第4話

「行ってきまーす!」


翌日。あたしが元気よく玄関をでると、目の前の玄関も同時に開く。


えっ……。


「おっす!」


出てきたのは、凌空。


「お、おはよ……」


ビックリした。


……夢じゃ、ない。

ホントに凌空は帰って来たんだ。


昨日散々凌空と話したくせに、凌空の帰国はどこかで夢だったのかもしれないと思うくらい突拍子もなくて。


そして。

……うれしい出来事だった。


「隼人と一緒に行ったんじゃなかったの?」


とっくに学校に行ったと思ってたのに。野球部に入るんだろうし、朝練は……?


「起きらんなかった。昨日寝たのおせーし」

「でも隼人はちゃんと起きたんでしょ?」


隼人だって同じ条件なんだから、それは言い訳にならないよね。


「まだ時差ボケしてんだよなー」

「時差ボケ?」

「そー。これでも一応アメリカ帰りだから」


得意そうに言い訳する凌空が、朝は弱いのをあたしは知ってる。

到底、人のことは言えないんだけども……。


「ふふふ。それもいつまで使えるんだろうね」


笑い返して、学校へ向かって歩き出すあたしたち。


小学校の頃は一緒に学校も行っていたけど、久々すぎてなんだか照れくさいよ。

お互いの歩幅もわからないから、なんとなくぎこちない。

高さの変わった肩越しを見上げると、サラサラの髪が朝日に照らされて透けた。

凌空は元々色が白く、中性的な要素を持っているため、小さい頃は女の子に間違えられることもあった。

夏も、隼人みたいに真っ黒に日焼けすることはなかった。


凌空の、コンプレックス。

それさえも、今では武器にできそうなほど妖艶な雰囲気を醸し出している。

モテるだろうな、と思う。


キラリ。髪の隙間から見える耳元で、何かが光った気がした。


……ピアス……?


電話も手紙も一切よこさなかった凌空が、アメリカでどんな生活をしていたのかは知らない。でも野球一筋で、頭を坊主にしていた隼人とは風貌があまりにも違いすぎて。


「俺さ、気になってることがあるんだよ」

「なに?」

「結良に好きなオトコでも出来たのかって」


ドクンッ……。

足にブレーキがかかり、思わず凌空を見上げると。


「泣き虫結良ちゃんにー」


その顔は、ニヤニヤしていて。


「……っ、ちょっとー」


昨日のこともあるし、あたしはまだ凌空とふたりでいることが緊張するっていうのに。あれは、いったいどういうつもりで言ったんだろう……。


「で、どうなの?」


からかうだけじゃ終わらなかったみたいで、答えを求める凌空。


「……」


なんて答えたら正解?

この様子じゃ、まだ隼人は言ってないみたい。……あたしたちが付き合ってること。

じゃあ、あたしの口から言う?

いつまでも隠せるものでもないだろし、言うならさっさと言った方が自然。

先に延ばせば延ばすほど、ヘンに意味を持ってタイミングを失う。

深く考えるからダメなんだよね。

勢いで言ってしまおうと覚悟を決めたあたしを止めたのは、凌空の一言。


「向こうでも、いつもそればっか考えてた」


……え?


「結良に、好きなヤツが出来たんじゃないかって」


さっきまでの声色と違う、少し低めの声。


……そう言えば、凌空が引っ越したときはまだ声変わりしてなかったっけ。

なにげに気にしてたよね……。


なんて、頭で余計なことを考えながら、


「や、やだっ。くだらないこと考えないでよっ……」


心の中は冷静に交わせなくて、大股で歩みを進める。


こういうからかわれ方はイヤだよ。冗談なのかなんなのか、わかんなくなるから……。



早く言ってよ。


"なーんてな"


軽い口調で……。



そんな願いとは反対に、隣を歩く凌空の速度は遅くなって。


「なあ、結良……」


すこし重い口調に、胸がドクン…っとまた跳ねたとき。


「凌空くん……?」


少し重い空気に割って入って来た軽い声。


「やっぱ凌空くんだあ。おはよっ」


ちょうどさしかかった曲がり角から女の子が姿を見せ、目を輝かせた。


……誰だろう? 同じ制服、しかもリボンは同じ3年生を示す青だけど、あたしは知らない子。


「おーっす!」


パッと表情を切り替えて、いつもの調子に戻る凌空。


「凌空くんて、家こっちの方なんだ?」

「徒歩10分。いいだろー」

「わあー、うらやましいっ」


もう女友達が出来たの!?


