第2話

───シュッ……



時刻は夜の10時過ぎ。車どおりのない静かな住宅街に、微かに風を切る音が聞こえてきた。

今日もまた、はじまった。


部屋のカーテンを開けると見慣れた光景が目に飛び込む。

それは、向かいの家の庭で、投球練習をする隼人の姿。


「がんばるなぁ……」


お風呂から上がったばかりのあたしは、タオルで髪を拭きながらそこに目を落とした。


県内屈指の野球の強豪、"青翔(セイショウ)学園"に通う隼人は、毎晩こうして投球練習や素振りを欠かさない。

だから、この音はもう生活音として耳に馴染んでいた。

隼人が投げ込んでいるのは、お父さんに作ってもらったという投球練習用のネット。


エースでありながら、打線の軸でもある隼人はバッティング練習もするため、庭中にネットが張り巡らされている。

庭は広いのに、家庭菜園も出来ないくらい完全に隼人仕様。

もう何年も使いこんでいるからあちこち痛んでいるけれど、修復を繰り返しながら大事に使っている。


「あっ」


ベッドに放り投げていたスマホが、ピンク色の光をチカチカ放っているのに気づいた。


手に取って見ると、それは隼人からのメッセージ。


【おやすみ。あした寝坊すんなよ】


おやすみ、って。自分はまだまだ寝ないクセに。


「ふふっ」


笑いながら、画面の上に指を滑らす。

隼人がこれを見るのは、練習が終わってからだよね?


【遅くまでお疲れさま!隼人こそ寝坊しないようにね!】


そう送るとあたしはベッドに潜り込み、瞳を閉じた。



───シュッ……


───シュッ……



体に染みついた心地よい音を聞きながら、あたしはすぐ眠りに落ちていった……。



──────

───


───カキーン……。


白球が、青い空に高く舞いあがる。

いつも遊んでいる公園のすぐとなりで、お兄さんたちが野球をしている。

"こうしえん"に行くために。

その様子を、緑のフェンス越しからかじりつくようにのぞく5歳のあたしたち。

隼人、あたし、凌空の順にならんで。


『行きたいなあ、こうしえん……』


あたしがそうつぶやくと。


『ぼくが結良ちゃんをこうしえんに連れて行ってあげる!』


隼人が力強く言う。


『えっ、ほんとう?』


隼人が連れて行ってくれるの? うれしくて、隼人の方を見て目をキラキラ輝かせると。


『ちがう!ぼくが結良ちゃんをこうしえんに連れていく!』


凌空が負けずにそう言った。


『ぼくだよ!ぼく!』

『ぼくだってば!』


いつものように、2人の言い合いが始まる。

でももう、あたしは泣かない。


『じゃあ、ふたりでつれて行って?約束だよ?』


あたしが左手と右手の小指を差し出すと。


『『うんっ!』』


隼人は左手の小指。

凌空は右手の小指に。

それぞれ小さな小指を絡ませた───





「───らっ……」


……ん…ーーー。


「……結良!いつまで寝てるのっ!!」


───ハッ!


お母さんの大きな声で目が覚めた。


もう朝、か。

カーテンの隙間からは、白い光が射しこんでいた。


さっき寝たばっかりみたいな気がするのに……。


それにしても。

ずいぶん懐かしい夢だったなあ。


幼くて可愛らしい、5歳のころの大切な思い出。あの日のことが懐かしく、頬が緩む。

直後、ブルッと身震いした。


「寒っ!」


いまは4月だけど、朝はまだ冷える。

見ると、体の右半分だけ布団が掛かっていなかった。


……どうりで寒いわけだ。


右半分……か。


それを見て、胸の中が妙にうずくのを感じる。


「新学期から遅刻するつもりー?」


さっきよりもトーンの上がったお母さんの声が階下から響いた。


「……ええっ!?」


慌てて目覚まし時計を見る。

時計の長い針は12を指していて。短い針は……8…!?


