8-2. 舞台の用意

「育ての父は、二年前、母と喧嘩した翌日、突然消えちゃった」

 どこまでもあっさりと、気楽なトーンで喋っているのが、もはや痛々しいとすら思う。


「お前の家族は、一体どうなっているんだ」

 母親は、元恋人と家族ぐるみで付き合いを続けていた。

 育ての父は血の繋がらない娘を育て、二年前に夫婦喧嘩きっかけに家を出た。

 フチノベ ミチルの家庭環境は、どこも円満ではない。


「私も、育ての父のことは探してきたんですけど、全然見つからなくて。死んじゃってるのかな、とか思ったり」

 フチノベ ミチルはそう言うと、深い溜め息をつく。

 笑っていながらも、表情には暗い影が見え隠れしていて、育ての父の失踪を、当人の中でも消化しきれていない様子は伝わってくる。


 フチノベ ミチルの態度を見ながら、ぼんやりと思ったことがある。

 

 リエハラシア軍は精鋭揃いだ、と評したという何者か。

 フチノベ ミチルに対し、自分が特殊部隊の狙撃手だと教えた可能性のある存在。

 

 そして、自身の命に代えてでも明かそうとしなかった、情報源。


 ――それは、くだんの、育ての父だったりしないのか。


 根拠はないが、そう考えれば、いくつかの点が線になりそうな気がした。


「お前の育ての父は」

「ところで、どこへ向かっているんです?」

 こちらが話を聞こうとするのと同時に、フチノベ ミチルが話しかけてきた。

 自分の声を掻き消すような勢いで。まるで話を逸らそうとしているのかと思うほどだ。


 とはいえ、フチノベ ミチルの疑問は当然で、自分もどこへ向かっているわけではない。

 一度、どこへ向かうべきか、決める必要がある。

 

「……セーフハウスが、蠍にバレた。仕方がないからホテルへ移動するつもりだ」

 蠍の名前を出すと、フチノベ ミチルがぴくりと眉を動かす。

 

「割とあっさりバレたんですね」

 どうしてバレたかは、説明してやる気にはならなかった。舌打ちが出そうになるのを、必死で堪える。

 フチノベ ミチルはそれを察したのか、それ以上は突っ込んでこなかった。

 

「あのセーフハウスに、あいつが乗り込んでくるのも時間の問題だ」

「もう、来ているかもしれない」

 フチノベ ミチルの推測はもっともだが、実際に言葉として聞くと、口の中に苦い唾が溜まってくる。


 フチノベ ミチルは、ボトムスの後ろポケットから何かを取り出す。そして、金属同士が擦れる音がした。

「じゃあ、ここへ移動しませんか?」

 フチノベ ミチルの手にあるのは、革製のキーケース。そこから、銀色の鍵が一本、揺れていた。

 

「……それは?」

 突然の脈絡のない話と仕草に、困惑しかない。

 

「うちが保有している倉庫の鍵です」

 鍵とキーケースを繋ぐリングを、街灯が薄っすら照らした。

 

「在庫を保管するための倉庫で、千葉の山奥にある」

 フチノベ ミチルは真剣な表情で、こちらを見てくる。

 

「うちは廃業したから、もう使わない倉庫です。ここには、多少の在庫がまだ置いてあります。それに、そろそろ売りに出そうかと思っていた物件なので……どう使ってもらってもいい」

 どう使ってもいい。

 つまり、倉庫が破壊されても文句はない、と言ったも同然だ。

 

「ここでなら、籠城でも迎撃でも、好きなようにできる」

「……なるほど」

 周囲に人が近寄らず、武器が置いてあり、建物は現状保存しなくても良い。

 条件は揃っている。納得できる選択なのは間違いない。

 

 だが、

「なんでお前が仕切っている」

 どうしてこの女に主導権があるのだ。


「ま、まぁ、あなたたちより私の方が、地の利があるから?」

 自分が不服そうなのを見たフチノベ ミチルは、苦笑いを見せる。鍵が揺れる音がした。



 

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