第11話

明日はいよいよ体育祭。テントの設営やライン引きなど、実行委員の仕事を終えてから野球部に合流。ドリンクの補充やタオルの交換、ボール拾いなど、グラウンドを駆け回っていた時。


「……ッ……」


突然、左足のくるぶしあたりに痛みが走った。どこからか飛んできた球が当たったみたい。


「痛たたた……」


ボールの勢いはかなりあって、ジワジワと鈍い痛みが足に広がる。思わずその場にしゃがむと。


「わっ、大丈夫っすか?コールドスプレーもってきます!?」


ちょうど通りかかった2年生の部員に見られていたようで、足首を覗き込まれて。

あたしは慌てて立ち上がる。


「だ、大丈夫。あとで自分でやるから」


あたしってばドジだな。どれだけ邪魔なとこに居たんだよねって話。マネージャーが選手にコールドスプレー持ってきてもらうなんてあり得ないし。

へへっと笑って余裕な表情を見せ、スプレーの置いてあるベンチに向かおうとすると。


「マネージャー!」

「あ、はいっ!」


別の所から声が掛かり、あたしは足の痛みも忘れて走って行った。



空にはキレイな夕焼けが広がっている。明日は雨の心配もなさそう。

体育祭日和になりそうだ。





そして、体育祭当日。


「今日は思いっきり体育祭を楽しむぞーーーー!!!!」


クラスで作った円陣の中心で、凌空は声を張り上げた。


「オーーーッ!!!!」

「優勝目指して全力を尽くすぞーーーーー!!!」

「オーーーーッ!!!!」


心をひとつに揃えた声は、天高く青い空に溶けていく。

今までの頑張りが届いたのか、今日は梅雨のまっただ中とは思えないくらいの快晴に恵まれた。気持ち良い風も吹いているし、絶好の体育祭日和。


「凌空の実行委員は名前だけだけどな」

「だなーーーっ」


円陣を解いた男子からは、張り切りすぎの凌空に突っ込みが入った。


「なにをーーーー!?」


そんな男子に、凌空が後ろから飛びかかる。


「ジョーダンだってば」

「凌空さまさまですから~」


そう言ってクラスの男子に囲まれる凌空が、実行委員として常にみんなを盛り上げようと頑張っていたのは、誰もが周知してること。その功績は大きいし、そんな凌空のためにもみんな優勝するぞという気になっている。

転入して間もなかった凌空だったけど、この仕事のおかげで一気にクラスのムードメーカーにもなった。

あたしも凌空もハズレくじで任された実行委員だけど、結果オーライかな?


「あっ、そうだ」


隼人の所に行かないと。あることを思いだして、隼人の姿を目視で探していると。


「うっ……」


足に強い痛みが走り、顔をしかめた。そこは、昨日ボールがぶつかった所。あのあとは、忙しいせいもあって痛みなんてすっかり忘れてたけど。朝起きたらかなり腫れていて、少し触れただけでも飛びあがる痛さだった。


今日は病院に行く時間もないし、体育祭の日に湿布を貼るなんて足を怪我してますって敵に弱みを見せるようなもの。今日一日、何とかやり過ごそう……。


「結良」


そのときちょうど隼人に呼ばれ、あたしは慌てて表情を戻した。そして


「ふふっ」


思わず笑った。


「ん?」

「だって可愛いんだもん」


隼人の着ているTシャツを差す。ショッキングピンクに、ゆるいキャラクターやハートが描かれてるTシャツ。そんなの普段間違っても着ない隼人だからこそ、すごく可愛く見えたんだ。

クラスTシャツは思ったとおり、とても目立っていた。

他のクラスからは「3年1組のTシャツが可愛い」なんて声もチラホラ聞こえて、そのたびにあたしはニヤケが止まらない。


「あんま嬉しくないけどな?」


隼人は苦笑い。


「そう?こういう隼人、すっごいレアだよ、ふふふっ」


ギャップがあればあるほど可愛く見えるからこういうのって不思議。きっと、今日は隠し撮りされまくるんだろうなあ。逆に凌空は、可愛いのがピッタリはまりすぎてて感心しちゃうほどだった。


