7-3. 短気なヤツら
怒りに肩を震わせた蠍が部屋を出て行った直後、狐のスマートフォンが鳴る。
スーツのジャケットのポケットからスマートフォンを取り出し、表示された名前を見た。
画面を見つめたまま、狐は数秒、何かを考える素振りをする。
「もしもーし」
応答をタップして、耳に当てる。電話の向こうは、随分と静かだった。
相手は室内にいる。
何もない部屋で、不機嫌な顔をして電話してきたのに違いない、と狐は思った。
無音の時間が二十秒ほど経過してから、狐は苦笑いする。
「電話かけてきたくせに無言なら、メールにしてくれよ」
すると、電話の相手はやっと、溜め息に似た音を漏らす。
狐の長年の勘でわかる。――これは溜め息ではなく、煙草の煙を吐く音だ、と。
『蠍の居場所はいくらで買える?』
電話の相手の声は、低く押し殺している。
「おぉ、梟がお怒りだ。どうした? ミシェルが死んだとか?」
狐の視線は宙を見ているが、見ているのは目の前の光景ではなく、脳内で想像する「人を殺すような眼をして、静かに怒りを表している梟」の姿だ。
『フチノベ ミチルは残念ながら生きている。……今の問題は、蠍が、俺の機嫌を損ねるやり方をしたことだ』
梟は、さもフチノベ ミチルが生きているのが不快だと言わんばかりだ。その上で、蠍がやった行為が許せない、と言い張っている。
「で、何されたの? ミシェルが瀕死状態とか? 蠍に無理矢理ヤラれちゃった? それとも」
『いくらで買えると聞いている』
狐が思いつく「梟の機嫌を損ねるやり方」を出している途中で、梟は遮る。
「なら、世間話くらいは付き合えよ」
不躾に用件だけを伝えてくる梟へ、狐は今までとは違う低い声音で囁く。
「お前、あいつが総帥の玩具だったって知ってたんだろ」
狐が言う「あいつ」とは、蠍のことだ。
この件については、オフィス街で情報交換した場で、又聞きした話だ、と前置きして、狐は梟へ尋ねていた。
その時の梟は、知らぬ存ぜぬを貫いていた。
よくも騙してくれたな、と今になって不愉快になる。
「そういうのはさ、早めに教えてくれれば、もっと早い段階でお前らを仲裁してやれたのに」
梟と蠍の間には何かある、と気づいていたものの、それが何であるか掴みきれなかったのは悔しさすらある。
「まぁ、もう手遅れだけどな」
それは、いろいろな意味で、だ。
「蠍はさ、その日暮らしなんだよ。そこら辺のバーとかクラブ行って、その日限りの相手と過ごしてるから、特定の居場所ってものはない。だから」
狐は席を立ち、部屋の中をうろうろと歩きながら言う。
「その家で、お前が一人で膝抱えて待ってたら、そのうち来てくれるよ」
狐の言葉に、舌打ちが返ってくる。
『……蠍に、セーフハウスを教えたのはお前だな』
狐の耳に聞こえてくる梟の声は、呪詛のようなおどろおどろしさがある。
「その質問には答えないでおく」
相手には見えていないのに、狐は作り笑いを見せる。
『お前とは、これで縁を切る』
「お互い、そうした方が良さそうだな」
狐がそう言い終わると同時に、通話は切れる。
溜め息をついて、肩を竦めた狐は、スマートフォンをベッドに投げようとした。
が。
またすぐに電話が鳴る。舌打ちをしてから、画面に表示された名前を見て、眉間に皺を寄せる。
「はーい、どうしました?」
取り繕うような作り笑いを浮かべ、声のトーンを少し上げる。明らかに、この電話の相手には気をつかっている。
「えぇ、残念ながら、依頼の件が順調じゃないのは確かですよ。……他にもいろいろ起きてまして」
相手からごちゃごちゃと言われているような狐は、「はい、すみません」と心にもない謝罪を口にする。それから、少し強引に電話を切り上げた。
そしてようやく、スマートフォンをベッドに投げつける。
「まったく、どいつもこいつも短気なヤツらだな」
狐は呆れながら呟く。
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