはは。たしかにそうだねっ。それにしても青翔の快進撃はすごいね。悪いけど、正直ここまで来るなんて予想してなかったよ!』
正直に話す沙月に、その気持ちはたぶんみんな同じだとあたしも笑う。
「うん。みんなの応援のおかげだよ。応援ってすごく力になるから。ほんとにありがとう」
『それはもうお互い様だよ。スタンドにいるあたし達だって、諦めない姿とか、仲間を信じて戦う姿に、すっごいパワーや勇気をもらってるもん」
「……ありがとう」
そんな風に思ってくれてるってみんなが知ったら、嬉しいだろうな。涙声がバレないように、スマホから少し離れて鼻をすすり、尋ねる。
「明日も応援にきてくれるの?」
『もちろん!明日の早朝に出発するよ。決勝戦も見るつもりで宿もとってあるからっ』
「ほんとにっ?」
沙月からの嬉しいプレッシャー。明日勝てばまた中1日で試合だから帰ってる暇なんてないもんね。……そうなれば、いいな。
『隼人の怪我で一時はどうなるかと思ったけど……3人の幼なじみパワーは無限大だねっ!』
……沙月も沢山心配してくれてたんだ。
バラバラになりかけたとき、ほんとに苦しかった。そんなときの心の支えは沙月だった……。
『あんたたち3人、ほんと見直したよ。結良はやっぱりあたしの自慢の大親友!』
「沙月~」
泣かせるようなこと言わないでよ。って、声を聞いてるだけで、涙腺は緩みっぱなしなんだけど。
あんまり長いと明日に響くから……って、そのあとすぐに電話は切れた。
久々に親友の声を聞いて落ち着いたのか。
明日への緊張もほぐれ、あたしは幸せな気持ちでゆっくり眠りについた。
翌日、準決勝の先発は凌空だった。
対戦相手は去年の夏の覇者、
2連覇を狙っている岬学園の気迫は凄まじかった。
凌空の決め球、カーブにも余裕でバットを当ててくる。
……大丈夫かな。甲子園に来て、初めて弱気になる。祈るような思いで、あたしはスコアブックをつけ続けた。
それでもなんとか無失点のまま迎えた3回裏。
凌空が連打を浴びた。一度波に乗らせると怖いのが甲子園。甲子園ではまだノーヒットの選手に2打点もあげられてしまう。ベンチへ引き上げてきた凌空の顔は険しかった。
「凌空、一息入れて」
すぐに打順が回ってこない凌空に、ドリンクを手渡した。でもその顔は晴れない。
「思ったより早く隼人に渡しちまいそうだ」
悔しいんじゃなくて、申し訳なさそうに。
「まだ序盤だ。次の回、絶対点とるぞ!」
「うーーーーーーっす!!!」
向井くんを中心に円陣を組み、仕切り直す青翔ナイン。それでも、ノーアウトから出塁しても、次のバッターがダブルプレーを取られてしまうなど、もったいないプレーが続く。
完全に、相手のペースだった。牙を剥く、岬学園。
猛獣のごとく、凌空のボールにかみついてくる。
本来の調子が出せてないのか、凌空もマウンドの上で首を捻る。
捻っても、駆け寄る向井くんに白い歯を見せられる余裕がまだあるみたい。
そうだよ。楽しんで。
勝負にとらわれて、苦しいマウンドにならないで。
胸を張っていいよ。
凌空も……青翔の立派なエースなんだから……。
「凌空ーーーー!」
届いてるかは分からないけど、精一杯凌空の名前を叫ぶ。何も出来ないあたしは、ベンチからエールを送ることかできないんだ。
そして……4回裏、満塁になったところで、凌空がマウンドを降りた。
「ピッチャーの交代をお知らせします。桐谷君に変わりまして、ピッチャー矢澤君」
スタンドからは、青いメガホンが大きく揺れる。凌空へのねぎらいと、隼人へのエール。ボールを託す凌空も、受け取る隼人も笑顔。
マウンド上で少し会話したふたりは、同時に空を見上げていた……。