……さすがだなあ。驚きつつも、それは納得の光景。

凌空は持ち前の社交性の高さで、いつもみんなの輪の中心にいるような人だったもんね。友達作りで苦労したことなんてないんじゃないかな。


「朝から凌空くんに会えるなんてラッキー」


ここは駅から来る子たちとの合流地点。次から次へと青翔の生徒たちがやってくる。

どうしようかな。

学校までもうすぐだし、このままひとりで行こうかと思っていると。


「あれ?」


隣にいるあたしを見て、彼女が目を丸くした。


え、なに……?


「たしか……矢澤くんの……」


……!!

どうしよう。隼人は有名すぎるから、あたしが彼女だってことを知られてるのかもしれない。


……やだっ。お願い、ここで言わないで。

こんな風にはバレたくないよ……。

唇をギュッと噛みしめていると、彼女より先に凌空が口を開いた。


「そうそう。俺も隼人と結良と、幼なじみなんだよ」


何も知らない凌空は、幼なじみだと指摘されると思ったみたいで。


「ふーん、そうなんだっ」


彼女は隼人とあたしの関係を口にすることなく、じゃあねと手を振りあたしたちから離れた。




授業中。

あたしの右隣で、凌空はずっと寝てる。

机に突っ伏し、すーすーと、気持ちのよさそうな寝息を立てながら。


今は4時間目だけど、下手したら朝から休み時間もぶっ通して寝てるかも。

久々の日本だし、生活リズムが整うまで色々大変だろうなぁ……と、しみじみ思いながら寝顔を見つめる。

その顔があまりにも穏やかで、あたしはふふっと笑みがもれた。


凌空も大人になったなあ。

隼人はずっと側にいたから、どの辺が大人になったかなんてわからないけど。

凌空は、明らかに変化が分かる。身長だって、低くなったその声だって。

今の凌空を象るものは、面影をのぞけばほぼあたしの知らない時間に作られたもの。


なにより……。

男らしさが増した。男の子から、男の人へと……。


5年という長い時が、あたしたちを変えた。凌空を男に変化させた。


変化……。それは凌空だけじゃない。

あたしだって、もうただの泣き虫な女の子じゃない。

隼人と付き合い始めたという大きな変化があるんだから……。


今朝は……ほんとに焦った。

隼人とつき合っていることを話されたらどうしようって、心臓が縮まる想いで。

心の底から時を止めたいと思った一瞬だった。

凌空が口を挟まなかったら、あの子は言ってたのかな。

あそこで話されたらどうなっていたんだろう。いつ言うかタイミングを見計らうくらいなら、誰かにバラしてもらった方が手っ取り早いはずなのに。


なんで凌空に知られるのが、こんなに緊張するの? ほんとは……凌空には……知られたくないって思ってる?


…………ちがう。

一番怖いのは……凌空の反応なんだ。


凌空は、どんな顔をする……? 『良かったな』って言うの? それとも……。


……その前に。

どうして、凌空の反応がそんなに気になるんだろう。

隼人のことをそんな風に見てたのかって、冷やかされるのがイヤだから……?

それとも……もっと別の想いがある……?


「おいっ、いつまで寝てんだよっ!」


いつの間にかやって来た隼人が、机の上にあった教科書で凌空の頭を軽くはたいた。


あれ?

