第7話
翌日。
あたしは、昨日の凌空の様子が少し気になっていた。
委員会に来ないと思ったのに、遅刻してやって来て。途中で抜けるのかと思ったら、ちゃんと最後まで出ていたけど、会議に参加している感じは全然なくて。
話を振っても上の空。どうしたんだろう……。
今日の凌空はどうだろうと不安視していたら、いつもの調子でクラスを取り込んだ。
「えー、これからクラス対抗リレーのメンバーを決めたいと思いまーす」
凌空のよく通る声のおかげでみんなも集中。
良かった。凌空が進行してくれることに安心する。
あたしこういうの、苦手だから。
「誰か立候補いる?つーか、こういうのはタイムで決めるのがいいと思うけどどう?」
「賛成ー!」
「得点に絡むし当然だろっ!」
「クラスリレーが一番盛り上がるしね」
凌空が声を掛けると賛同の声が広がり、わいわいと盛り上がり始めたみんなを、凌空がまたまとめる。
「じゃあこっちで決めさせてもらうからなー。じゃー、そーすると……結良、女子の見て」
「あ、うんっ」
凌空に言われ、4月に体育の授業で計った50メートル走のタイム票を見る。
ええと……。陸上部の倉橋さんと、バスケ部の小林さんがトップ2かな。
それを凌空に告げると。
「じゃー、発表しまーす。女子は倉橋さんと小林さん」
凌空がクラス内に伝えると、パチパチーと教室内から沸き起こる拍手。
選ばれたふたりは、毎年のことなのか余裕そうな顔で「任せて~」と言っている。
見るからにスポーツ万能オーラが出ていて、かなり期待できそう。
「んで、男子は、隼人と……俺っ!!!」
え、凌空っ!?
驚いて隣の凌空を見ると、ものすごく得意そうな顔をしていた。
「マジかよー」
「確かに、凌空チョッパヤだったよなー」
クラス内からも驚きの声。
へ~、すごいなあ。ふたりとも、小学生のときは毎年リレ選だった。
隼人は高校に入ってからも選ばれていたから想定内だったけど、凌空の俊足も健在だったとは!
「陸部の俺が野球部に負けるなんてーーーー」
陸上部の男子がガックリ肩を落とせば、
「90分走り続けてても勝てねえのかよー。リレ選外れたなんて俺顧問に怒られる~」
サッカー部の男子も嘆く。
リレーの他にも盛り上がりそうな競技は沢山ある。騎馬戦や棒倒しや10人11脚など。運動部が盛んなだけあって、体育祭は毎年白熱する。
そんなクラスの盛り上がりに、はじめは乗り気じゃなかったあたしも、だんだん体育祭が楽しみになってきた。
それから数日たって。夕飯を食べ終わってリビングで寛いでいると、外から大きな音が聞こえた。
音っていうより、それは話声で。
「……なんだろ」
気になってカーテンをチラリとめくると、向かいの玄関先で人影が動いていた。
それは、隼人と凌空で何かもめてる様子。
何事かと、あたしは外へ飛び出した。
「どうしたの?」
あたしの姿に驚いた様なふたりだったけど、その隙に凌空が玄関から外へと出る。
向かったのは凌空の家。
「待てって」
声を掛けた隼人と一緒に追いかけると、凌空は玄関にカギを差し込んだ。
手には、大荷物。
「なにこれ。どうしたの?」
凌空に尋ねると、隼人が答えた。
「自分ちに戻るって」
「えっ?そうなの?だって、おばさんたちが帰ってくるまで隼人の家にいるんじゃ……」
「だったはずなんだけど、急に」
凌空がドアを開けると懐かしい匂いがした。体が自然と覚えている、凌空の家の匂い。5年間誰も住んでいなかったけど、湿った空気は流れてこない。
うちのお母さんが、たまに空気の入れ替えや掃除をしてたからかな。
誰も住んでいない家は、傷むから……って。
「おばさん達いつ帰ってくるの?ひとり暮らしなんて出来るの?」
ご飯の支度も、洗濯も。
野球しか知らない高校生男子がひとり暮らしなんて心配すぎるよ。
「いくつだと思ってんだよ。んなの余裕だって」
軽く言って電気をつけ、靴を脱いで奥へ消える凌空。
ずっと人のいなかった家の空気はものすごく冷たい。
この家で、今日から凌空はひとりで暮らすの……?
そう考えたら、なんだかあたしが不安になってくる。
荷物を一旦置きに行ったあと、凌空は再び玄関に姿を見せた。
「気づけば1ヵ月も世話になってたんだなーって思ってさ。居すぎだろ」
「1ヵ月もいりゃ、もう半年も1年も変わんねえよ」
「変わるし。もう、いい加減迷惑だろ」
「あれのどこが迷惑なんだよ。むしろ喜んでんだろ」
うん。隼人のおばさんは、凌空が帰ってきたことを喜んでたし、張り切って世話してた。
「ははは。でも、そろそろお互いプライベートも必要だろ?」
「は?どの口が言う?せめておばさん達帰ってくるまで居ろよ」
「そうだよ!凌空にプライベートなんて言葉似合わない!」
「はあ?俺をなんだと思ってんだよ」
夜の住宅街で、うるさいやりとり。凌空からプライベートなんて言葉が出てくるのが正直笑えて、口を突っ込んだ。
凌空ってそんなキャラ?
