第3話 トライアングル

 窓から朝陽が差し込み、不安を抱えた夜を一掃するかのように部屋を暖かく照らしている。

鳥の鳴き声や、塔で働く人の声が微かに聞こえる。

 「うぅん……」

リサラは、小さく唸ると目を覚ました。

昨日と変わらず、簡素な部屋がぼやけて見える。

小さく見回すと寝台から少し離れた机にロイが伏して眠っている。

 リサラは、昨日のロイの腕にケガをさせた事を思い出して寝台から飛び起きる。

まだ、眠るロイに静かに近づいた。

 傷口を確認すると切り傷がはっきり見えるものの、深手ではなさそうだった。

「よかった……」

そう言って、傷口にハンカチを巻く。

上掛けを掛けようとロイに近づくと、一冊の本が開かれたままになっていた。


『ソニア家と種族の終わりについて…』


どうやら、アラン=ソニアについて書かれている古い本の様だ。


『種族を滅した神官ロザリア家の真実』


リサラは、そのタイトルに目を奪われた。

ロザリア家とは、自分の直系だからだ。

「滅し……た」

 リサラは、何か言い表せない不安が胸に広がった。


 ほどなくして、ロイが目覚めると上腕に鈍い痛みを感じる。

ロイは、腕の痛みで、昨日の事を思い出すと、罪悪感で目覚めが悪い。

「はぁ……」

 どんな顔でリサラに会えばいいかとため息をついて体を起こすと、上着が一緒にずれ落ちた。

「! 」

驚いたロイは、ふと腕に巻かれたハンカチにも気づく。

「これ……」

巻き方で優しく巻いたのがわかった。

「……」

 ロイの心がざわめき立つ。

ふと、周りを見回すとリサラの姿がない。

「! リサラ!! リサラ! 」

狭い部屋の中で、姿が見えない。

ロイは、自分の気づかぬうちにロージスが呼び戻しにきたのではないかと不安に駆られる。

「リサラ!! 」

脱衣所のドアを勢いよく開ける。

「! 」

そこには、着替えたばかりのリサラの姿があった。

「ロイ…? 」

濡れた髪をタオルで拭きあげていた。

「! すまん!! 」


バタンッ!!


 ロイは、驚いたのと安堵したので一気にドアを閉める。

心臓の鼓動が今まで感じたこともないくらい早鐘を打った。

手を胸に当てながら、ドアの前にしばらく立ち尽くす。

「何やってんだ、俺は……」

ロイは、剣士の家系でどんな時も冷静で正確な判断ができるように幼少期から鍛えられていて、少しの事、ましてや戦場においても、冷静さを失う事はほとんどない。

ロイは、一度、深呼吸をして部屋に戻った。


 しばらくすると、リサラが身支度を終えて脱衣所から出てくる。

リサラは、朝食の準備をするロイの背中に話掛ける。

「さっきは、どうしました? 先に浴室借りました」

「……」

ロイは、気持ちを落ち着かせてから答える。

「あぁ。何でもない。食事だ、座ってくれ」

「あ……はい」

 リサラは言われた通りに昨日と同じ場所に座る。


食卓には、鶏肉焼きと野菜にパンと紅茶が並んでいる。

ロイも食卓に揃うとリサラはお祈りを始めた。

静かな心地良い声でお祈りを終えると、リサラの目線が上がりロイに向き合う。

「少しだが……、食べてくれ」

そう言うとロイはリサラからおもむろに目線を外した。

二人は黙々と食事をする。

食事が終えるかと言う時にリサラが急に口を開いた。

「腕の傷、昨日は……ごめんなさい」

「! 何で謝る?昨日は俺が……」

目線を外していたロイがリサへ向き合う。

「俺は、お前に触れることはない。安心してくれ」

「……」

一瞬無言になるとリサラは、両手でロイの片手を挟むように握る。

「あと、本当にありがとうございます」

「あ、いや……、だから……」

ロイは、手を引こうとするが、リサラに案外強く握られていて外せない。


ドンドンドン!!


急に部屋のドアを叩く音がする。

「何事だ? 」

ロイは、リサラの手をすり抜けて、ドアへ向かう。

「カシクール城隊長様! 」

「何だ? 」

「ロージス様からの伝言です。幽閉しているB5530を本日宮殿へお連れせよとの事です」

 驚いたロイは、ドアの外へ出る。

「どういう事だ?! 」

ロイは、伝言を伝えに来た城兵の胸ぐらを掴んで壁に押し付ける。

「?! ど! どうされ……ました……か! 」

 まるで別人のようなロイに城兵は驚いて浮いた足をバタつかせる。

反射的に胸ぐらを掴んだロイ自身も驚いていた。

「B5530は、体調を崩している。疫病の可能性もあるから地下へ幽閉していると伝えよ!! 」

そう言い放つと、掴んだ胸ぐらを離す。

 伝言に来た城兵は、驚いて腰を抜かした。

「何をしている!! 急いで伝達せよ!! 」

「は、はいっ!」

床を這うようにしながら城兵は走り去って行った。


「くっ!! くそ野郎がー!! 」

ロイの叫ぶ声は塔内に響き渡った。

 