「そうか? あのさ……いい?」


サラリと言った隼人が差し出した手には、赤いハチマキ。


「あ、うん!」


その意味が分かったあたしは、頭に巻いていたハチマキを取って、隼人の差し出したものと交換した。"体育祭でカップルはハチマキを交換しあう"

いつから始まったのか分からないけど、それが青翔の伝統なんだ。


組が違うカップルは、敵の色のハチマキを巻くからややこしくなっちゃうけど、そこはクラスTシャツの色でカバー。むしろカレカノが居るっていう証にもなって、そっちの方が箔がつくって話もある。


「交換しようと思って、あたしも隼人探してたの!」

「ほんとに?」


隼人は素直に嬉しそうな表情を見せるから、あたしも嬉しくなる。


「へへへっ、なんだか照れくさいね」

「だな」


去年の体育祭ではまだ付き合ってなかったから、交換は初めての経験。普段はわざわざ確認し合わない、つき合ってるっていうことを改めて確認し合う様で照れくさい。

あたしは隼人の出席番号"39"が刺繍されたハチマキを、頭にギュッと結び。

隼人はあたしの出席番号"9"が刺繍されたハチマキを、首元にゆるく巻いた。


「頑張ろうね」

「おう」


あたしたちの側では、沙月と京介くんがハチマキを交換していた。……凌空と花音ちゃんも交換するのかな。花音ちゃんは何事もなかったように接してくる。


ムカつくと言った言葉を謝られたわけでも、キスを見ていたのを咎められるでもなく。べつにいいんだ。

波風立てたいわけでもないし、あたしが大人になってやり過ごしていた。


午前の競技では、隼人も凌空も大活躍だった。

白熱した棒倒し。ふたりとも果敢に棒に挑み、かなりの男気を見せてくれて他の組を圧倒した。


3年男子には、玉入れなんていう競技もある。でも普通の玉入れじゃない。籠の高さが4メートルもあり、なかなか球が入らず、これをどうやって入れるかが毎年見物なのだ。秘策があるんだ、なんて凌空は前から言ってたんだけど。

背の高い隼人が凌空を肩車して、凌空にみんなが球を手渡して投げ入れるという連携プレーで見事1位を勝ち取った。


しかも、凌空はアニメキャラクターのお面をかぶっていたものだから、観客は大爆笑ですごく盛り上がった。


部活をやっている時とは別の顔。真剣に挑む瞳。屈託のない、弾けるような笑顔。

笑いながら肩を組む姿に。……なんども胸がキュンとなった。


午前の部が無事に終わり、教室で昼食を取ったあと、みんなでゾロゾロと外に出る。


「凌空、なんか係仕事あるって言ってなかった?」


靴に履き換えたところで、思い出したように隼人が言った。そういえば……と思い、ハーフパンツのポケットに入れた係分担の紙で確認すると、凌空は午後一の用具係になっていた。


「そうだよ凌空!用具係!!」

「あ、やべっ、綱引き用意するんだった!!!」


あたしが伝えると、凌空は焦ったように大声を出した。


「俺が覚えてるってなんだよー」


その場のみんなが笑い、凌空はクラスメイトに背中を押されるようにして用具置き場に走って行った。凌空ってどこか抜けてるよねー、なんてみんなで笑ながら自分たちの座席へ向かっていると。


「おーい!」


制服姿の知らない男の子が、明らかにこっちに向かって手を振っていた。


……ん? 誰かの友達? 

体育祭は、一般開放されているから誰でも自由に出入りできる。


「誰?」

「しらなーい」

「どこ高?」


かなりガタイのいい、派手で強面な男の子3人組に、誰もが声をひそめて囁きあう。制服は着崩してるし、見た感じ不良に分類されそうな印象の彼らは、明らかにウチのクラスの誰かに手を振っている。昔は近隣高の不良生徒が乱入して来る……なんてこともあったみたいだけど、そんなんじゃないよね?


あ、この制服知ってる……。どこだっけ……?


