第1話 異世界転生の価値とは?
アニメや漫画、ゲームで異世界転生の醍醐味として描かれるのは、やはり圧倒的な大自然と地球とは異なる生態系、モンスターや亜人種たちだろう。そして、やはり欠かせないのはダンジョンやその豊かな自然の下でする冒険だろう。多くの異世界好きがそうであるように、ここに来た佐藤りょうや菜乃も、そうだった。
あぁ、なんて心地の良い光なんだろう。
僕こと、佐藤りょうは、異世界に来てからはや1時間、ずっとスタート地点である大草原に寝そべっていた。
「いつまでこうしとくつもりなの?」
隣で寝そべりながら、そう言ってきたのは菜乃だ。
「ん〜、後1日くらい〜。」
「やる気ないな〜。一応私たちは魔王を討伐するために転生させられたんだけど。」
やる気がないと、僕に指摘をしつつも、自分もやる気なさげな菜乃は神様とやらから支給された武器を確認していた(寝そべりながら、である)。
「ま〜、この世界ってゲームみたいに魔法とかあるらしいけど、モンスターとかはいないんでしょ?」
僕は、ついさっき菜乃から聞いたこの世界の概要をもう一度聞く。
「そうだね〜。しかも、地球をモデルにしてるから、生態が地球とほとんど変わらないやつもいるらしいね〜。」
「じゃあ、大丈夫だ。」
そう言って、僕はゴロンと寝返りをうって菜乃の方を向く。
「大丈夫って?どういうこと?」
菜乃の方を見ると、案の定きょとんとした顔でこちらを見ていた。
「僕が神様の機械からぶんどった付与特性の中に、自分より弱いやつからは襲われないってのがある。」
「それが?」
菜乃はまだわからないらしい。
「言ったこと無かったっけ?僕の家系は、殺人術の家系なんだけど。」
「?サツジンジュツって?」
「人を殺すための武術だよ。」
菜乃は、突然の告白にぽかんと、口を開いて僕を見ている。
まぁ、それも仕方がない。あまりにも現実味のない話だろう。僕だって、好きで学んでたわけではない(中二病なるものを発症してからは好きになったが)。
「僕は、地球のほとんどの生物よりも強いから、襲われることもないな。」
そう言って、僕は静かに目を閉じる。
ん?
菜乃の様子が少し気になって、チラリと横を見ると、菜乃はプルプルと肩を震わせている。
「……ばか。」
「え?」
突然菜乃の口から暴言が放たれたことに驚き、思わず声が出てしまった。しかし、菜乃は一回じゃ収まりきらなかったようで、僕をぽかぽかと叩き始めた。
「ちょ、痛い痛いって。」
「りょうのばかー!なんで、そんなギフト取っちゃうの!異世界物の定番といえばモンスターとの遭遇でしょ!?これじゃあ、異世界に来た意味がないよー!」
僕を叩く彼女の目は、これを本気で言っているようだった。
はぁ、これだから素人は……。
「あのな、わかってる?これはゲームじゃないんだよ?死んだらそれで終わり、コンティニューはなし、リセマラもできない。」
僕の言葉に、菜乃は顔を伏せる。
仕方がない、どんなにクソゲーでも、これが現実だ。僕は、彼女に死んでほしくないと思う程度には彼女のことが好きなのだ。
「でも、与えられた現実を楽しむのも、人間でしょ?どんなにクソゲーな環境でも、それを楽しんできたのが人間だよ。それをクソっていって切り捨てるのは、りょうの先祖に失礼だよ。」
「……」
彼女の言葉に、僕は言葉に困ってしまった。たしかにそうだ。人間はどんな環境でも楽しむ力を持っている。それは、殺人術の基本でもある。僕の先祖だって、殺人が好きで殺人術を創ったわけではない。そうせざるを得ない時代だったからこそ、創ったのだ。
「だからりょう、戦おう?神様から与えられた任務をこなせば、後は好きにしていいらしいから。そうやって私に背を向けて現実から逃げないで、ね?」
黙っている僕に、彼女は声をかけ続けている。
「……」
僕が、まだ黙りこくっているのが悪かったのか、それとも菜乃の声が大きかったのが悪かったのか、不意に黒い影が、僕達を覆った。
「ギイイイイィィィィィィアアアァァァァァ!!」
ドシンと、アニメでしか聞いたことのないような、重厚感のある音を響かせて僕達の横に降りてきたのは、軽く3メートルはこるだろうというような高さを持つ、巨大な鷹だった。
「……!!」
菜乃は、突然自分たちの横に降りてきたその巨大な鷹に驚いたのだろう。どこからともなく、剣を取り出し、その刀身をたかに向けていた。
「おい!ばか、やめろ!」
あまりに素人すぎる持ち方とその行動に、僕は驚き思わず声を荒げる。
「ギイイィィィ!!」
そんな鳴き声とともに、鷹はバサリと羽音をたてて、空中に軽く浮いた。そして次の瞬間、菜乃をめがけて、猛禽類の鋭い爪を振りかぶった。
まずい
そう思った僕の身体は、勝手に動いた。鷹に向かって飛び、手で手刀を作って鷹の首に全力で振りかぶる。そうして繰り出された技の名は、
龍殺流殺人術 手刀の技ーー
「首盗り」
まるで首が盗まれたかのようにきれいな切り口のこの技は、手刀の技として最も基本的な技でありながら、全ての技の中でもっとも高い汎用性を持っている。
ドサリ
着地した僕の後ろで、首を失った鷹の身体とその首が地面に落ちる。
「……」
菜乃は、その後ろで自分の目の前に落ちたその首を凝視していた。無理もない。現代の日本で、生き物が殺されるところを見ることなど、ほとんどないのだから。ましてや、殺気まで普通の高校生をしていたのだ。あまりにもショックだろう。