「きゃーーーー!」


やばっ、遅刻しちゃう! 今日は始業式だから、いつもより早めに目覚まし時計をセットしたのにーー。


「隼人は6時半には家でてったわよー」


お母さんの言葉に。カーテン越しに見える隼人の家に目をやった。

……相変わらず早いなあ。

隼人は7時からの野球部の朝練に間に合うように、いつも6時半に家を出る。

雨の日だって、寒い冬の日だって、毎日欠かさず。

だから始業式の今日だって例外じゃない。


昨日は間違いなくあたしよりも後に寝たのに、あたしより早く起きてるって。

ほんと、面目ない。


「そうだっ、急がなきゃ!」


その間にも時間は進み、あたしは飛び起きて顔を洗い制服に着替えた。

髪をとかした後、コテで毛先を巻いて、軽くメイク。

スクールバッグを掴むとダダダッと階段を下りて。


「行ってきまーす!」


黒のローファーに足を突っ込み、あたしは家を出た。



天気は快晴。

新年度の始まりに相応しい、キレイな青空が広がっていた。


あたしの名前は川瀬かわせ結良、17歳。

ここから徒歩10分で行ける、青翔せいしょう学園に通う高校3年生。

青翔学園は、文武両道として有名な学校。

偏差値も高く簡単に入れる高校ではないので、ある意味近くて遠い高校だと昔から言っていた。


野球で推薦を取った隼人とはちがい、あたしは一生懸命勉強してやっと入学できたんだ。

近いというのも最大の魅力だけど、あたしにはここへ通いたいひとつの理由があったから。


「ううーん!」


空に向かって背伸びをすると、向かいの家の2階のベランダで、隼人のお母さんが洗濯物を干しているのが見えた。


「おばちゃんおはよう!」


声をかけて手を振る。


「あら結良ちゃん、おはよう」

「隼人はいつも早いね」

「今日から3年生だし、余計に張り切ってたわよ」


隼人のポジションはピッチャー。

県内では1、2を争う豪腕で、もちろん目指すは甲子園。

あたしたちの住む県は、強豪3校が入れ替わり立ち代わりで甲子園に出場している。


青翔もそのうちの1校。

でも、ここ3年出場の機会は無い。

つまり、まだ隼人は甲子園には行けていない。

今年の夏がラストチャンスだから、気合の入れようが違うんだろう。


今までがんばってきたんだから、なんとしても甲子園に行ってほしいなあ。


ちなみに、あたしはマネージャーをやりたかったのに女子マネージャーは募集しておらず、泣く泣く諦めたのだ。


「じゃあ、行ってきます」

「いってらしゃい。気をつけてね」


手を振ってくれた隼人のお母さんに、手を振り返して。その視線を隣の家に目を向けるのも、もう体にしみついた自然な行動。


そこは凌空の家。


───凌空がいなくなってから、もう5度目の春。



中学1年の夏に、凌空はお父さんの仕事の都合で、アメリカに行ってしまった。

引っ越すことを聞いたのは、明日から夏休みという1学期の終業式。

花火大会を見に行く計画を立てようと、あたしの部屋に集合していたときだった。

あたしと隼人の両親は知っていたけど、凌空が言わないで欲しいと頼んだみたいで。

あたしと隼人には知らされていなかったのだ。


『一生会えないわけじゃねーし』


軽く言った凌空に、隼人は激怒した。


そのまま自分の家に帰っちゃって、最後にちゃんと話も出来なかったんじゃないかな……。


『帰ってきたら、一発ぶん殴ってやる』


隼人はいつもそう言っていた。


あたしは……。ひたすら泣いていた。

明日から凌空がいなくなるという事実が受け止められなくて。

だけど、一番淋しかったのはきっと凌空。それに気づいたのは少したってから。

最後まで、いつも通りでいたかったんだよね。


あたしは泣き虫だから、聞いた日を境に泣き続けちゃうと思ったんだよね。


結局あたしはずっと泣きっぱなしだったんだから……。

そのせいで、あたしは凌空にちゃんとサヨナラも言えてない。


いつも右側にいた凌空が突然いなくなって。あの日から、あたしの右側は寒いまま───。



全力疾走して校門をくぐると、昇降口のあたりに黒山の人だかりができていた。クラス発表を見るためだ。

あたしも急ごう!