「ヤダ……」


そう思ったとき、あたしの隣で花音ちゃんが呟いたのが聞こえて。


「え、花音ちゃんの知り合い?」

「おー、いたいた。花音頑張ってるか~?」


あたしの質問に答えるかのように、一番目立つ男の子が花音ちゃんの元へ駆け寄ってきた。

わっ、まさかの花音ちゃんの知り合いなんだ。


こんな派手な知り合いがいるように見えないのに…。そう思ったのはあたしだけじゃないみたいで、誰もが言葉には出さないまでも驚きの表情を隠せずにいた。


「花音赤組か!おっ!すげー!今んとこ1位じゃんか!こんなことなら朝からサボって見に来るんだったなー!」


見かけによらずよく喋る彼に、クラスのみんなは圧倒されて。身を屈めるようにして、ほとんどの子たちがそのまま席へ向かう。この場に残ったのは、あたしと沙月、そして隼人と数人の男子。


「誰?紹介して」


沙月が花音ちゃんをつつく。


「……あたしの幼なじみで、海道かいどうあきら。ごめんね、暑苦しくて……」


明らかに迷惑そうに振る舞う花音ちゃんは、顔を反らしてため息を吐いた。


……幼なじみ? 花音ちゃんにも幼なじみがいたんだ……。


「おいおい、その言い方はないだろうよー!」


その態度に海道くんは不満そうで、でもクシャっと笑って花音ちゃんの頭の上に手を乗せた。まるで、大切なものに触れるように。

明らかに嫌がる様子を見せた花音ちゃんはそれを交わし……海道くんは一瞬、悲しそうに瞳を細めた。……好きなの、かな。


「来るなら来るって連絡くらいしてよ……。突然、びっくりするでしょ……」

「あ、わりーわりー。なあなあ、もしかして、花音の彼氏ってこの人?」


海道くんが視線を向けたのは隼人だった。


えっ?なんで?

きっとそう思ったこの場の全員も、目を丸くして隼人を見る。


「ち、違うって!へんなこと言わないでッ……」


花音ちゃんの白い顔はみるみる真っ赤になり、両手を思いっきり振って否定するけど。


「だって、青翔野球部のピッチャーなんだろ?」


海道くんは、隼人のTシャツの袖を差した。そこには可愛い書体で"矢澤隼人"とプリントされている。


「青翔のピッチャーって言ったら、矢澤だろ?」


あー……、そういうことか。花音ちゃんは、彼氏が野球部のピッチャーという情報だけを海道くんに伝えてたのかな。

……さすがだな……。

青翔の"矢澤"と言えば、野球部のエースって誰でもわかるんだ……。


「ピッチャーはひとりじゃないしっ……」

「あはっ、そっか、違うか。編入してきたヤツって言ってたっけ。エースなわけないか」


動揺を続けたままの花音ちゃんに、海道くんは二カッと無駄に白い歯を見せた。もしかしたら、海道くんは花音ちゃんの彼氏が気になって体育祭まで来たのかな。

こんなに可愛い子が幼なじみだったら、好きになって当然だもんね。

すると、用具の準備を終えた凌空がこっちに歩いて来るのが見え、なぜかあたしが焦った。海道くんと対面させちゃいけない気がして。


「何してんのー?」


そんなことを知りもしない凌空は、隼人と京介くんの肩に手を乗せ、間から顔をだした。花音ちゃんは唇を軽くキュと噛むと、諦めたように海道くんに告げる。


「彼だよ……あたしの彼氏……」

「え?なに?」


突然知らない相手に彼氏だと紹介された凌空は首を傾げて。


「どゆこと?」


手を乗せた左右に説明を求める。隼人と京介くんは沈黙。

なんとなく気まずい空気に、誰もが一様に口を閉じていると。花音ちゃんは赤い顔をそのままに、凌空に柔らかい表情を見せた。


「あたしの幼なじみなの……。前に話したことあったよね……?」

「っあ!例の!」


凌空は知っていたようで、海道くんに向かって一歩出ると軽く頭を下げた。


「桐谷です。はじめましてー」

「どーも、海道っす!」


意外にも海道くんはフレンドリーな対応で手まで差しだし、凌空もそれを受け入れた。ふたりとも、笑顔。

……バチバチな感じにならなくて良かった。


と安心したのもつかの間。海道くんの次の言葉に、凌空の顔から笑顔が消えた。


「青翔にはいつも勝たせてもらってまーす」


えっ……?


