バケモノ、救世主になる

 僕は次に目が覚めると早朝だった。

 まだ日が昇ったばかり。冷たい風がぴゅうっと吹いた。


(トイレは……ないからそこら辺にするしかないか)


 僕は適当に用を足し、それから喉の渇きを潤すために水を飲んだ。

 一日経って前世の飲み物が欲しくなってきた。

 お茶にジュース、甘い物。それらが懐かしく感じてきてしまう。


 それから山菜にキノコ、木の実や果物を食べて空腹をしのぐ。

 その場しのぎで一時的なものだが、やはり肉が欲しいという欲求に思考が支配されてしまうそうになる。


(近くにコンビニがあるってすごい便利だったんだな……)


 失ってはじめてわかるコンビニという便利な存在。

 僕は元の世界に戻りたいと願ったが、死んでしまった以上戻ることはできないと再確認して落ち込んでしまう。


(……)


 それから僕はただひたすらボーっと過ごした。

 この姿になってしまったらやることは限られるし、友達も話す人もいないのでただひたすら空を眺めるか小さな昆虫の動きを観察するしかない。


 最初はつまらないと思っていたが、次第に無駄にダラダラ過ごす時間も悪くないと思えてきた。

 前世では常に忙しい毎日を送っていた。

 朝起きたら学校に行って、時間割の通り時間がきたら授業が始まって、決まった時間に授業が終わる。


 昼食時間も決められ、それから授業授業の日々。

 放課後はそれぞれが好きなように時間を過ごすが、明日も明後日も学校がある以上、遠出もできないし好きなことができる時間も限られる。


 宿題や課題があれば、学校から自宅に帰ったらやらないといけない。

 それが終わったら僅かな好きな時間を過ごす。

 好きな時間と言っても外は暗いから、家で何かしないといけない。


 どれも同じ。ゲームに漫画にアニメ。映画にドラマ。SNSをだらだらとみるか。

 寝る時間になったら寝て、起きたらまた学校に向かう。

 そんな毎日に違和感を抱いていなかったが、バケモノになった今だとわかる。


(こういう無駄な時間を過ごすのも悪くないな……って)


 この余裕が今の世界にない。

 朝からずーっと横になって空を眺め、小さな生き物たちの動きを観察することは無駄と言われてしまう。


 それだったら勉強しろと言われるか、もしくは塾に通わされるか。

 もしくは奴隷のような労働にかられるか。

 

 僕が今生きる世界の人々はとても楽しそうだった。

 彼女がいた村の人々は生活こそ僕のいた世界基準で考えると大変で不幸に見えるけど、時間に余裕がなくせわしなく生きている人に比べたら幸せそうだった。


 家族や仲間に囲まれ、質素で大変ながらも一日一日を生きている実感があるように見えた。


(はぁ……)


 だからこそ、今の僕はぼっちで孤立して、理解してくれる人がいない現状を憂いていた。

 誰でもいい。小鳥でも虫でも。僕を怖がらずにいてほしい。

 そんな風に思っていると、耳がつんざくような爆発音で一気に現実に引き戻された。


(な、なんだ!? 今のは?)


 爆発音がもう一度聞えてきた。

 音の発生源は……あの村!

 一体何が? 僕は慌てて起き上がって向かった。


 嫌な予感がした。音がした方向的に彼女がいる村がある。

 もし、僕の嫌な予感が当たってしまうと……前日に見つけたあの兵たちが。

 あくまで仮定の話。推論に過ぎない。


 事故の可能性もある以上、一人であれこれ考えても仕方がない。

 僕は急いで向かい、そして目に映る光景に唖然としてしまった。


(そ、そんな……)


 昨日まで存在していた村そのものが焼き払われていた。

 幸いなことに村人は殺されることなく兵に拘束されているが、それも時間の問題だろう。昨日の女の子は村人と同じく縄で縛られ跪いていた。

 

(やっぱりこの村を襲うために来たのか)


 最悪な展開。このままでは彼らは殺されるか、もしくは連れ去られるか。

 胸くそ悪いが奴隷として売られるかもしれない。


(ど、どうする……?)


 僕はその場で足踏みして必死に頭をフル回転させる。

 やっぱり盗賊を撃退した時のように僕が暴れるしかない?

 でも、あの時とは違ってあの兵たちは統率が取れている。


 盗賊たちの武器もお粗末なものだが、村を占領している人たちは防具をしてちゃんとした装備をしている。


 仮に僕が介入したところで村の人たちと一緒にやられてしまったら意味がない。

 助けにいった意味とは? となってしまう可能性が高い。


(でも、やるしかないよね……)


 僕が今こうしてうだうだしている間に村人が処刑されてしまったら?

 あの子が乱暴されているところを目撃したら僕は後悔してしまうだろう。

 僕は意を決して、緊張と恐怖で震える自分の体に鞭を打って村へ駆けた。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 僕は肺が潰れるんじゃないかってくらい叫びながら適当な兵に噛みつき、そして遠く彼方へ放り投げた。悲鳴と共に木々の中に吸い込まれる兵。


 異常に気付いた兵たちは一斉に僕を見た。

 当然ながら訓練された男たちでも動揺したが、すぐに体勢を立て直した。

 流石に盗賊たちとは違う。


「バ、バケモノだ!?!」


「落ち着け!!! 俺たちの敵じゃない!」


「そうだ。こっちは訓練された軍。バケモノを殺せる武器だってある」


 隊列を作り僕に向けて武器を構えた。

 僕は目を動かして村の人たちの様子を確認した。

 わかってはいたけど僕の登場に村人たちは恐怖で震えあがっているものや、泣き出す子ども、食べられると思ってやめろと懇願するもの、失禁してしまうもの等々。


 あの女の子は僕の登場に驚いていたが、他の人たちに比べて取り乱している様子はない。


(よかった……多分だけどみんな無事だ)


 一安心も束の間。統率の取れた動きで僕に目がけて槍が迫ってきた!