凌空の借りは俺が返してやるとでも言うように、隼人の立ち上がりは凄まじいほど目を見張るものがあった。
打者を次々に三振に切って取り、満塁のピンチを無得点で切り抜けたのだ。
カッコいい……。
圧巻な投球に、息をのむ。
それをスタンドからじゃなく、
同じ高さで甲子園のマウンドに立つ隼人の姿を見られたことは、この夏の宝。
一生の、思い出……。
隼人には、やっぱり夏がよく似合うね。夏の光を一身に浴びて、キラキラ輝いてる。
隼人が……眩しい……。
……隼人を、好きになって良かった。
牙を失くした猛獣たちが成りをひそめたことで、一気に風向きが変わった。3番の向井くんがヒットで出れば、頼れる主砲の4番日野くんも、力で振り抜いて快音を響かせた。隼人を攻略することに意識が行き過ぎてなのか、相手にミスも生まれる。
「回れ回れーーー!」
ショートの選手がトンネルしてしまったその隙に、一気に駆け抜け同点。そしてさらに追加点を重ね。
9回裏も安定のピッチング。
最後は三振で締めくくり。
結果、5-2。ついに最高の大舞台、決勝戦で戦う権利を手に入れた。
───そして、甲子園での戦いは幕を閉じた。
あたしの首には今、青いリボンのついたメダルが下げられている。全国高等学校野球選手権大会、準優勝メダル。惜しくも……じゃない。
全国制覇は果たせなかったけど、堂々と胸を張れる、嬉しい準優勝。
これから、宿舎のホールでは祝賀会が開かれる予定。
シャワーも浴びてさっぱりしたメンバーが、続々とホールに集まってくる。
その入り口から少し離れたところで、あたしと隼人は向き合っていた。
「あたしまで貰っちゃっていいのかな……」
それに触れる指先は、まだ震える。
「当たり前だろ。結良だって、野球部の一員なんだから」
そう言ってくれる隼人の首からも、同じメダル。
重量感のあるこのメダルは、この夏あたし達が確かにここにいた証。
「甲子園のマウンドから見た景色、最高だった。ありがとう」
「あたしこそ……一番長い夏にしてくれて、ありがとう」
「3人で来られて、すっげー幸せだった」
「……夢みたいな夏だったね……」
甲子園に行きたいと、口にしたあの日から約13年。本当に甲子園の土を踏んで、こうしてメダルまで手に出来るなんて想像できた?
タイムスリップして、あのときの自分に教えてあげたいくらい。
「ああ……だけど、絶対に忘れられない夏になったな」
一瞬で、駆け抜けた夏だった。全部やりきったあたしたちに、後悔はない。
……ゲームセットの瞬間、頭が真っ白になったのを覚えてる。
合図が掛かり、礼をして、相手の校歌が流れて。猛暑の中、沢山の声援をくれた青翔側のスタンドに挨拶に行って……。
そこでみんなの顔を見た瞬間、あたしは感極まった。
「うっ……ううっ……」
揃って一礼をしたあと、涙を拭うあたしに。
「3ヶ月お疲れ様。ありがとう」
駆け寄ってきた隼人が、あたしの頭に手を乗せてくれたんだ。
「隼人……」
笑顔を見せる隼人の目に涙はなかった。やりきった……悔いなんてひとつも残っていないような、すがすがしい笑顔。
キラキラ……輝いていた。
「泣くな、笑って終わろう」
優しい手のひらに、また涙があふれそうになるけど。どのメンバーの顔も笑顔だった。悔し泣きしてる選手なんて誰もいない。それは悔いなく一生懸命戦ったからだよね。
持てるすべての力を出し切った証拠。凌空もあたしに「笑え」と口パクしながら、笑顔で横を走り抜けていく。
みんなが笑ってるのに、あたしが泣いてたらダメじゃん。
涙をもう一度拭って、頬をあげた。
「隼人、準優勝おめでとう」
「ありがとう」
空を見上げると、真っ青な空が、あたしたちを優しく見下ろしていた。
……後悔があるとすれば……。
「明日から俺、なにしていいか分かんないや」