まったく、しょうがないな。これだから素人は……僕も素人か。
「なにも喋れなくなるのも、無理もないよ。だけど、君がさっき行っていた冒険とは、こういうことだろう?こんなことが続くようなこと、僕は大丈夫でも、君が持たないと思うよ。だからさーーん?」
突然、菜乃が僕の身体を舐めるように確認してきた。ーーいや、服だろうか。くるくると、僕の服をくまなく見ている。
「すごい。」
見たいものが見れたのか、彼女は僕から離れて、僕の何かをそう褒めた。
「へ?」
「すごいよ、りょう。あんなことをして、私にもりょうにも、返り血1つついてない。」
「一体、何を言ってーー」
鷹の死体を凝視していたはずの菜乃は、僕にキラキラとした視線を送りながら、弾んだ声で、僕の技術を褒める。
「首盗り、だっけ?本当にすごい技術だよ。これなら、戦闘で汚れることもないし、殺人術ってことは、犯行の証拠を一つも残さずに犯行できる。りょうの世界には、こんなにすごい技術がたくさんあるの?他にはどんなすごい技術がーー」
息もつかずに、まくしたてるようにして放たれる僕への褒め言葉に、僕は唖然とした。
「ちょ、ちょっと待って。」
「なに?」
「怖く、ないのか?」
「なにが?」
「だって、僕は武器がなくても人を殺せるんだよ?証拠もなく。」
「うん、それが?」
彼女は、きょとんとした様子で、平然と聞き返した。僕は、余計に戸惑う。
「それがって……、君が殺されるかもしれないんだよ?普通、そんなやつと近づきたくなくないか?」
「普通?」
「そうだよ、普通」
「誰の、普通なの?」
そう言った彼女の剣幕は、今まで殺人術の練習をしてきた僕でも、びびるものだった。
「誰のって、世間の、だよ。」
「私の、普通ではないよね。」
私の普通ではない、か。確かに
「そうだ。」
「私の普通では、りょう程度の変わり者、他の人と大して変わらないよ。」
他の人と対して変わらないか。
不思議なものだ。彼女は、なにも知らないはずなのに、知ってるようなことを口にする。あたっているわけではないが、外れてもいない。彼女との会話は、いつも気づきに満ちている。そしてこの気付きは、僕が修行を始めてからの10年間、ずっと欲しかったものだ。
「ありがとう、菜乃」
「どういたしまして。なにがかはわからないけど。」
そう言った菜乃は、ニヤリと笑う。その笑顔に、僕は寒気を感じた。
「と、言うことで〜、りょうくんって〜、剣も使えるのかな〜?」
「つ、使えるけどなに?」
僕がやっているのは、拳法ではなく武術だ。剣術もその内である。
しっかし、なんだろうな〜、この笑み。菜乃がこの笑い方をするときって、ろくなこと考えてないんだよな〜。
うちに入り浸るようになったときもそうだった。僕が自分と同じ趣味を持っているとわかった途端に、この笑い方をして、次の日から自分と同じソフトを持ってきてゲームをプレイした。他にも、あんなことやこんなことまで、半年しか付き合いがないのに、例を上げればきりがない。
つまり!
菜乃がこの笑い方をしているってことは、ろくでもないことを考えているに違いない!
流殺流殺人術走法
「水走り」
逃げろ!と、僕の本能が告げていた。僕は、本能の赴くままに、殺人術の地上での最速移動法を使ってできる限り遠くへと逃げる。後ろを向くと、菜乃は盲点のように見えるほど遠くーー
「つっかまえた♡」
「え?」
ぎゅっと、菜乃は語尾のハートマークが見えるほどに強く、僕のことを抱きしめていた。
「な〜んで逃げちゃうかな〜。私はまだ、な〜んにも言ってないよね〜?」
ミシ……ミシ
「左様でございます、菜乃様。」
「うん、そうだよね〜。わかってるじゃないか、名執事のりょうくん。」
ミシ……ミシミシ
彼女は、バックハグの体勢によって十分なほどに近かった顔を、更に近づけてきた。
「そぉ〜んなに賢い名執事のりょうくんなら〜、私が言いたいこともわかってくれるよね〜?」
ミシ……ミシミシミシ
あ〜、これヤバい。なんか体の底から聞こえてくる音がなんかもう死を感じる。冒険とか始まる前に死にそう。
to be continued……
「終わるなー!!」
ゴツン
ミシミシミシ!ビキッ!
「イテッ」
パッと、菜乃が放してくれたことで、僕は命拾いした。
「あ〜、なんで話しちゃうんだよ菜乃、もう少しでこの世とは思えないほどにきれいな川にかかった橋を渡れたのに。」
「勝手に死にかけてんじゃないよ!それに、あなたは別に橋マニアじゃないでしょ?」
菜乃は、怒ったように口を尖らせ、そう言った。
「おいおい、あまり僕の橋マニア具合を舐めんなよ?僕はそこに橋があったらとりあえずわたるような男だぜ?」
「それは、迷子の原石って言うんだよ?」
軽口を叩いて調子が戻った僕は、菜乃の目を見る。
「お前、足速すぎるし、力強すぎないか?」
僕の言葉に、菜乃はきょとんとした。
「別に……、私の力は強くないよ?りょうが長く家に引きこもってたから、筋肉落ちたんじゃない?」
「いやいやいや、普通の女子高生は、抱きしめただけで相手の骨折らないし、それに僕は毎日朝と晩にフルマラソンしてたぞ。」
「毎日朝と晩にフルマラソンしてるのは頭おかしいとして、神様のギフトで身体能力が全部10倍になるとか言ってたよ。」
「身体能力が10倍!?」
……神様、菜乃のギフト、破格すぎませんか?
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