 僕を串刺しにするべく数メートルもの槍が……と、僕は反射的にジャンプした。

 兵たちの頭上を軽々と飛び越え、僕は後方にいた部隊に襲い掛かった。


 手加減をしている余裕はない。

 生きるか死ぬか。そんな殺し合いの場に中途半端な気持ちでいたらダメ。


「う、うわあぁぁぁぁぁっっっ!?!」


 僕の大きな前足で複数の兵を薙ぎ払う。骨が折れたり、粉々になる感触がした。

 僕の中の良心が痛むが死んでいないことを祈りながら攻めを継続する。


「た、ただのバケモノじゃねぇ!?!」


 そうだ。僕はただのバケモノじゃない。

 異世界からやってきただ!


 僕はありとあらゆる方法で兵たちを倒していった。

 あるものは鋭い歯で噛まれ、太く大きい前足で踏みつけられ薙ぎ払われ、その巨体に体当たりされ数十メートルほど飛ばされ、後ろに回り込んで不意を突いたつもりが強靭な後ろ足で蹴られて首が変な方向に曲がったもの。


 僕はバケモノの言葉の通り暴れた。

 最初は士気が高かった兵たちも次第に恐怖一色に染まってしまう。

 続々と武器を捨て敗走していく。


 僕は逃げる兵たちに追撃はせず、抵抗するものたちを遠慮なく処していく。

 泣き喚くもの、仲間を連れて逃げるもの、発狂するもの。

 まさに地獄そのものだった。


(……)


 どれくらい僕は暴れたのだろうか。

 時間という概念を忘れて僕は力の限りを尽くした。

 不思議と疲れていない。この体のおかげか、それともアドレナリンが火山の噴火のように出ていたおかげか。


 戦いは終わった。すでに兵たちの戦意は消失し、仲間を連れて村からいなくなっていた。


 残ったのは僕と村人たち。

 僕というバケモノの登場で状況は一変したが、やはり僕という存在は村人たちからすると自分たちの番だと思ってしまったらしい。


 いくつもの目が僕に向けられた。

 俺・私は食べられるのか。やめてくれ。まだ幼い子どもがいるんだ。

 

 歓迎されるどころか僕をできれば排除したいと思っている。

 わかっていた。こんな見た目では僕が何をしても怖がらせてしまうことを。

 僕は村人たちの無事を確認してその場から去ろうとする。


「あ、あの……!」


 声をかけられた。あの女の子だった。

 村人の人に縄を解いてもらったのかすでに自由になっている。

 彼女は得体のしれないバケモノを前に体も声も震えていた。


「あ、あ、あ……あの」


 一歩。勇気を出して僕に近づいてくる。

 僕は怖がらせないようできるだけ動かないようにした。


「わ、私たちを助けてくれたんですか?」


「……」


 僕は頷いた。


「そ、そうですか……あのときも?」


 僕は再度頷いた。


「……」


 僕は困っている人を助けただけだ。

 そんな僕の想いは彼女たちに届きはしないだろうけど。


「あ、あなたは何者なんですか?」


「……」


 喋れない僕は代わりに敵意がないことを伝えるために頷いた。


「……」


 彼女は警戒を解かず全身に緊張が漂っていたが、徐々に弛緩していった。


「悪い子じゃない……?」


「……」


「……み、みんな!!! この子、悪い子じゃないって!!!」


 女の子が村の人たちにそう訴えるが、彼女に同調するものは少ない。

 むしろ、追い出せと主張する人が大半。僕は歓迎されていないようだ。


「で、でも! あの兵士たちを追い出したのはあの子! 私たちに敵意はない!」


 彼女は諦めず説得しようとする。


「私は昨日もこの子に助けられた! 本当よ! 昨日今日、立て続けに助けられた。この子は決して私たちに害を与えようとしていない!」


 それでも納得できない人が多数。

 僕は諦めてその場から離れようとするが、女の子が僕の前に立って優しく抱きしめてくれた。


「ほら。こんなことしても襲ってこない! これでもみんなはまだ怖いというの?」


 女の子の心からの訴えに村人は徐々に意見を軟化させていった。

 子どもたちはおどろおどろしながら僕に触ろうとした。

 僕としてはどうぞ、と抵抗せずいた。


 子どもたちは僕が無害だと安心すると、僕の背中に乗ったり体のあちこちを触ったり撫でたり。


 子どもたちに釣られた大人たちも僕に近づき、恐る恐る触ってみたり撫でたり。

 気がつくと僕を中心とした輪ができていた。


「ねえ? 君の名前は?」


 僕の名前……前世のはあるけどバケモノになった今はない。


「そうね……ポチはどう?」


 いや、それだけ僕はペットみたいじゃないか。

 でもまあ、ペットと思われるくらい愛されいると思えばいいのかな?


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異世界転生したらバケモノになってしまったんだが…… さとうがし @satogashi

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