ひとりぼっち
気絶して倒れている女の子を放っておけない。
盗賊たちは逃げていったが戻ってこない保証はどこにもない。
(ど、どうしよう……)
下手に起こそうとして刺激したところでまた怖がらせてしまうだろう。
だとしても彼女を置いて助けに求めに行っても、バケモノが現れたと大騒ぎになるだけ。
(仕方ない。ここで彼女が起きるのを見守ることにしよう)
僕は女の子から距離を置いて起きるまで見守ることにした。
それからしばらく時間が立ち、彼女は目を覚ました。
(今度こそ自分が無害であることをアピールして……)
僕の作戦はこうだ。
先ほどは戦いの興奮が冷めない状態だったので、僕の表情が恐ろしいものになっていただろう。
今回は僕に敵意も食べるつもりがないことをアピールし、なんとかして女の子にそれを知ってもらおう。
まずは女の子の前に現れて、見えるように転がってお腹を見せる。
僕は無防備だよ。襲うつもりはないよ。
そう伝わってくれればいいが。
ということで僕は女の子の前にゆっくりと出て近づいた。
「あれ、私ったらなにを……ひあっ!?!」
目覚めた女の子は近づく僕に気づいて戦慄してしまった。
僕はもっと近づきたかったが断念。すぐにゴロンと横になって彼女から見えるようにお腹を見せた。
(僕に敵意はありませんよ~。お願いだから僕の想いよ、通じてくれ!)
笑顔笑顔。笑顔を忘れずに。
しかし、僕は失念していた。女の子からどう見えるのかを。
「あ、あ、あ……」
~女の子視点~
あのバケモノは『いつでもお前を喰っちまうことができるんだ。こんな風にお腹を出していても余裕だ。お前が逃げようと、武器で攻撃しようと無駄だ。諦めて俺の腹の中に収まるんだな!!!』
と、彼女からは見えていた。
当然ながら僕にそんなこと露知らず。
「あ、ああ……」
女の子はカクリと意識を失い後ろに倒れてしまった。
(……あれ?)
僕の作戦は問題なかったはず。だというのに女の子はまたしても気絶してしまった。今度は泡を吹いてしまって痙攣している。
(ええっ!? ちょ、何が!?! もしかしてまた僕のせい!?)
二度も僕のせいで女の子は気絶してしまった。
威嚇したわけでも怖がらせたわけでもなく。
ただ単に僕の姿がバケモノそのものだから、食べられると勘違いしたのかもしれない。
(僕でもあの子と同じようになると思うから……うん)
彼女の気持ちや状況を考えるとああなってしまうのも仕方がない。
とはいえ、このまま彼女を見捨てるわけにもいかないし……。
(彼女に怪我がないかとか、一人で帰れるかどうか聞こうにも僕は喋れないし……)
大人しく女の子にバレないように自宅まで帰ることができるか遠くから見守った方がいいだろう。
(僕は何をやっているんだよ……)
この体になってからいいことが全くない。
僕は自分自身が情けなくなってしまうが、ひとまずは彼女が起きるまで安全を確保するのだった。
「はぁっ!?!」
女の子から少し離れた場所にて。僕はじーっと彼女のことを監視していると、勢いよく起きたらしく立ち上がって周囲を警戒していた。
「あのバケモノは……?」
記憶はバッチリ残っているようだ。
女の子は自分の身に怪我がないか見、周囲を散策して敵がいないことを確認。
「もしかして夢? でも……」
しばらく思案していた女の子だったが、ここにいつまでもいたら危ないと判断して歩き始めた。僕も彼女に悟られないように追いかける。
「あれはなんだったのかしら。あんなバケモノ、見たことがなかったし……」
女の子の独り言もばっちり聞こえる。
バケモノの姿になった僕は尋常ではない視力と聴力を得ているおかげで、彼女の姿形、しぐさ、小声でさえ見ることも聴くことができる。
(プライバシーの侵害はよくないな)
意識的に見ようと聴こうと思えばできるので、女の子のことをあまり詮索するのはよくないと判断した僕は、彼女の姿をぼんやり見ることだけにして追いかけることに専念する。
それから歩くこと一時間ほど経った頃。
僕の目から見てもわかるほど女の子以外の人の姿を目視で確認できるようになった。
(小さな村? 百人もいないのかな)
彼女が向かっている先に小さな村が見えた。
とても質素な家々が並び、牧歌的な生活をしていることが伺える。
(周りに異常は無さそうだし、僕にできることはないな)
女の子の無事を見届けてホッとするのも束の間、一気に寂しさに襲われてしまう。
今の僕は誰が見てもバケモノだと言うだろう。
そんな僕を見て仲良くしたいと思う人も動物もいない。
(……はぁ)
僕は正真正銘ひとりぼっちになってしまった。
誰も頼れる人も話し相手になれる人もいない。
一度死んでバケモノになって、異世界で僕は一人で生きることを強いられる。
これは天罰なのだろうか。
(お腹空いたな……あ、そこの動物が美味しそ――って僕は何を?)
