異世界転生したらバケモノになってしまったんだが……

さとうがし

バケモノになっちゃった!?!

 僕は田中守。大学二年生の男だ。

 特にこれといった特徴もない、平凡な人間だと思う。

 可もなく不可もない顔立ち、性格もみんなから優しいと言われる。


 特に褒めるところがないから優しいと言われるのは知っているけど、僕は全然嫌じゃない。僕力はあまり好きじゃないし、誰かのために力になればいいな、と思う。


 そんなある日のこと。僕はその日の講義をすべて終え、電車に乗って最寄り駅に降り、十五分歩けば自宅につく。その帰り道でのこと。


 すでに夜の八時を過ぎており、周囲は住宅から漏れる光と街灯しかなく、どこか不気味な雰囲気が出ていた。通い慣れた道だったが、前方から女性の悲鳴が聞こえてきた。


 尋常ではない叫び声と男の狂気じみた咆哮に僕は急いで向かった。

 道を曲がってすぐ、大きな刃物を持った男がサラリーマンの男を刺している現場に出くわしてしまった。


 刺された男はその場で倒れてピクリともしない。

 腹部からは大量の血が流れ、こちらまで迫ってくる勢いだった。


「う、うぅ……」


 刃物を持った男は目が虚ろで変な声をあげながら倒れる男をボーっと眺めている。

 その近くに小学生低学年の女の子が腰を抜かしてしまい逃げ遅れているようだった。


 俺は女の子に目配せをするが恐怖で周りが見えていない。

 このままでは危ないと判断した僕は女の子を抱えて逃げようとするが、不審者の男に気づかれて万事休す。


「に、逃げるんだ!」


 男は僕に向かって刃物を向けて近づく。その隙に逃げるように女の子に言う。


「早く!!!」


 僕の必死の訴えに女の子は足がもつれながらも逃げようとする。あとは僕が時間を稼ぐだけだ。


「行かせない!」


 男と僕は取っ組み合いとなった。なんとかして刃物を叩き落そうとするが、もみ合いの末に僕は手を刃物で切られてしまう。その燃えるような痛みで手を放してしまった僕は腹部を刺され、意識が遠のいてしまう――。




 僕は死んでしまった。次に目を覚ましたころには天国か地獄のどちらかにいるだろう。そう思っていたが、どうやら違うらしい。


(ここは……?)


 僕は目が覚めると日差しの眩しさに目を細めてしまう。

 ここは……と、思いながら手で日差しから目を守ろうとして僕は違和感に気づく。


(え?!)


 僕の手は慣れ親しんだ僕の手ではなかった。まるで獣のような鋭い爪と漆黒の体毛が目に入って僕は自分の手を疑った。


(そうだ! これは夢だ! 僕は変な男に殺される夢を見て、それから自分がバケモノになる夢を見ているんだ!!)


 そう思うと一安心。だけど、この時の僕は薄々感じていた。

 なんで喋れないんだろう、と。


(少し経ったら夢から醒める。それまでここでゆっくりしていこう……)


 目を閉じて夢から醒めるまで待ってみるが、待てど待てど覚める気配がない。

 夢か現実か。白黒ハッキリつけようと起き上がるが、僕は自分が四足歩行になっていることに混乱してしまう。


(なんで!? 二本足で立てないんだ?)


 やはり僕の手と足はまるで獣のようになっている。

 いや、違う! これは悪い夢。今すぐに目覚めるはず。


 僕は周囲を見渡した。どうやら僕はどこかの森の中で一眠りしていたようだ。

 森の中で一人お昼寝をしている夢か。悪くないね。


(僕が獣になっている夢。今までそんな夢見たことないからパニックになっちゃったよ)


 自分が獣になって、しかも四足歩行で歩くことになるとは。

 とはいえ、夢の中ということで四足歩行でも問題なく歩け、しばらく歩くと大きな湖がある場所に出た。


 湖はみたことがないくらい水が透けていて綺麗。

 僕は恐る恐る湖に顔を近づけると、そこに映っていた顔に僕は反射的に転んでしまった。


(は、えっ!?! なんだこのバケモノは!?!)


 オオカミをベースとしているが殺傷能力が高そうな禍々しい角、体毛は黒く輝き、目はぎろりとしていて不気味。手足の爪も石に傷をつけられるほど鋭利。

 湖に映る自分は人間よりもはるかに大きいバケモノで俺は言葉を失ってしまう。


(なんでバケモノに……それに喋れなくなってる!?)


 バケモノになったのだから喋れなくて当然。

 でも、なんで僕がこんな恐ろしいバケモノに?

 考えれば考えるほど意味が分からず混乱してしまう。


(夢なら早く覚めてよ……)


 一向に覚めない夢。僕はこれが夢でなく現実だと時間経過とともに思い知ることになる。


(どうすればいいんだろう……)


 八方塞がりの状況に絶望してしまった僕だったが、


(誰かの声……?)


 僕はバケモノの姿になってしまったけど、その代わりに目も耳も人間の時に比べて格段に良くなった。女の子の声。距離は約一キロくらい。


 他にもいくつかの人間の声。状況を察するに女の子が男たちに追われている?