少し、気分を落ち着かせると静かに部屋に戻った。

「? ロイさん…」

「ああ。食事の途中に悪いな」

そう言って、椅子に座り直す。

「すごい声が聞こえたけど、私のせい? ですか? 」

リサラは、目つきが違うロイに優しく話しかけた。

「あ、いや……」

「? 」

リサラは、ロイの様子が変な気がしていた。

二人は、また無言に戻り、食事を終えると食器などを片付けた。


 ロイは、しばらくすると、大きな箱を二つリサラへ渡す。

「これは? 」

「今日だけ、そのドレスを着て上の部屋にいてくれないか? 」

「ドレス? 」

「女だと聞いていたから、ドレスを用意してしまったんだ」

「あぁ。うん」

ロイは、真剣な眼差しでリサラを見る。

「俺の服は大きすぎるし、それに……」

「かくまっているのが漏れたらまずいんだよね? 」

リサラは、余裕がないようなロイの口調で察する。

「……今日、俺は街に仕事で行く。戻るのは夕方だ。足枷はつけないから、日中は我慢してくれ」

「はい……」

「ソニアは、叫んだり暴れたりするが、リサラを傷つけたりはしない。

それに、日中は部屋の奥からは出てこないから安心してくれ」

「うん……」

「俺が戻ったら、すぐ上へ迎えに行く」

「わかった。着替えてきます」

そう言って、話終えるとリサラは静かに箱を持って脱衣所へ入った。


しばらくすると、ドレスに着替えたリサラが出てくる。

薄い黄色地のAラインドレスに上品にレースがあしらわれているクラシカルドレスだ。

露出が少ないドレスだが、胸元だけがレースで肌が見える。

肌の白さを際立たせるドレスだ。

まるで、リサラの周りだけが別世界の様に輝いて見えた。

「サイズは……どうだ? 」

目線を少し逸らしてロイは聞いた。

「ちょうどいいサイズだよ。大丈夫」

「きれいだ。よく似合ってるよ」

ロイはさらりと出た自分の言葉に驚いた。

そして、静かに立ち上がると変な汗をかきながら、身支度を始めた。

「? あ…りがとう」

リサラは、ロイの背中に言った。


「行くか……」

そう言って、リサラを促し部屋の出口へ向かう。

すると、唐突にロイは立ち止った。

後ろについていたリサラは、思わずロイの背中に頭を打つ。

「わっ! 」

思わずリサラは声がもれる。

ロイは振り返って真剣な眼差しでリサラを見つめる。

「今日だけでいい、俺だけを信じてくれ。他のやつが何を言おうが俺の話だけを信じて欲しい」

「う……ん。わかった。ロイさんだけを信じる」

「もし、不測の事態が起きた時は、ソニアを頼ってくれ」

「ソニア? ソニアって、あの吸血種……」

いいな?ともう一度念を押しロイは、強引に話を切ってドアを開けた。


 二人の足音が昇り階段に響く。

リサラは、階段の急さと段数の多さに息が上がり始める。

ロイが気づくとリサラは、階段の途中で動きが止まっていた。

「おい、しっかりしろ」

「……はぁ、はぁ、うん」

リサラは、やっとの思いで返事をしている。

 今まで、リサラは修道院で育ったため、激しい運動などはしてこなっかった。

ロイは立ち止ると、リサラが来るまで、壁にもたれて見守っている。

部屋を出てからのロイの態度は、リサラにとって少し冷たく感じた。

「ま、待って……」

 やっとリサラがロイに追いつくと必死でロイの鎧の端を掴んだ。

ロイは、黙って手を差し伸べ、リサラの腕を引き上げると体ごと持ち上がる。

「なんて軽いんだ……本当に男なのか? 」

「! ……」

そのまま、ロイはドレスの裾を引きあげてるリサラの腕を引いたまま最上階まで上がった。

最上階の部屋の鍵を開けると重い扉が大きな音を立てながら開く。


ガガガガガガガガーー!


ロイが先に部屋に入ると檻の奥から声が聞こえた。

「おお?! 今朝、叫んでた城隊長様かな? 」

「ソニア! 絶対に指一本触れるな。わかったな」

 そう言い終わる頃にリサラが部屋に入る。

「!! 俺の餌……、いい女だな」

そう言ったソニアの声が檻の暗闇に静かに響き渡る。

「もし、何かあれば、お前を陽の元に出して、灰にしてやるからな」

「威勢がいいな。夜の俺様には気をつけろよ! ははははは! 」

そんな会話をしている二人の後ろで、リサラは静かにロイの背中に隠れる。

「ほほぅ。そうか! お前、この女に惚れたのか! はははは!! 」

ロイはそれには答えずに振り返るとリサラの目を見る。

「部屋で言った通りに。今日だけガマンしてくれ」

「わかった。大丈夫だよ」

ロイは、無言でリサラの目を覗きこんだ。

「気をつけて……」

「あぁ」

そう言って、ロイは重い扉を閉めて施錠すると階段を下りて行った。

リサラは、しばらく閉められたドアの前で立ち尽くしていた。

 
































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ラビリンス きよら @kiyora0716

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