僕は目の前を横切ったイノシシによだれが止まらなくなった。
すっかり味の好みがバケモノそのものになったらしい。
でも、抵抗があって食べることができない。
(ああ、お腹空いて元気が出ない……)
僕は空腹と戦いながら今後について考えを巡らせるのだった。
一方、ここからそう遠くまで離れていない場所にて、武装した兵が進軍していた。
そのことに気づくことになるのはもう少し後のこと。
僕は何も食べることなく一日が過ぎた。
飲み物はそこらにある湧き水や川でなんとかなるが、食べ物をロクに食べていないのでお腹が減って力が出ない。
かろうじて木の実や野草を食べて腹の足しになるが、やはり肉が足りない。
どうにかして肉を調達しなければ。いずれ自分で動物を買って食べることになるが、まだ勇気が出せない。
僕は一人、今後について思案をしているとある音が聞こえて耳をすませる。
多くの人間の歩く音、金属がぶつかる音。
一体何が起こっているのか。僕は木の実やキノコを食べ、空腹をしのいで音がする方へ向かった。
走ること一時間。女の子がいる村を超えた先に音の原因を突き詰めることに成功。
武装した人間たちが女の子のいる村一直線に向かって進軍しているではないか!
(一体何を? それになぜ軍隊がこんな辺鄙なところに?)
ここは森が生い茂っているが、比較的平地でそれなりに道も整備されている。
考えられることはいくつかある。
一つは村に何かあった。これは僕のせいで村が軍隊を送らせた可能性。
だけど、僕が現れてから一日で大軍を連れて来れるとは思えない。
二つ目は村に用はなく、その先が目的地だということ。
彼らは帰還兵なのか。それとも通るだけなのかわからない。
三つ目。これは考えたくもないが、あの兵士たちは彼女がいる村を蹂躙するために送られた、ということ。
この中で考えられるのは二つ目と三つ目。
見た限りでは通行する可能性もあるが、もし仮に村を襲撃するつもりだったら?
(まずは様子見だ。僕の目論見が外れた場合、取り返しがつかなくなる)
兵たちの動きは遅い。大軍、それに武装していて足取りも遅い。
あのペースだと村につくには数日かかるだろう。
(僕が気にし過ぎなのかな?)
僕はひとまずは脅威がないと判断し、元居た場所に引き返した。
一人になる僕。お腹は満たされていない。
話せる人も僕にちょっかいをかけてくる人も生き物もいない。
(……)
いっそのこと死んだ方がマシなんじゃないか。
そう思ってしまうが、前世の僕は殺されてバケモノになった以上、二度も死にたくない。自分の手で死んでしまったら、それこそ殺人になる。
いや、僕は人ではないバケモノだから殺人という言葉は当てはまらないのかもしれないけど。自死? なんでもいいか。こんな言葉遊びをしてしまうほど今の僕は精神的に追い詰められているのかもしれない。
(もう疲れたから寝よう)
まだ日が沈んでいないが今日一日色々とあり過ぎて疲れてしまった。
本当だったらふかふかのベッドでお休みしたいが、今の僕ではそれは夢物語だろう。
冷たく、硬い地面の上で僕は横になって目を閉じた。
自然とすぐに眠ることができて、僕は一時の安らぎの時を過ごすことになるのだった。
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