12-2. 余計なことを言う男



 照明の点滅のスパンが、短くなってきている。

 何度も繰り返す点滅に、自分とフチノベ ミチルの影は何度も映っては消える。

 

「あの男、復讐すると言っていたな」

 正確には「復讐の標的だ」と宣言していた。


「復讐されるようなことをしたのか?」

 そう尋ねてみたものの、フチノベ ミチルが何かした、とは思えなかった。

 

「イヴァンはね」

 フチノベ ミチルは口元に笑みを浮かべる。しかし、眼は笑っていない。

 自分と再会した時、ビルの外付け非常階段で対峙した時に見せた顔と同じだ。

 

「私の存在自体が許せないんですよ」

 曖昧な表現に、思わず眉間に皺が寄る。それを見たフチノベ ミチルは、軽く息を吐いた。

 

「……イヴァンにとって、心底愛した女が手元から離れていった原因」

 そして自らを指差し、イヴァンに憎まれる理由を答えた。

 

 こんな小娘一人に、そこまでの私怨を抱くには、それ相応の理由が要る。


 かつてイヴァンの恋人だった女――フチノベ ユウコ。

 フチノベ ユウコは他の男との子供を身ごもり、離れていった。

 イヴァンはそれを赦せないまま、フチノベ ユウコは死んだ。

 だから――怒りと憎しみの矛先は、娘であるこの女に向く。

 

「要するに、痴話喧嘩のもつれか」

「そう」

 時系列は知らないが、細かく知る必要もないだろう。

 

「確認だが、サハラは育て親であって、生物学上の父親ではないな?」

「サハラさんがリエハラシアから逃げ出したのは十五年前。私が三歳の時だから、それで合ってます」

 自分の計算が合っていると確認するために尋ね、フチノベ ミチルはそれが合っていると答える。

 

「お前の母親とサハラの接点は何だ」

「母とサハラさんは、異母兄妹だったから」

 フチノベ母娘とサハラは、行きずりの出会いではなく、ちゃんと理由があった。

 

「サバちゃんにはわからないと思うんだけど、うちは名字ファミリーネームが珍しいんで、日本で探せばすぐに身内に行き当たる」

「……なるほど」

 フチノベという名前が、タナカやスズキといった、よくある日本人名でないのは、さすがにわかる。

 

「だが、それならサハラも同じ名字になるはずでは」

 ならばサハラがフチノベと名乗らない理由は何だ。

 

「サハラは、サハラさんの母方の名字です。いろいろ事情があって、渕之辺の名前じゃない」

「そうか。……これは別にどうでもいい話だな」

 それはそう、とフチノベ ミチルは笑う。

 聞いてみたものの、サハラがサハラという名前であり続けた理由は、特に重要ではないだろう。


「イヴァンは私のことが憎くて仕方ないから、これまで何度も殺し屋が派遣されまして」

 さらりと話される内容には、聞き捨てならないワードが含まれている。

 

「は?」

「結局、サハラさんが日本で何やってたかっていうと、私たち母娘のボディーガードだった」

 聞き返すのと同時に、フチノベ ミチルは日本でのサハラの生活を明かしてくる。

 

「それで……どうせお前のことだから……自分でもどうにかしたいと思って、サハラに教えを請うようになった?」

 向こうみずで、その気になれば何でもやる。短い付き合いだが、この女の行動パターンはわかる。

 

「その通りです」

 目の前には、眉を下げて、心なしか苦笑いを浮かべたフチノベ ミチルがいる。


「それでサハラは今、どうしている?」

 何度目かの、同じ質問。

 フチノベ ミチルは目を伏せ、大きく息を吸う。それから、息を吐き出すのと同時に口を開いた。

 

「あなたが知りたいことは、私が知っている。でも、今はまだ、あなたに話せない」

 想定通りの回答だった。

 

「信頼関係、か」

 この女から、信頼関係という言葉が出ると、どうも薄っぺらい。

 

「私はあなたを信頼してます。けど、あなたは、私を信頼していないから」

 この女からの信頼など、避妊具ゴムより薄いだろう。おそらく、ないよりはマシな程度のものだ。

 

「お前が、信頼に足る言動をしないからだ」

 かと言って、では何をすれば自分はこの女を信じるのか。正直、思いつかない。

 

「そう。だから信頼を、こう、積み上げてる段階っていうかね」

 左手をおもむろに上げ、下から上に動かして「積み上げる」ジェスチャーをしている。

 どこまで本気かわからない言い方をする。


「なら、質問を変える」

 サハラを切り口にしても動じる気配がないなら、やり方を変えるしかない。

 

「お前が、日本で組む相手として俺を選んだ理由は何だ」

 フチノベ ミチルは少しだけ眼を見開いて、こちらを見る。

 

「俺と同時期に、あのクーデターで生き延びた同僚も入国していた。そいつにも、クガの手下が張り付いていた」

 狐と情報のやり取りをするために使っていた、日本料理の店。そこには、クガの手下が見張りについていた。

 クガから、自分たちの動向をフチノベ ミチルは聞いていたはずだ。

 

「母親の復讐をするためには、組むのはどちらでも良かっただろう」

 自分でなくても良かったはずだ。

 

「むしろ、もう一人の方が、情報通として役に立ったはずだ」

 狐の方が、手にしている情報が多い。

 この女なら、狐にアプローチを取る方が良いと判断しそうなものを、あえてこちらに来た。


 フチノベ ミチルは唇を一文字に結ぶ。そのまま何秒か、思いあぐねている様子を見せた。

 

「あなたは」

 それから、フチノベ ミチルはやっと口を開いた。

 

「冷静で、思慮深くて、信頼できると思」

「サハラから、そう聞いていたからか」

 フチノベ ミチルが言い切るのを待たずに、被せる。

 すると、フチノベ ミチルは顔を曇らせ、視線を逸らした。

 

「……あの夜、一緒に逃げ出した時に、私は……そう思った。私の主観」

 囁くような、細い声。

 苦々しそうに、膝の上の手を握りしめている。

 まるで傷ついた、と言わんばかりの姿に、戸惑うしかない。


 薄っすらと、わずかばかり寄せられていた信頼がゼロになった気配を察していた。

 思わず額に手をやる。

 

 煙草を吸わないと、頭が回らない。余計なことばかり言ってしまう。





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