第二章 ~闇の足音、過去からの呼び声~

夕暮れ時、僕たちは廃墟へと向かうバスに乗り込んだ。窓の外を流れる景色は、過去と未来が交錯する境界線のようだった。直樹はスマホで情報収集を続け、彩香は静かに過去の記録を読み返す。僕はといえば、窓ガラスに映る自分の姿を見つめ、深まる謎への期待と、拭いきれない不安をないまぜにした感情を抱いていた。


[彩香の回想]


幼い頃、悠斗はいつも一人だった。公園の隅で、一人で絵を描いている姿をよく見かけた。他の子供たちが彼をからかったり、無視したりしても、彼は何も言い返さなかった。ただ、悲しそうな目で、私を見つめるだけだった。


私は、そんな悠斗が気になって、いつも声をかけていた。最初は、警戒していた彼も、徐々に心を開いてくれるようになった。そして、私たちは、いつしか親友になった。


悠斗は、私にだけ、自分の秘密を打ち明けてくれた。彼には、普通の人には見えないものが見え、聞こえないはずの声が聞こえるのだと。私は、彼の言葉を信じた。彼の目は、いつも真実を語っていたから。


しかし、悠斗の能力は、彼をますます孤独にした。彼は、自分の能力を恐れ、他人との関わりを避けるようになった。私は、そんな彼を、ずっと見守ってきた。そして、いつか、彼が自分の能力を受け入れ、孤独から解放される日が来ることを願っていた。


バスを降りると、錆び付いた鉄門が僕たちを待ち受けていた。門の向こうには、闇に包まれた洋館が、静かに佇んでいる。かつての栄華を偲ばせる意匠は朽ち果て、壁には蔦が絡みつき、窓ガラスは割れたまま放置されている。まるで、時間が止まってしまったかのようだ。


「ここが、『忘れられた館』…」


直樹の言葉に、彩香が静かに頷く。僕の心臓は、期待と恐怖で高鳴っていた。幼い頃から感じていた霊感が、かつてないほど強く、館の存在に共鳴しているのがわかる。


門をくぐり、敷地内に足を踏み入れると、枯れ葉を踏みしめる音が、妙に大きく響いた。風が吹き抜けるたびに、木の枝が揺れ、何かが蠢いているような錯覚を覚える。


「…誰かいるのか?」


僕の問いかけに、誰も答えない。ただ、風の音だけが、不気味な沈黙を破っていた。


玄関の扉は、重々しく軋みながら開いた。中に入ると、埃っぽい空気が肺を満たし、時の流れを感じさせる。かつては豪華だったであろう内装は、色褪せ、剥がれ落ち、見る影もない。


廊下を進むにつれ、奇妙な音が聞こえ始めた。何かが擦れる音、何かが囁く声…しかし、その音源は特定できない。まるで、館全体が生きているかのように、あらゆる場所から音が聞こえてくる。


「…これは、一体…」


直樹が、カメラを構えながら呟く。彩香は、スマホのライトで壁を照らし、何かを探しているようだ。僕は、日記帳を取り出し、震える手でペンを走らせた。


『館の中は、まるで時間の牢獄のようだ。過去の残響が、壁や床に染みつき、僕たちを閉じ込めようとしている。しかし、この闇の中には、真実が隠されているはずだ。僕は、それを見つけなければならない。』


その時、廊下の奥から、何かが動く気配がした。僕は、息を呑み、その方向を見つめた。


「…誰かいるのか?」


再び問いかけるが、返事はない。しかし、その気配は、確かに存在していた。まるで、僕たちを試すかのように、闇の中で何かが蠢いている。


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