「オッス!」


後ろから声を掛けられて振り向けば、そこに居たのは、隼人。


「あっ、おはよっ!」


部活を終え、既に制服姿になっていた。


「また寝坊か?」

「うっ……」


息を切らすあたしを見れば、寝坊したのはバレバレみたい。


「見た?クラス発表」

「ううん、まだっ」

「じゃあ、一緒に見ようぜー」


そう言いながら、あたしの左側に立つ隼人。顔を少し上向きにして、数メートル先の貼り紙に目を向ける。

……だけど。


「あたしはここからじゃ見えないんですっ!」


身長が186センチある隼人は、ピッチャーをやるには恵まれ過ぎた体格。

だけどあたしとの身長差は28センチ。

隼人は見晴らしがいいだろうけど、あたしはみんなの頭しか見えないんだもんっ。


「肩車してやろっか」


膨れたあたしをニヤニヤしながら見下ろして、背後から両脇に手を入れてきた。


「ぎゃーーっ、やめてっ!」

「動くなって」

「きゃははっ、くすぐったいっ」


肩車なんて冗談だろうけど、伸びてきた手が脇のあたりをこちょこちょするから、あたしはその辺を逃げ惑った。

くすぐられるのは、ほんとに弱いんだ。


「うわわっ、ほんとムリーーー!」


それでも隼人は追いかけてくるから、ちょこちょこその辺を走っていると。


「朝から何イチャついてんのよっ」


背後から誰かに、トンッと背中を押された。はずみで、あたしは隼人の胸の中にダイブ。


「うぎゃっ……!」


変な声を出したあたしを、隼人はよろけることもなくしっかり抱きとめた。


ドクンッ。

心臓が激しく音を立てた。

だ、だって。

隼人の胸、制服の上からでもわかるくらい堅くてガッチリしてるんだもん。


……やだ。


こんなの、反則じゃない……? 見た目は細いくせに……。

思わず目線を上げると、隼人と視線が至近距離でぶつかって。


「…っ、わわっ、ごめん!」


我に返って、背中を押した犯人を降り返った。


「沙月っ!」


そこに居たのは思った通りの人物。


あたしの親友、中村なかむら沙月さつき。ニヤニヤしながら、あたしと隼人を見ていた。


「い、イチャついてなんかないからっ」


な、なに言ってんの!? 変なこといわないでよ。あたしは焦って仕方ないのに。


「もーね、結良が積極的すぎて困るわ」


隼人はあたしをガッチリ包囲して。


「え!?ちょ、ちょっと!?」


左右に体を振っても、背中に回した腕を離してくれない。

ごった返してる昇降口で、こんなっ……。


「結良~、離れたくないのはわかるけどさ~」

「ええっ!?……なんの冗談っ……」


焦ったようにトントンと隼人の胸を叩くと、ようやく笑いながら腕を解放してくれた。

ヤバイ、あたし。今、顔真っ赤じゃないかな。

ドクドクドクドク……。

胸がすごいスピードで波打ってるよ……。

そんなあたしたちを、沙月は呆れたように見て。


「まったく。こんなおバカさんたちと一緒なんて、先が思いやられるなー」


ん……? おバカっていうのは聞き捨てならないけど……。


「ってことは……?」

「また一緒のクラスだよ!隼人も一緒!みんな3年1組」

「やったああーーー!」


あたしと沙月は抱き合って大喜び。大好きな親友と、大好きな幼なじみと。

あたし、ツイてるっ!