「うん、あたしも……」
向かい合って笑いあうあたし達のこの先の進路は違う。隼人は、プロ野球からスカウトされるかな。
幼稚園からずっと、当たり前のように隣にいられたこの関係は終わっちゃう。
「新チームのマネージャーでもするか、ははは……」
「あのっ……!!」
……だから、最後に言わせてください。
「あたし……っ、隼人のことが好きっ……」
幼なじみとしてなんかじゃなくて。女の子として、隼人に胸を焦がしてる。
もう迷いのない確かな想い。フラれたくせに、やっぱり自分の口からちゃんと言いたかったの。
夏が、終わったから……。
は……あっ……。
やっと、隼人に好きって言えたよ。それはもう達成感。
胸がスッと晴れる。
スッキリして正面に顔を戻せば、あたしを見下ろす隼人は固まっていて。
「え……」
低い声がポツリと漏れた。
……あ。そんな微妙な反応に、いまさら緊張で心臓が口から飛び出そうになる。
置かれた状況に耐えられなくて、
「そ、それだけっ……」
言い逃げしようと、会場の方へ行こうとしたとき。
「あれー?隼人がまだ来ねえぞ?」
誰かが隼人を探す声が聞こえた。
「……!!」
……スピードに乗りかけた足は止まって。
「マネージャーもいませんよー。怪しーっすねー」
下級生の声に、ますますそこから動けなくなる。
……っ。
どうしよう。
先にも後にも動けない状態になる。
「どこ行ったんだー?ふたりが来なきゃ始めらんないじゃーん」
その声が大きくなったとき。
隼人が手をグッと掴み、あたしの体は引き戻される。
ちょっ……!
そのまま、廊下の突き当たりの影に連れて行かれ、身を潜めるあたし達。
狭くて、密着する体。
トクンッ……!!
息もかかりそうなこの距離に、心臓がバクバク言ってる。
……告白した直後にこんなシチュエーション。
見上げれば隼人の顔が真近にあって、どうしていいか分からない。
「なあ。今言ったこと、本当?」
恥ずかしさと、探されてる焦りの中、さっきの告白を確認されてもっとパニックになる。
ええと、ええと……。もう一回言う勇気がなくて、ブンブンと首だけを縦に振り下ろす。
グッ……。
掴んだままのその手に力が入った。
「俺は今でも、結良が好きだよ」
「……えっ……」
「別れてからも、ずっと好きだった」
「……」
「好きだ」
連呼される言葉に、時が止まる。
あたしを……まだ好きでいてくれたの……?
"隼人からの、好き"
前にももらった言葉だけど、前とこんなにも違うのは。こんなにも胸の奥に響くのは……あたしが隼人を好きだから。
嬉しくて嬉しくてたまらないよ……。
隼人を見つめるあたしの瞳は、あっという間に揺らいで。
我慢できなくて、ポタポタと涙を零した。
「俺は結良しか好きになれない」
「……っ……ありがとう」
こんなあたしのことを好きになってくれて。今までの色んな想いが呼び起こされて、涙が止まらない。
そんなあたしを、隼人は優しく抱きしめてくれた。
「今度は絶対に離さないからな」
隼人が耳元で甘く囁く。
「……うん……離さないで……」
見つめ合ったあたし達は、そのまま自然に唇を重ねた。
揺れてぶつかりあうメダルが、カツン…と音を立てた……。
沢山の経験をした夏。
これから先、どんな困難が待っていても、このメダルを見ればきっと乗り越えられる。そんな気がする。
この夏は、あたし達を間違いなく強くしてくれた……。
あたしはもう迷うことなく隼人だけを見つめ続けるよ。
夏色に輝くキミが、誰よりも大好きだから───
END
夏色に輝く君へ 綾音いと @nyan216
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