むしろ昔は率先してあたしの部屋に来て、あたしこそプライベートもなにもなかったんだけど。
「つーかさ、アメリカに戻るわけじゃなんだぜ?」
「そうだけどっ……!」
「自分の家に戻るだけ。しかも隣と、向かい。この距離で騒がれてもなあ」
隼人とあたしの説得が大げさすぎると言わんばかりの凌空は、なだめるように言う。
まるであたしと隼人が駄々をこねてる子供みたい。
「ま、まあ……そうだよね」
良く考えれば、おかしい話でもなんでもない。
凌空が自分の家に帰る。それだけのことなんだから。
「……ちゃんと起きれんのか?」
あたしは凌空に言いくるめられそうになっているけど、隼人はまだ引っ張る。
「強力な目覚まし時計持ってるから余裕~。ほら、結良こそ早く寝ないと明日の朝起きらんないんじゃね~の?」
「もうっ!」
あたしのことは放っておいて!
「んじゃ、おやすみー」
そう言ってドアを閉められてしまえば、あたしと隼人もここから離れるしかなくて。
「急にどうしたんだろうね?」
「さあ……」
首を捻る隼人にも思いあたる節はなさそう。
「そろそろおばさん達が戻ってくるとか?」
「だったらそれまで居ればいいんじゃないの」
「だよね……」
なんとなくスッキリしない気持ちのまま別れ、家に入ると。
「何を騒いでたの?」
かなりうるさかったみたいで、玄関先までお母さんが出てきた。
「急に凌空が自分の家に戻ることになったの」
「あら、そうなの?」
「うん、おばさんたちが帰国するまで隼人の家に居るんだと思ってたのに……。で、おばさんたちはいつ戻ってくるの?遅くない?」
「……」
そう聞くと、お母さんは押し黙ってしまった。
……ん?なんかある!
直感し、お母さんを追求した。
「ねえ、なんか隠してない!?」
考えればおかしい。帰国に時間差があっても、1ヵ月以上も帰ってこないなんて絶対に変。
「ねえ、ほんとのこと言ってよ!」
あたしの剣幕に押されたのか、観念したようにお母さんは話し始めた。
「実はね……凌空の家、まだアメリカ赴任が終わったわけじゃないのよ……」
「えっ!?ってことは、おばさんもおじさんも帰って来ないの!?」
お母さんは気まずそうにうなずく。
なにそれ……。
「じゃあどうして凌空だけ!?」
なにがあったの!?
「……凌空の前では知らないふりしてくれる?」
「うん!約束するっ!」
早く!教えてっ……。
「凌空の帰国はね……凌空本人の強い希望らしいの」
「凌空、の……?」
「どうしても、日本で高校野球がやりたいって言って……」
「えっ……」
日本で高校野球がやりたい……? 胸が微かに震えた。
「小さいころから憧れてた青翔学園で甲子園に出る……って、聞かなかったみたいなのよ」
お母さんは、凌空のお母さんの心情に寄り添うように、切なそうな顔をする。
凌空は、野球をやるために日本に帰ってきたの?
甲子園のために、家族と離れてまで?
驚きを隠せないでいるあたしに、続けてお母さんの言葉が届く。
「凌空は高校3年間のうちに、絶対に青翔を甲子園に出場させなきゃいけないんだってずっと言ってたみたい。去年の夏、青翔が甲子園出場を逃したことで帰国の想いが固まったらしいの。自分も青翔野球部員として、甲子園を目指すんだ…って」
もしかしてそれって。高校3年間のうちに……って。
ある期待が、静かに湧き上がる。
「ねえ……。凌空は……あたしが青翔に入ったって、知ってた……?」
恐る恐る尋ねる。
隼人が青翔に入ったことは、試合結果を検索すればアメリカでも情報は得られるとして。
あたしが入学したことは、伝えない限りわからないはず。
「知ってたでしょうね。凌空のお母さんとはずっと連絡取り合っていたし、結良があの難関の青翔に受かったことは嬉しくてすぐに伝えたもの」
「……っ」
凌空はもしかして。
『ぼくが結良ちゃんをこうしえんに連れていく!』
『じゃあ、ふたりでつれて行って?約束だよ?』
あの日の約束を果たそうとしてくれてる……?
「青翔は簡単に入れる高校じゃないでしょ?凌空はアメリカで野球を続けながら、編入試験を受けるために必死で勉強を頑張ったみたいよ」
「……」
……凌空のバカ。そんなの一言もいってなかったじゃん。
最後の夏っていう、最高のタイミングで帰って来たように思わせて。
家族もいない日本に。たったひとりで。野球をするために帰って来たなんて。
なんで言ってくれないの……っ!
「……結良?」
涙がポロポロ零れていた。だって、だって……。まだわかんないけど。
うぬぼれかもしれないけど。
もしかして、あの約束を果たそうと思ってくれてるとしたら……。
あたしの胸はまたかき乱されるよ。隼人のこと、ちゃんと見るって決めたのに。
……新たな想いが生まれないように……って……。
必死で……抑えていたのに……。
簡単にあたしの心をさらおうとする凌空は…………ズルいよ……。
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