8-3. 餌を撒く女


         *



 真夜中の山。

 山奥だと、たしかに言っていたが、本当に山奥だった。

 

 アスファルト舗装されていない、車一台通れるくらいの道が続く。道の表面には、大きめの石が転がっている箇所もあった。

 木々から落ちた葉が道に積もっていたり、湿った地面には霜が降りている。

 

 都会の道とは違う、この歩き心地は、故郷をぼんやり思い出す。

 草木の影に隠れ、冬でも夏でも地面に這い、雨が降ろうと銃弾が降ろうと、敵を狙い続けた記憶。


 フチノベ ミチルは歩くペースを落とさず、ひたすら進んでいる。その背中についていく形で、自分も真夜中の山中を踏みしめている。

 

 倉庫の姿が見えてきても、曲がりくねった細い道を行くので、近づくまで時間がかかる。

 

 山の中にぽつんとある、白い壁の建物。風景の中で、明らかに浮いている。

 フチノベ ミチルは、白い息を吐きながら、倉庫の鍵を開けた。

 

 鉄製の扉をスライドする、重い音が鳴る。

 その瞬間、外の澄んだ冷気とは異なる、こもった空気が顔を撫でた。

 長らく使われていなかった建物特有の、湿った埃の匂いが微かに鼻を突く。

 

「ここはもう、電気は通ってないです」

 そう言って、スマートフォンのライトを点灯させて、フチノベ ミチルは中へ入っていく。

 倉庫のコンクリートの床は、地面とはまた違う冷たさが、足から登ってくるようだった。


 スマートフォンのライトで照らされた倉庫は、一部分だけだ。

 これなら、一旦、暗さに眼を慣らして、何があるのか確認した方が良さそうだ。


 フチノベ ミチルは、眉間に皺を寄せ、右の肋骨あたりを手で押さえる。

「……痛み止めが切れてきた」

 そう呟いて、上着のポケットから錠剤のシートを出すと、ここへ向かう前に用意した飲み物で流し込んだ。

 

 右肋骨をさすりながら、フチノベ ミチルは壁に向かって歩く。

 フチノベ ミチルのスマートフォンが照らす光の先には、蓋付きのコンテナボックスが二段、積まれていた。

 

「在庫の箱がこれで」

「俺が持つからいい」

 運ぼうと手を伸ばしかけたフチノベ ミチルを制止して、コンテナボックスのもとへ向かう。

 二段に重ねられたボックスの後ろにも、まだコンテナボックスがあった。

 

「……アサルトライフル、主にAKか」

 手前のコンテナボックスを開けると、アサルトライフルがいくつか並んでいた。

 

 箱の中からAK-47本体を取り出し、重さを確かめる。

 鉄と油の匂いが鼻をかすめた。

 ボルトを引き、作動を確かめると、乾いた金属音が倉庫に響いた。

 おそらく一年は放置されているはずで、整備はし直した方が良さそうだった。

 

「後ろにあるのは弾薬です」

 フチノベ ミチルは、自分が奥のボックスに気づいているのを見て、そのボックスの蓋を開けて見せた。

 

狙撃銃スナイパーライフルはなさそうか」

「探してみます」

 そこからは二人で、残されていたコンテナボックスの蓋を開け、黙々と中身を確認した。


「サバちゃんは、リエハラシアでは何を使ってたんですか?」

 不意に、どこのメーカーの銃を使っていたか、と聞かれる。

 コンテナボックスの中身を見ている最中、サバちゃん呼びをされると、気が抜ける。


 小さく溜め息をついて、質問に答えた。

「L96A1。あの日の装備品取引の品目には、載っていなかったか?」

「……リストにありましたね」

 フチノベ ミチルは、視線を右上に遣り、少し考える素振りを見せた。それから、首を縦に振る。

 

 一年前のあの日、この女と母親は、大統領と国軍総帥と軍装備品の取引をしようとしていた。

 装備品の品目は事前に伝えられていただろう、と思って聞いてみたが、実際にそうだったと聞くと、胸に棘が刺さった気分になる。


「あった」

 苦い気持ちで蓋を開けたコンテナボックスに、馴染みのある銃の姿が見えた。

 それ見た瞬間、気づけば、声が弾んでいた。

 L96A1。

 手に持ち構えた瞬間の、長年使い込んだものだけが持つ、身体に染みついた収まりの良さ。

 これは、他のものとは代え難い。

 

「良かった」

 フチノベ ミチルの表情が、一瞬だけ柔らいだ。

 いつも作り笑いや愛想笑いだからか、そんな顔をするのが珍しく感じて、面食らった。

 

「あと、こっちには、発煙弾と手榴弾もありますよ」

 フチノベ ミチルは手元にあるコンテナボックスの縁を叩いて、ニコッと笑う。この時はもう、作り笑いに戻っていた。


「じゃあ、シャル、シャロ……さんでしたっけ」

 コンテナボックスの中身をあらかた確認し終えたタイミングで、フチノベ ミチルが切り出してくる。


リーシャロのことか?」

 おそらく名前を出したいのは、狐だろうかと推理してみる。

 

「そう、シャロちゃん」

「その呼び方をやめろ」

「シャロちゃんに、ここを教えておいてください」

 よくわからないニックネームで呼ぶのを咎めるが、全く相手にされず、狐へ連絡しておけ、と言われる。


「狐に教えて、わざと蠍を引きつける気か」

 狐なら、それを喜んでやるだろう。

 

「蠍にセーフハウスを教えたのは、シャロちゃんですよね」

 セーフハウスの場所がバレた原因を、フチノベ ミチルは見抜いている。

 

「蠍とあなたが潰し合うのを楽しもうとしている人でしたから、なんの不思議もない」

 フチノベ ミチルの口元は、笑う形に歪んでいるが、眼が明らかに怒りを孕んでいた。


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