「隼人もうれしいでしょ!」


あたしと抱き合ったまま、沙月が隼人を見る。


「あ?」

「結良と一緒で!!」


ドクンッ……


「あー?つうか、お前らセットだとうるさくなりそうで頭痛いわー」

「素直になりなさいよー。うれしいくせに」

「沙月、ちょっと……!」


あたしは沙月の肩をゆする。


隼人を誘導するような質問はやめてほしいのに……。


「隼人ー、オマエ何組?」


そのとき隼人は野球部の仲間に声を掛けられ、


「1組らしい」

「マジで!?俺も1組だわ!」

「俺は3組~」


そのまま仲間たちと一緒に校舎の中へ入っていった。


ホッ……。

どこか安心した気持ちで、あたしの目は隼人を追いかける。


キリッとした目元に、高い鼻。小顔で整いすぎた顔立ちの隼人は、野球部規則の坊主頭さえかっこよさを際立たせている。

髪型でごまかされなくてもかっこいいのは、元がいい証拠だってみんな言ってる。


毎日太陽の下で過酷な練習をしているのに、肌にダメージなんかなくて。

日焼けはしているものの、暑苦しさも全然ない。


まだ心臓、バクバクしてる……。

抱きしめられて、ドキッとした。

細身なのにあんなに筋肉がついてるなんて……。

隼人も男の子なんだなあって。


当たり前だけど。当たり前なんだけど……。


幼なじみを異性として意識するのは、やっぱり恥ずかしいんだ。


「なになに~?見惚れてんの~?」

「へっ!?」


隣を見ると、沙月がニヤニヤしながらあたしを見ていた。

ポッ……と顔が熱を持つ。


「み、見惚れてなんてないもん」


だって、ほんとだし。


ただ、すごい体だなーって思っていただけで。


「べつにいいのよー、自分の彼氏に見惚れたって!」

「…………」


そう。


隼人は大切な幼なじみだけど───彼氏でもあるんだ。


関係が変わったのは、高校2年生の秋だった。


『俺は結良が好きだ』


突然の、告白。あたしも隼人が好き。

でもそれは幼なじみとして。

異性として、意識したことはなかった。

凌空だって同じ。小さいころから互いの家に自由に行き来して、ほんとの兄弟のように育ってきたから。


でも、凌空がいなくなったことであたしの気持ちに変化が生まれた。

隼人は側にいるのに。

凌空がいなくなってしまった淋しさの方が大きくて、あたしから、笑顔が消えた。


ある日、隼人に言われた。


『結良って、いつも右腕触ってるよな』


自分でも気づいてなかった。凌空のいなくなった右側に、無意識に触れていたなんて。


隼人は言ってくれた。


『結良の右側は、俺が埋めてやる』


そのとき気づいたんだ。


大切な幼なじみを欠いて淋しいのは隼人も同じなのに。あたしひとりが淋しいみたいな顔して……。

ごめんね……隼人……。


だからあたしは決めたの。目の前にいない幼なじみを想って淋しがるよりも、

いま一緒にいる幼なじみと今までみたいに、ううん、今まで以上に楽しく過ごして行こうって。

凌空がいない淋しさよりも、隼人がいてくれる喜びを大切にしたいって思ったから。

凌空がいた頃みたいにお互いの家を行き来し、くだらない話で笑い合った。


だから。

隼人の告白は、あたしには衝撃だった。


『俺と付き合ってほしい』


つき合ったら、いままでと何がどう変わる……?

そのときのあたしには、なにもわからなくて。それでも断る理由のないあたしは『うん』って頷いていた。


そのころからかな。あたしたちの間で、凌空の話をしなくなったのは。


「あ、京介きょうすけくんは?何組?」


物思いにふけっていたあたしは、思い出して頭を切り替えた。


京介くんというのは沙月の彼氏。バスケのスポーツ推薦で入学したイケメン君。自他ともに認めるラブラブなカップルだ。


「ふふふ。京介も1組ー」

「うわー、良かったね~」

「うんうんっ」


頬を緩ませる沙月は、途端に女の子の顔。嬉しそう。幸せそうだなあ……。

あたしは……どうだろう。

隼人とつきあってるあたしは、人からみたら幸せそうに見えてるのかな?


……人の評価よりも、あたしが隼人とつき合ってて胸が高鳴るとか、幸せでたまらないとかを感じるのかが問題なのだけど。


教室へ入ると、隼人は友達の輪に囲まれていた。

頭も良くてスポーツも万能な隼人は、みんなから一目置かれていて大人気。

もちろん女の子にもモテまくっている。

あたしが彼女になってからも、告白される数は減ってないのを知ってる。


そもそも、あたしは彼女というより、幼なじみっていう印象の方が強いからだと思う。

学校でカップルっぽく見えるかって言ったら、そんなこともなく。

なんとなくモヤモヤしながら自分の席に着く。


席は出席番号順。

あたしの席は、廊下側の列の一番後ろだった。


「みんな席につけ-」


そこへ、太い声を低く響かせながら担任が入ってきた。


うわーーー。遠藤先生じゃん! 生活指導で怖いって有名なんだよね……。

特に遅刻には厳しいってウワサ。

徒歩10分のあたしが遅刻なんてしたら……!!