 僕は自分がバケモノになってしまっていることを忘れ、声が下方向に向かって走った。




「だ、誰か……」


 おさげの女の子は必死に走って助けを求めていた。

 彼女の後ろでは獲物を見つけて興奮して舞い上がっている盗賊の男たちが下品に笑いながら追いかけていた。


 彼らは少し力を出せば逃げる彼女を簡単に捕まえて乱暴することができるが、それではつまらないとわざと手を抜いて狩りをするかのように楽しんでいる。


「ほらほら~もっと逃げてくれないとつまんねぇぜ~?」


「や、やめて……!」


 女の子は泣きたい気持ちを殺して逃げるが、男たちの追走を振り切れず体力がなくなるのも時間の問題。


 肺が締め付けら、脚の裏はすでに血だらけになっている。

 それでも逃げないといけない。


「きゃっ」


 限界がきてしまった。女の子は脚の力が抜け倒れてしまう。

 男たちは彼女を囲うように立ち塞がり、下卑た表情で小動物を見つめた。


「もう終わりかい? かわいこちゃんよ~」


「もっと俺らと遊びましょうぜ~? な~? 返事をしてくれよな~」


「……」


 女の子は歯を食いしばった。

 ここで命乞いをしても彼らに餌をやるようなもの。

 泣いても彼らが喜ぶだけ。

 この体を滅茶苦茶にされるくらいだったら……。


 彼女は死ぬことも視野に入れていた。

 男たちは襲ってくることはなく、ただもう少し弄んでから頂こうとしている。


 その様子を遠目から見ていた僕は悩んでいた。

 今すぐに助けに入るべきだが……。


(こんな姿の僕が助けても彼女を怖がらせちゃうだけだろうし……)


 でも、助けないと目の前で凄惨な光景をただ見ているだけになってしまう。

 しばらく悩んだ末、僕は覚悟を決めた。

 脚に力を入れて高くジャンプ。そして悔しさにはを噛みしめて屈辱に耐える彼女の前に僕は現れた。


「な、なんだ?!?!」


 盗賊たちは突如現れたバケモノの僕を見て狼狽している。

 中には悲鳴を上げて腰を抜けている者もいて大混乱の様子。


「ば、バケモノだぁっ!?!」


 男の一人が僕を指差してそう言った。

 人間にバケモノだと指摘され、あまつさえ恐怖で怯えているさまを見るとかなり凹んでしまう。


「がぁぁぁぁ……ああああああああああああぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!!!」


 僕はバケモノになってしまったけど、できるだけ人を傷つけたくない。

 ありったけの声をあげて男たちを威嚇する。


「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっ!?!」


「こ、殺される!?!」


「や、やめろ! 俺を食べてもおいしくねぇぞ!?!?」


 慌てふためく男たち。それでも僕に向かって武器を向けてくるものもいる。


「ひ、怯むな!!! あのバケモノは一体。俺たちは数がいる。殺し合いの経験だって豊富。あんなよくわからねぇバケモノにビビるな! 一斉に攻撃しろ! ビビるな! バケモノとはいえ、こっちは人も武器も揃ってる!!!」


 リーダー格の男が周りに仲間に檄を飛ばす。

 混乱状態だった盗賊たちは少しずつ冷静さを取り戻して態勢を整えていく。


(あれ? これやばくない?)


 バケモノになったとはいえ、僕は喧嘩の経験は皆無といってもいい。

 僕は手ぶら。盗賊たちは剣や斧、槍にこん棒といった武器を持っている。

 最初は僕の姿を見て怯んでいたが、次第に形勢が逆転し待っている。


(ど、どうする? あまり乱暴なことはしたくないけど……!)


 ここは一人痛い思いをしてもらって他の人が危ないと判断してくれることを祈って、僕は適当な人に狙いを定めた。


 僕は目に見えないスピードで手身近な盗賊の男に向けて体当たり。

 変な声をあげてふっ飛び、木に強打して気絶。

 一瞬の出来事に誰も目で追えていなかった。


「な、何が起きた!?!」


 仲間の一人がノックアウトされて恐怖におののく盗賊たち。

 

(す、すごいスピードと威力……これが僕の力なのか?)


 自分でもびっくり。こんなに上手くいくとは思っていなかったから少し感動してしまう。


(よし。このまま痛い目にあってもらって逃げてもらおう)


 自信を得た僕は男たちが怯んでいる間に攻勢をかけた。

 できるだけ殺さないように体当たりしたり、人間よりも太く硬い手で薙ぎ払ったり。次々と男たちは倒されていき、周囲はパニック状態。


「に、逃げろ!!!」


 男たちは武器を捨て、仲間を見捨てず肩に担いだり引きづって逃げていった。

 盗賊たちの姿は消え、残されたのは僕と彼女だけになった。


(よかった……)


 ほっと胸をなでおろし、彼女の無事を確認しようと振り返ると、


「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ食べないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっっっっっっっっっ!!!」


 悲痛な叫び声とともに顔面蒼白で尻餅をつきながらゆっくり後退する彼女の姿に、僕は無害であるとアピールするが、


「ひぃぃぃぃぃぃぃっっっっっっっ……」


 ついに女の子は気絶してしまった。泡を吹いて。


「……」


 やっちまった……どうしよう?

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