「もしかして、アンタの高校って……」


凌空の眉がピクッと動く。


「甲子園の常連校、桜宮だけど?」


……そうだ。この制服は桜宮高校だ。

試合で何度も見かけたことがあるこの制服は、ズボンに桜色のステッチが入ってて珍しいなあって思っていたんだ。

その名前に反応したのはあたしだけじゃなかったみたいで、隣に居る隼人からも僅かな反応がある。


「あ、これって微妙な関係?花音挟んでライバル校とか、あははっ」


青翔野球部は今、桜宮高校をどう攻略するかで必死。そんなときに、桜宮の生徒に会って笑えるわけもなく。

微妙な空気が伝わったのか。


「誤解のないように言っとくけど、俺野球部じゃないから~」


そう言われても、因縁の高校だけに、心は穏やかじゃいられないみたい。凌空の顔は強張ったまま。

そこへまたとんでもない爆弾を落とした。


「アンタも青翔じゃなくて、桜宮に編入すれば甲子園行けたのに」

「おいっ」


京介くんが、海道くんの胸を押す。隼人と凌空の想いを汲んでの行動だったんだろう。


「晃、もうやめてっ……」


花音ちゃんもそんな海道くんに慌て、静止させる。

……なにこの人。荒らしにきたの……?


感じの悪い言動に、あたしでさえ募る不信感。


「ああ、わかったよ。じゃ、俺たちあっちで見てるから頑張って~」


海道くんは明るく言うと、友達を引き連れて去って行った。この場には、なんとなく重い空気だけが残る。


「ははっ、桜宮だって。マジか」


凌空は怒りと驚きを笑いに変え、伸びをしながら自分の席へ向かう。


「ごめんね凌空くんっ、晃がひどいこと言って。野球のライバル校とかってのも知らなくてっ……」


その先を追いかける花音ちゃんのハチマキが、髪の隙間からひらりと揺れた。見えたのは"10"の刺繍。凌空の、ハチマキだった。



午後も白熱した競技が繰り広げられて。3年生の競技はあと10人11脚を残すだけとなった。


「結び目取れないようにしっかり結んでねー」


準備をしているみんなにあたしは実行委員として声を掛ける。


「じゃ、ここも結ぶね」

「うん、お願い」


あたしの隣の子が、足首に紐を結ぶ。


「……っ」


痛めた足がズキズキした。ギュッと縛られると痛みが一層強くなって、歯を食いしばる。


「どうしたの?」

「な、なんでもないよ」


冷や汗をかきながらも、平気な顔をした。あと、ちょっとだもん。足が痛い状態でのこの競技はかなりつらいけど、ひとり欠けたら競技に出られなくなる。

今更変わりは探せないし。これだけ乗り切れば終わる。


自分に気合いを入れて、競技に臨んだ。

第4グループまであるうちの、あたしは第1グループ。


「位置について、よーい」


ーーパンッ。

ピストルの音とともに、飛びだすようにスタートした。


「いちにっ……いちにっ……」


この種目に賭けていたといってもいいほど練習を重ねたおかげで、息はぴったり。どんどんスピードも上がる。痛すぎて感覚がなくなってきたけど、歯を食いしばった。


両隣の子に体重を掛けさせてもらいながらなんとか最後まで耐え抜き、1位で次のグループへバトンタッチ。うちのクラスは最後まで首位を譲らず勝利した。



「いったああい……」


だましだましやっていたけど、もう痛みは限界だった。大トリの色別対抗リレーまでは時間がある。


……冷やしに行こう。


メインの水道は足を洗っている人が沢山いたため、もう一ヶ所、遠い方の水道まで頑張って向かう。思った通りこの水道には誰もいなくて、あたしは気兼ねなくその場に座った。


「うわあ、腫れてる…」


靴下を降ろすと、そこは真っ赤で朝よりも腫れていた。足首を縛ったから余計足に負担がかかっちゃったのかな。

一日動き回ってたもんね……。


靴を脱いで、靴下も脱いで。裸足になって、流水を当てた。


「うっ……」


冷たくて気持ちいいのと痛いのと半々で、思わず歯を食いしばる。しばらく当てていると慣れてきて、ふっと体の力が抜けた。

ふーっと息を吐きながら思い出すのは。


……花音ちゃんの髪の隙間から見えた"10"のハチマキ。花音ちゃんの幼なじみに堂々と紹介されて。


幼なじみと握手しながら挨拶を交わした凌空。なんだか、凌空がどんどん遠い所へ行っちゃうみたいで淋しいな……。


『キスされて、潜在的に気になる存在になった』


沙月はそう言ったけど。こんなにも気にしちゃうのは、あたしのせい。


単純に、あたしが凌空離れできてないだけなんだよね。恋愛対象として好きじゃないとしても。ダメだな、あたし……。


「資源の無駄遣い」


突然、頭上からそんな声が降ってきて。きゅ……っと蛇口が閉められた。

え、と顔をあげると。


「凌空……」


どうしてここに……?


