9-3. お前のやり方は容赦がない
梟は手にした拳銃を蠍へ向ける。引き金には、指がかかっている。
表情一つ変えず、まるで見下すように見つめてくる視線は、なぜか蠍をホッとさせた。
「お前は……いつも俺を、そんな眼で見る」
蠍は梟の前へ一歩出る。
梟の引き金にかけた指は、まだ動かない。
「憎むわけでもないし、かわいがってもくれない。その、なんとも思ってない眼で見てくるだけ」
赤い唇を噛んでから、蠍は言う。
虚ろな青い瞳は、目の前に現れた梟を責めるような眼差しをしている。
「お前のせいで、俺はめちゃくちゃになったのに、なんでお前だけは、そのままなんだよ!」
蠍の眼は見開き、梟に向かって吠える。
その足元で、みちるがもぞりと動き出す。みちるの視線の先には、手から滑り落ちていったナイフが転がる床がある。
だが梟は、舌打ちして、みちるを制止する。
「最後の望みだったお前が、俺を……粉々したのに!」
救いを求めた蠍を、素っ気なく振り払っていった梟。
蠍にとっての梟は、憎しみと未練と執着の塊だ。
蠍は、泣きそうな顔をしているが、涙は出ない。
こういう場面で、自分が蠍の涙を枯らしてしまったのだ、と梟は思い知らされる。
感情が昂った蠍は、肩で息をしている。
口元を笑う形にして、ぎらぎらと燃える瞳で梟に向かって笑いかけた。
「俺の考える最大の復讐は……お前の目の前で……死んでやることだ」
蠍は梟の目の前で、両手を広げる。丸腰で、反抗しないとアピールする。
「お前にとって一生、忘れられない記憶になってやる」
蠍はそう言うと、高笑いを始める。
「ほら、撃てよ」
高笑いの後は、笑顔で挑発する。
梟は動じず、銃口を向けたまま、微動だにしない。
みちるは音を立てずに、床に落ちているナイフへ手を伸ばした。
「早く撃てよ! 意気地なしが!」
蠍が声を荒げた。
梟は、静かに首を横に振るだけだ。
みちるは、床に落ちていたナイフを拾った。――その次の動きは、早かった。
蠍の背後から、みちるは首を刺した。頸動脈に、刃がしっかりと突き刺さっている。
梟ばかり見ていた蠍は、みちるなど視界に入っていなかった。
蠍は驚きと困惑の混じった眼で、後ろを見る。黒い瞳は、瞬きもせず、ナイフの柄を握ったままだ。
「なっ……」
梟が思わず声を漏らした。
首に刺さったナイフをみちるに握られた蠍は、身動きができない。
このナイフが抜けたら、その時が本当の終わりだ。
「あなたの復讐は、この人の手によって死ぬこと。なら私の復讐は」
みちるは蠍の耳元に唇を寄せ、囁く。
その声を梟は聞き取れず、この光景を見守るしかない。
「それを踏み躙ること」
言い切ったその刹那、蠍の首からナイフが引き抜かれる。
傷口から血を噴き出しながら、蠍の体はゆらりと床へ倒れていく。
みちるの血塗れの手とナイフ。
その足元の床で、血溜まりを作って倒れた蠍。
顔を曇らせた梟。
梟は、銃を下ろして、蠍に視線を落とす。
みちるはゆっくりと床へ膝をつき、ナイフを手から滑らせるようにして、捨てる。
「お前のやり方は……容赦がない」
梟がボソリと言う。
人形のように表情を動かさず、感情の見えない黒い瞳の女が、梟を見た。
その眼は、戦場で見てきた味方や敵と、同じ眼だ。
「それは、褒め言葉だと思っておきます」
みちるは怪我している肋骨をさすりながら、笑うでもなく淡々と言った。
梟は、それでも何か言おうと口を開いたが、それは言葉にならない。
銃を握っていない方の左手の拳を握り締め、一回だけ溜め息を吐く。
しだいに、発煙弾の煙が薄らいでくる。それとは反対に、梟の心中は靄がかかったままだ。
床に広がる血の色が、やけに鮮やかに見えた。
「あぁ……疲れたぁ……」
みちるの声は震え、だんだんと小さくなる。
靄を振り払うつもりで頭を振ってから、梟はみちるを見る。
その時には、みちるは床へ倒れ込もうとしているところだった。
梟は慌てて抱き留めたが、みちるの意識はもうなかった。
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