12. Relationship of trust

12-1. 狡賢い女と探偵ごっこをする男


 診療所一階フロアの奥、非常階段。

 常に薄暗く、脇のスペースは古ぼけた車椅子やストレッチャー置き場となっている。


 そこに座って、フチノベ ミチルが、クガの息子からの電話に出るのを、そしてその後に現れたイヴァンと対峙するのを、見ていた。


 イヴァンはゴミでも見るような顔で、フチノベ ミチルを見た後、黙って背を向けていく。

 その背中を見送った後、フチノベ ミチルはにこやかにこちらを振り返る。

 


「よく出てこないで待てましたね」

 笑いを噛み殺して、フチノベ ミチルは声をかけてきた。

 フロアの奥、非常階段の影から、ぬらりと出てきた自分に向けて。

 

「堪え性のない動物みたいな扱いをするな」

 待て、のできない飼い犬のような扱いだ。気分がいいはずがない。

 

「イヴァンに気づかれずに済んだんじゃないですか? たぶん」

 自分が非常階段の影に隠れていることを、イヴァンが気づいた素振りはなかった。だが、この女は気づいていた。

 

「お前は、人を煽りすぎだ」

 その上で、イヴァンをあれだけ煽った。

 狡賢い女。


「つい、本音がダダ漏れしちゃいまして」

 フチノベ ミチルは開き直っていた。


 煙草を吸おうと手を伸ばし、一本取り出してから、ここが病院内だと思い出す。

 火の点いていない煙草を指に挟んだまま、フチノベ ミチルを見る。

 感情を極限まで覆い隠した、黒い瞳。

 その眼はゆっくり瞬きを繰り返しながら、こちらの動きを目敏く観察している。

 居心地の悪い視線だ。

 

 フチノベ ミチルと病室で話していたら、かかってきたクガの息子からの電話。

 その電話に顔色を変えながら、フチノベ ミチルは携帯電話が使えるエリアまで移動していった。

 ほんの少しの興味で、聞き耳を立てていたら、ロシア系の顔の男が現れた――というのが、ここまでの流れだ。


 あの男が、イヴァン。

 大物の武器商人であり、故郷リエハラシアの新兵器を狙う者。

 どう見ても、味方になりそうではない。


 そもそもこの状況で、誰が敵で味方なのか、よくわからない。


「というか、勿体ぶらずに、さっさと言えば良かっただろうが」

 とはいえ、イヴァンとフチノベ ミチルの会話で判明したことは多い。

 

「お前の育ての父はサハラだ」

 煙草を早く吸いたかった。持ったまま、行き場を失くした煙草が間抜けに見える。

 自分の言葉に、フチノベ ミチルは静かに頷くだけだった。

 

「それなら、すべて納得がいく」

 フチノベ ミチルの頭のてっぺんからつま先までじっくりと眺め、ぼそりと口に出していた。

 

「過剰なまでに気配の察知が鋭いことも、ただの武器商人崩れにしては身のこなしが実戦的なのも」

 今までさんざん、引っかかってきた違和感。なのに、そのたびに大きなアクシデントが起きて押し流されてきた、棘。

 

「射撃姿勢が綺麗なのも」

 故郷で見てきた同胞たちの、流れるような動作の無駄のなさ。と同じ動き。

 

「サハラが教えたなら、当然だ」

 信頼には応えてやれ、と言った教官。優秀な殺し屋は匂いのつくものは嫌うんだ、と言った教官。

 ――自分の記憶の端々にいる、その教官こそが「サハラ」。

 

「俺とお前は、人の殺し方を同じ人間から教わってきている」

 自分を絡めとろうとしている、不穏の正体に近づいている。それだけはたしかな手ごたえがある。

 

「サハラは十五年前、リエハラシアから出奔した」

 こちらの言葉に、フチノベ ミチルは視線を合わせたまま、一回縦に首を振る。

 

「軍が極秘で開発してきた兵器の資料を、丸ごと持ち逃げして」

 サハラの名は、軍では、決して口に出してはならない、という暗黙の了解が生まれた。

 

 十五年前。そしてこの十五年。自分が死ぬ気で、故郷で働いてきた時間。

 サハラやフチノベ ミチルの間にも同じだけの時間が流れている。

 それがどんな意味を持つのか、自分にはわからない。

 

「あーぁ、イヴァンがペラペラ喋るから、全部バレちゃったな」

 フチノベ ミチルは、自分の前を横切ってから、非常階段のステップに腰掛ける。

 そして、困った顔で笑っている。

 

「洗いざらい話してもらおう」

 腰掛けたフチノベ ミチルと視線を合わせるために屈む。跪いているようで癪に障るが、見下ろすのも違うと思ったのだ。

 

 天井の照明は、切れかかっているのか時折点滅し始める。

 その点滅の下では、自分とフチノベ ミチルの顔はより一層冴えなく見えた。

 

「サハラは今、どこにいる」

 自分の問いに対し、

「……あれ? 開発中の兵器のデータの行方は気にしないの?」

 フチノベ ミチルは貼り付けた笑みを見せた。膝の上に置いた手がかすかに震えている。

 

「お前に聞いても、どうせ嘘をつかれる。なら、サハラに聞く方がまだいい」

「サハラさんも、嘘がお上手だよ。私なんかよりもっと」

「それでも、お前よりはサハラと付き合いが長い」

 この女とはたった数週間の付き合いだ。サハラと過ごした時間の方がよっぽど長い。

 フチノベ ミチルとのやり取りは、相手を知らないがゆえに足を掬われているのであって、同じ嘘つき相手でも条件が違う。

 

「今……サハラさんとは、連絡の取りようがない」

 ゆっくりと首を横に振り、サハラとの接点がないと答える姿に、わざとらしさはない。そこだけは事実なのだろう、と思わせる。

 

「サハラは死んだのか」

「そうです」

 フチノベ ミチルははっきりと言う。

 黒い眼と真っ直ぐ視線を交わし合う。

 少しも揺らがない黒い瞳に映る自分は、冷たい眼をしている。

 

 そして出した結論は、

「嘘だな。……たとえば、意思の疎通が取れないような状態か」

 サハラが死んだ、という見立ては間違いだということだ。

 

「どうして、そう思うんです?」

 フチノベ ミチルは少しだけ眉を上げる。

 

「死んだのか、と聞いて即答した。含みを持たせないのは、お前らしくない」

 この女は何かと、はっきり明言しないで予防線を張る癖がある。逆に明言するのは確固たる事実がある時だけだ。

 そして今回は、「死んでいない」という事実があるから、はっきりと嘘をついた。

 

「おぉ、私とサバちゃん、なんか通じ合ってきた感じしますね」

 嘘を見抜いたのを褒めているのだろうが、褒められたところで達成感はない。

 

「冗談じゃない」

 どこまでも人を煙に巻こうとする女に、内心苛立っている。

 

 サハラが意思の疎通が取れる状態ではないなら。

 リエハラシアから持ち逃げした兵器の情報の類、いわゆる機密情報は、今、誰が握っている?


 

 答えは簡単だ。


 

 目の前にいる黒い眼の女は、こちらを見て笑いかけてくる。

 底知れない腹黒さと、狡賢い立ち回りで、自分を巻き込もうとしている。


「冗談じゃない」

 もう一度、口にしていた。



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