9. Cut both ways

9-1. 一年前の続き



 午前九時すぎ。よく晴れた朝だった。

 

 落葉樹は葉を落とし、その枝幹を陽のもとに晒している。しかし、葉を落とさない木々が日陰を作り、道を薄暗くしている。

 それでも、車一台が通るのがやっとの道幅の道を見つけた。

 地面にわずかに残る足跡を辿りながら、脇に生えた木陰の合間を歩いている。

 

 葉が揺れる音がして、蠍は身構える。

 道端に生えた雑草の隙間から人の眼が見えた――気がした。

 即座に、引き金を引いた。

 

 自分が撃ったはずの場所へ駆け寄り、様子を覗き込む。そこにあるのは、ネズミの死骸だった。

 ネズミの体は、見事に撃ち抜かれていた。


 狙いは間違っていない。だが、撃ち抜こうと思っていた相手ではない。

 蠍は舌打ちをする。


 こんな小さなネズミに動揺し、撃ってしまった。

 よりによって、サイレンサーのない拳銃で。

 今の音を聞きつけて、こちらの居場所を察知されたかもしれない。


 唇を引き結んだ蠍は、空を仰いだ。

 乾燥して澄んだ青を睨むように見つめてから、気を取り直して歩き出す。


 こちらが怯える必要などないのだ。

 いつどこからでも、狙ってくればいい。

 撃ち合いになれば、お互いの居場所を特定できるようになる。


 蠍はそう考え、周りの風景にそぐわない、白い壁の倉庫へ近づいていく。


 鳥の声。風の音。それらが何かを察して途切れると、辺りは静寂に包まれる。

 

 土の匂いが混ざる風、その中に少しでも煙草の匂いはしていないか。煙草の匂いがしなくとも、草の折れ方は不自然でないか。

 蠍は、梟の位置を探る手がかりを探している。

 

 梟なら、一番得意な方法で追い込みにくるはずなのだ。

 ――木々の影に身を潜めながら、蠍は大きく息を吸う。

 

 蠍は周囲に目を凝らし、気配を探りながら、音を立てぬよう細心の注意を払い、進む。

 

 自分が部隊にいた時は、援護にあたる梟がいたから何も気にしないで突っ込んでいけたのに、と蠍はもどかしさに苛ついていた。

 味方が敵になると、厄介だ。


 倉庫まで500メートル。その手前、木々は切り倒され、視界が開けている。

 倉庫から、もしくは倉庫の裏側からは、山道から向かってくる人影が丸わかりになる。

 

 裏側に回り、梟の居場所を突き止め、そこで決着をつける――。

 蠍はそのイメージで、倉庫へは直には向かわない。


 裏手を目指して、木の隙間を通り過ぎようとした瞬間、鼻の頭を何かが掠めていった。

 

 本来であれば、頭を撃ち抜いていったであろう軌道。

 

 蠍が踏み出した足は、大きめの石を踏み、一瞬体勢が崩れて、もたついたのが幸いした。


 蠍は撃ってきた方向を見る。目視する限り、梟の姿を確認できなかった。

 梟がいるであろう方向へは、現在地から800メートルはある。蠍が持つ拳銃で対抗するには遠すぎる。


 このまま木々に隠れていても、いずれ撃ち抜かれるだろう、と蠍は考えた。

 ならば、狙撃できなくするしかない。

 

 倉庫の中へ侵入し、扉を閉める。それだけで、外から見えなくなるはずだ。

 蠍は息を吐いてから、吸う。


 蠍の脳裏に、狐の言葉がよぎる。

 『その判断が、お前を殺す』。

 

 蠍は鼻で笑った後、肩を竦めた。


 そして、倉庫の正面目掛けて駆け出す。

 跳ねるように走り出し、地面に転がり、頭や首が一点に留まらぬように。


 髪に弾丸が掠り、千切れた毛先が視界に舞う。


 蠍は、倉庫の扉へ辿り着く。

 スライド式の扉は施錠されていない。

 だが、開くまでの数秒間、取っ手を掴み続ける必要があった。


 その間に、右肩を撃ち抜かれた。思わず呻き声が出る。


 だが、撃たれた代わりに、扉は蠍が入れるだけの隙間が生まれた。


 倉庫の中へ入り込んだ蠍は、扉を力任せに閉める。その瞬間、右肩に激痛が走り、顔を顰めた。


 この倉庫は、窓がない。締め切られた密室は、何があるのか見えなかった。

 人の気配すらない――否。


 蠍が後ろを振り返った瞬間、ナイフの刃が首の横を掠めていった。

 

 蠍は、自分の首を狙ってきた腕を掴むと、そのまま背負い投げのようにして、床へ放り投げた。

 

 投げられた相手は、みっともなく倒れたかと思いきや、バランスを崩しながらも着地した音がした。

 

 蠍の眼が、ようやく暗がりに慣れる。


 ナイフで襲ってきた相手は、渕之辺ふちのべ みちるだった。

 無表情で、ナイフを左手に持ち、睨みつけてくる黒い瞳。

 その眼は、一年前のあの夜、向けられたものと同じだ。



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