「なに、この足」


先生のような口調で問いただす凌空の視線の先には、真っ赤に腫れあがったあたしの足。


「……」


もう隠せない……。


「へへへっ。昨日、練習中に打球当てちゃって」

「……」

「一日経ったら腫れてきちゃって。でも大丈……」

「見せてみろ」


"大丈夫"なんて言葉は却下され、凌空があたしの左足に触れた。


「いたっ」


思わず声をあげる。


「すぐにスプレーしたか?」


首を横に振ると、凌空は軽くため息を吐いてまた足に視線を戻し。険しい顔をして、足を動かしたり触ったりして状態を確認する。


「骨は大丈夫そうだな。でも万一ヒビでも入ってたら困るから、今日終わったら病院行ったほうがいい」

「えっ、それは大げさだって!」

「硬球を甘く見るなよ。特に結良みたいに鍛えてない骨ならなおさらだろ」

「……はい」

「周りに迷惑を掛けないように黙ってたんだろうけど、それで症状が悪化してマネージャー仕事に支障を出す方が、迷惑がかかるんだぞ」

「……」

「キツイこと言ってると思うか?」

「……正論です」

「自分の体のことは自分にしかわからない。だから、もっと労わってやれ」

「……はい」


キツイ言葉の中にもフォローを忘れない凌空の言葉にうなずくと、胸元に緩く結ばれているハチマキに視線が行った。

花音ちゃんの出席番号、"20"が刺繍されたハチマキ……。


「保護しといた方がいいかもな」


真剣な瞳で考えたあと、凌空はそのハチマキをしゅっと解いた

それをあたしの足に巻こうとするから、


「だ、だめだよっ………」


阻止した。


「えっ」

「だって、それ……」


花音ちゃんと交換したハチマキを、怪我の手当てに使うなんて許されるわけないもん。


「……ああ」


"20"の刺繍を見て、わかったようにそれを首に戻す凌空。


「なら……あたしので……」


あたしが頭からハチマキを取ると、凌空はそれをジッと眺め。


「……それは俺がイヤだ」


え……。それって、どういう意味……?

あたしの手元にあるのは、隼人の出席番号"39"が刺繍されたハチマキ。しゃがんだまま、凌空があたしに視線を送る。


「結良、逃げて」

「えっ?」


逃げる? だけどあたしの腕はしっかり凌空に捕まえられてて動けない。

そもそも、どうして逃げなきゃいけないの……。


「結良、ごめん」


重ねて意味の理解できない言葉を言った瞬間。グッと、凌空の顔が迫ってきて。唇に、柔らかい感触と温もりが重なった。


「……」


"あの日"と同じ。……目を見開いたまま重なる唇。


え……。

キス…………? ちょ、なんで……っ……。

突然のことに、頭が真っ白になりかけたとき。


ブワッと、風があたしの髪を巻き上げて───


「やっ……!!」


我に返って、思いきり凌空の胸を押した。

なんでこんなことするの?ジワリと涙が浮かぶのは、5年前と一緒。でも、あのときと違うのは拒否という咄嗟の反応が出来たこと。

一瞬で、突き飛ばしていた。


「……結良……」


凌空は驚いたように目を見開く。

でもすぐに表情を戻し。


「……俺のこと許さなくていいから」


まるで確信犯だと告げ。


「とにかく、救護本部行くぞ」


動揺が収まらないあたしの体を起こした。


まるでさっきのキスなんて、なかったみたいに。


動揺してるのは、あたしだけ……?



立ち上がっても足の痛みなんて感じないくらい、心の中が騒いでいた。……どうして、キスなんて……。


5年前は、気まぐれだとして。今のは、なに……?


ゆれる青空を見ながら、口に出せない想いを、心の中で問いかけていた。





──これを、隼人に見られているなんて知らずに……。

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