あー。怖い怖い。気をつけなきゃ。


「さいあくー」と、斜め前方の席の沙月が振り返って口パクで訴えてくる。


「だねー」とあたしも返す。


隣の席をみると、そこはまだ空席のままだった。休みなのかな?

特に気にも留めずにまた前を向くと、遠藤先生の言葉が耳に入ってくる。


「えー、まず最初に。このクラスに新しい仲間が入ることになった。じゃ、入って自己紹介して」


……転入生? 遠藤先生に促され、男子生徒が入って来た。


堂々とした態度でゆっくり一歩づつ足を踏み出す彼。その姿に引き寄せられるように、目で追う。

おろしたての制服のはずなのに、180センチは超えてそうな彼の着こなしはバッチリで。ミルクティー色に染めたアシンメトリーな髪型は、進学校にはどこか不釣り合いで。それでも、スタイルのいい彼を彩るには、最高のバランスで。


独特なオーラを纏った彼に、目を奪われた。


それはあたしだけじゃなかったみたい。女子を中心に、教室内はざわつく。

教卓の前に立った彼は、背筋を伸ばして、パッと顔を上げた。


───瞬間。


ドクンッ…と胸が波打った。


「はじめまして、桐谷凌空です」


……キリタニ……リク……?


「えっと家はここから10分くらいで、中1の夏までそこに住んでました。親の転勤でシカゴに行って、今回戻ってくることになりました。ってことで、よろしく!」


キラキラした瞳で教室内を見渡したあと。その瞳があたしを捉えて。


「隼人、結良、久しぶりっ!」


息が、とまるかと思った。


それは5年前、あたしと隼人の前からいなくなった凌空だったから。


どうして……凌空が……。

あたしまだ、夢の中なの……?


状況がうまく飲みこめなくて、ふわふわしたような気持ちのまま、ぼんやりとその姿を見つめる。


「お前ら知り合いなのか?」


遠藤先生が驚いたように声をあげると、凌空が笑顔で答える。


「俺達、幼なじみなんっす」


ガタッ!


すごい音を立てて、隼人が席を立った。


……隼人!?


そのまま、隼人は一直線に凌空の元へ向かい。


「……!!」


凌空の胸ぐらをつかむ。騒がしかった教室が、水を打ったように静まり返った。

驚きで、目を見張る凌空。


それはあたしも同じ。


『帰ってきたら、一発ぶん殴ってやる』


まさか、隼人……。

それだけはやめてっ!


あたしもたまらず席を立つと。


「よく帰って来たなっ!!」


隼人は凌空にガバッと抱きついた。凌空の存在を確かめるように、きつく、きつく。


「おうっ!」


凌空も同じように、隼人の背中に手を回すと。


「きゃーあああああっ!!」


ふたりの抱擁に、女子からは悲鳴のような叫び声が上がった。



足が震えてるよ。だって。

凌空が、帰ってきた。

夢じゃないよね……?

胸の中に湧き上がる、温かくて懐かしい想い。



と同時に。ギュッ…と、なにかに締め付けられるように痛くなる胸の奥……。


「桐谷の席は一番後ろだ。お、ちょうど川瀬の隣だ」


……え?

あたしは空いている隣の席に目をやった。……ここ……凌空の席……?


凌空が、こっちに向かって歩いてくる。

トクンッ……トクンッ……。

面影を残しつつ、その姿はまるで変わっていた。


……幼さなんてまったくなく、男らしく成長した凌空。


思わず、目を逸らす。


───ガタッ。

椅子を引いて、凌空が座る。


「ただいま、結良」


あたしの右側から、凌空の声。


「……おかえり」


あたしの中の何かが、動き出した気がした。

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