いつチャイム鳴ったんだろう。授業は終わった様子。

先生はすでにいなくて、教室内はガヤガヤしていた。


「おっ……ん?ん?」


寝ぼけた様子で顔をあげ、キョロキョロする凌空。


「あれ?俺なにしてたんだ……」


もしかしたら、学校ってことも分かってないのかも。ここはどこ?って顔に書いてある。


「もう昼だぞ。これ1時間目の教科書じゃねえか」


手に持った教科書を見て、隼人が笑う。

やっぱり凌空は朝からずっと寝ていたみたい。


「メシ行くぞ」

「……ああ…だめだ……もっと寝ていたい……」


再び机に頭をつけそうになった凌空の後ろ襟を隼人が掴んだ。


「ほら起きろ!」

「……まったく腹減ってねぇ…」

「そりゃそうだろうな」


それでも渋々立ち上がった凌空が、あたしに顔を振る。


「結良は行かねえの?」

「うん、あたしはお弁当だから」


男子のほとんどは学食に行くけど、女子はお弁当派の子が多い。

あたしも月に2、3回学食を利用する程度。


「ふうん。女子って感じだな」


凌空は妙に納得したように言うと、隼人たちと学食へ行った。



さてと、あたしもお昼にしよう。去年もお昼は沙月と食べていたし、これからもそうなるんだろうと思い沙月を見ると。

沙月は前の席の女の子とお喋りをしていた。


「沙月ー、お昼にしよっ」


お弁当を持って沙月の席まで行くと。


「うんっ。あ、ねえ、彼女が一緒にお弁当食べようって」


沙月の視線の先を見ると、とびきり可愛い女の子がペコリと頭を下げる。

そして遠慮がちに尋ねてきた。


「……一緒してもいい?」

「もちろん!……えっと、手塚てづか花音かのんちゃん……だよね?」


記憶の中にある名前を口にすると、彼女の黒目がちな瞳が大きく開く。


「え?あたしの名前知ってるの?」

「知ってるよ!だって有名だもん、可愛いって」


同じクラスになったことはないけど、可愛いと学年中の噂で。男子の一番人気が隼人なら、女子の一番人気は花音ちゃんだと言われていた。


「えっ、うそうそっ。そんなことないって」


大げさに手を振る花音ちゃん。見た目に比例するように、声も可愛い。


「ほんとだって。ねえ?」

「ほんとほんと」


沙月にも同調を求めると、うんうんと頷いた。

すると、花音ちゃんは更に顔を真っ赤にさせて両手を頬に当てた。


「そ、そんな。はずかしいっ……」


照れた顔や仕草もとびきり可愛くて、女のあたしまでドキッとする。

前から友達になれたらなあって、密かに思っていたんだ。


「話してみたいと思ってたから嬉しい。あ、あたしの名前は───」

「川瀬結良ちゃんだよね?」

「えっ?」


自己紹介しようと思ったら、花音ちゃんから名前を言われてびっくりする。

花音ちゃんを知ってるのはこの学校の常識として、あたしなんて知られる要素はなにもないのに。


「どうして……あたしの名前…」

「ふふっ、結良ちゃんこそ有名だよ」

「なんで!?」

「だって、矢澤くんの彼女でしょ?」

「あっ……」


……そうか。今朝会った他クラスの女の子といい。

あたしはそんなに知られてる自覚はなかったのに、やっぱりそういう風に見られてるんだ。

"隼人の彼女"という立場を、甘く見過ぎてたかも……。

取り立てて可愛いわけでもないあたしが隼人の彼女でいいのかなって、今更気になるよ。


「あんな素敵な彼がいる結良ちゃんを、うらやましいなーって思ってたの」

「そ、そんなぁ……」

「だからあたしこそ話せて嬉しいっ」


無邪気に手を取られた。


「ええっ…!!」


あたしはただの平凡女子なのに、あたしまで隼人のような扱いをされ、今度はあたしが照れまくる。

こんなのはじめてで、なんだかくすぐったいなあ。


「ちょっとー、ふたりとも褒め合ってないで早く食べよう。お腹すいたー」


交互にモジモジするあたしと花音ちゃんに、沙月が笑いお弁当を前に突き出した。


「そ、そうだね!」

「うんっ」


沙月と花音ちゃんは机をくっつけ、あたしは近くの男子の机を借りてスペースを確保する。

花音ちゃんは、初めて話したとは思えないほど波長が合った。会話も弾む。


「花音ちゃんは彼氏いるの?」

「いないよ~」

「意外っ!じゃあ好きな人は?」

「えっ!?……えっとぉ……」


仲良くなるには、まず恋バナから。これは女子の鉄板だよね。あたしと沙月の攻撃に、終始花音ちゃんは頬をピンクに染めていた。

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