10. The language of flowers
10-1. イヴァンとビスクドール
*
狐との電話を半ば強引に切った男は、手にしていたスマートフォンを和室の座卓に置く。
風呂上がりで少し湿った銀色の髪は、少し乱れている。
目尻に皺が刻まれた、灰色の瞳。隆起した鼻筋と、少し厚めの唇を持つ、初老の男。――ロシア系の顔立ち。
初老の男の眼は険しく、眉間にグッと皺が寄った。浴衣を着て、しっかりと組んだ両腕。
男は小さく息を吸い込むと、
「ビスクドール」
閉じた襖の向こうに向けて、声をかける。
次の瞬間、待ち構えていたように襖がスッと引かれ、膝をついた女が現れる。
女は、男の娘か孫かと思うほど、歳の差がある。
緩く大きく巻かれたカールが印象的な金色の髪。体の動きに合わせて揺れる髪の流れは、緩やかだ。
緑色の瞳を縁取る長い睫毛と、真白い肌は、まるで
東欧系の顔立ちをした、美しい女だった。
「狐に任しておくのは、信用ならない。ビスクドールに動いてもらいたい、くれぐれも隠密に」
ビスクドールと呼んだ女を一瞥し、男はロシア語で指示する。
「かしこまりました、イヴァン様」
ビスクドールは、男のことをイヴァンと呼び、頭を下げる。
ここは箱根の温泉旅館。
最高級の部屋に、一週間前から、イヴァンとビスクドールは宿泊していた。
ほどなくして、深夜の宿からビスクドールの運転する車が出発する。
イヴァンは、その車の姿を、宿の
広縁から車が見えなくなるのを待って、イヴァンはぼんやりと外に視線を遣る。
街灯のない山の中は、夜の闇の中では、巨大な獣の背中に見えた。
広大な旅館の建物すら、獣の足元では小さな存在に思えてしまう。
遠い目をしたイヴァンは、不意に口を開く。
「♪Stay little Valentine, stay」
口にしたのは、ある歌のワンフレーズだった。
曲名は、「My Funny Valentine」。
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