11-2. 不穏の匂い


          *



 

 大きな敷地に建てられた日本家屋。

 視界を遮るものがない空には陽が昇り、清々しい青空が広がっていた。

 

 だが、それとは裏腹に、自室のベランダに出たマナトの顔は青ざめていた。

 震える手元で握ったスマートフォンから、電話をかける。

 呼び出しているのは、親ぐるみの付き合いの幼馴染――渕之辺 みちる。


 長いコールの後、やっと応答に出た電話先の相手へ、マナトは早口で話しかけた。

「みちる! もっと早く出てくれよ!! ガチでマズいことになった!!」

 焦りの色が濃いマナトは、口から唾を飛ばす勢いだった。

 

『電話使っていい場所まで行かないといけないから、時間かかるんよ』

 電話の向こうのみちるは、苦笑い混じりに答えた。

 マナトはそこでやっと思い出す。

 みちるが入院した病院は、病室で携帯電話の使用が許されていないので、1階フロアの端に設けられた通話エリアまで出向くことを。

 

「あぁぁぁ! ごめん! あのさ、怒んないで聞いてくれよ……どうやら、うちの舎弟が、おっさんのことをアイツにバラしちゃったんだよ……」

 マナトの言葉は、要領得ない。

 

『うん。アイツって誰? あと、おっさん is 誰?』

 みちるは軽い口調で聞き返す。

「アイツはイヴァン! で、おっさんは、お前の連れの人相悪いおっさん!」

 あぁ、とみちるが納得した声を漏らしたが、すぐにため息が聞こえてきた。

 

『それで……イヴァンが、マナトの舎弟さんに手をかけたって?』

 声を殺して、みちるは聞き返してくる。その声音は驚きを隠さない。


「そう。秘書の女が舎弟を拉致して……それで」

 マナトはそこまで言って、言葉に詰まる。

 

『その舎弟さんは、ビスクドールから拷問されて、情報を吐かざるを得なかった』

 みちるがすらすらと述べた推理は、マナトが説明しようとしたことそのものだ。

 見えないとは知っているが、マナトは頷いた。

 

「その舎弟が拷問から解放されて、親父に電話した時は、まだ息があったらしいんだけど……見つかった時には」

 そこまで喋っている間に、マナトの眼が潤んでいく。

 電話の向こうは、静まり返っている。だが、マナトの話を聞いていないわけではない。

 

『大事な舎弟さんを、申し訳ない。……ごめんなさい』

 みちるが喋っている言葉は、もはや呻き声にも聞こえた。

 

「だから、親父がめちゃくちゃ怒ってる」

『でしょうね』

 みちるの声は、落ち着いている。感情をどこかに置いてきているようだった。

 

 マナトの父親は、関東一円を支配下に置くヤクザの若頭である。

 舎弟に手を出されて、黙っているわけがない。それはマナトやみちるに止められるものではない。


 ロシアの武器商人と、日本とヤクザのトップが睨み合う構図。

 この上なく、血腥い展開。

 

「親父もブチキレだけど、おっさんのこと話しちゃってるから、あのおっさんにもブチギレられて殺される気がする」

 マナトがおっさん、と連呼しているのは、梟のことだ。


『その時は助け船出すよ』

「絶対助けてぇぇ!」

 みちるの声は、マナトの狼狽うろたえぶりに十分に呆れているのが伝わってくる。

 


『……ごめん、後でかけ直す』

 不意に、みちるは何かに気づいたようで、慌てた様子で電話を切る。

 急に切られた電話片手に、マナトは途方に暮れた顔で、すっかり項垂れていた。


 

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