7. Tread on a worm and it will turn
7-1. 攻略法
「……許されたいなんて、思ってないでしょ」
フチノベ ミチルは冷たい眼でこちらを見ている。
「かと言って、あなたは、蠍のために死んでやる気はないでしょう? ……なんなら、俺がお前を死なせてやる、って思ってる」
今、自分にできる償いは、さっさと命を差し出してやることだろう。
だが、すんなり差し出してやる気はない。
それを見抜かれているのは、癪に障る。
奥歯を噛み締めながら、フチノベ ミチルを睨みつける。
燃え尽きかけた煙草を捨て、新しい煙草に手をかけたところで、フチノベ ミチルの言葉はさらに続く。
「あなたが、蠍に対してやれることは、一つしかなかった」
フチノベ ミチルの声のトーンは、静かだが苛立っていた。
その声のトーンから、なんとなく、「慰める言葉の一つや二つかけてやれば良かったのに」と言われる気がしていた。
「その行為の現場を見た時に、国軍総帥の脳幹を撃ち抜いてやることだった」
だが、フチノベ ミチルの言葉は、想像よりも
想像すらしなかった対処法をいきなり出されて、思わず息を呑む。
どうしてフチノベ ミチルは、自分にそんなことができまと思ったのだろうか。
目の前で揺らめく煙草の煙を見つめながら、反論しようとした。
だが、言葉が思いつかなった。
この女が言っていることは、おおよそ合っている。
「当時の俺に……そんなことができるわけない。……蠍だって、そうだった」
この話は、結局そこに辿り着く。
逃げようとすればできた、と言うのは簡単だ。
それができるような、身体的な、精神的な自由があるならば、の話だ。
虐待は、そういった自由を奪った上で起きる。
当時の自分と蠍は、抵抗する手段を持っていなかった。
「蠍は……あなた以外の人には打ち明けられなかった。事実を知っている唯一の証人で、口が堅そうで」
自分も、それはわかっている。だからこそ、打ち明けられた時の対応を、ずっと後悔している。
「あなたと蠍が置かれた環境は、歪んでた。それは、あなたたちのせいじゃない」
フチノベ ミチルは感情のこもらない黒い眼で、感情を込めずに話す。
「でも、あなたがしたことは、あいつの息の根を止めるには十分だった」
息の根を止めた、という言葉に、蠍が涙を枯らした瞬間が脳裏によぎる。
舌打ちが、無意識に出た。
この苛立ちを、フチノベ ミチルへぶつけるのは間違いだ。自分は、あの時の自分に苛立っているだけだ。
だが、止められない。
「俺があいつを慰めて抱いてやれば良かったのか? 謝罪と許しを乞えば良かったのか?」
苛立ちのあまり、早口で畳みかけるようになった。
「俺に何ができたって言うんだ?」
そこでフチノベ ミチルと数秒、睨み合う。
そのうち、フチノベ ミチルの鋭かった視線が、まるで憐れまれているような眼差しになる。
唇が動いたと思えば、引き結ばれる。そして見せたのは、困った顔だった。
「私は、蠍が憎くてしょうがない。けど、事情は理解する」
フチノベ ミチルが見せたのは、苦笑い。
その瞳には、たしかに憐れみが浮かんでいる。
「……話してくれて、ありがとうございます」
フチノベ ミチルはそう言うと、目を閉じる。そして、額に手の甲を当て、口元を笑う形に歪めた。
いよいよ容態が悪化したのか、と顔を覗き込もうとした瞬間、目が開く。
黒い眼は、さっきと打って変わって、爛々と輝いていた。
「おかげで、蠍の攻略法がわかった」
フチノベ ミチルは、静かに微笑む。
その笑みが、寒気がするほど邪悪なものに思えて、思わずフィルターを噛む。
「じゃあ、私は、
ここでやっと、あのふざけた呼び名で呼ばれる。
この呼び名で呼ばれる時は、普段通りの会話をしたがるタイミングなのだ、と今になって気づく。
「玖賀と顔を合わせたいなら、いいですけど」
「……やめておく」
流されて日本へやってきた、元軍人である自分が、マフィアと知り合いになる展開など、きな臭い事態が起こる予感しかない。
クガという日本のマフィアは、極力、近寄りたくない存在だ。
じゃあ、と立ち上がった自分に、布団の中で横になったまま、フチノベ ミチルは声をかける。
「お願いだから、蠍に殺されないでくださいね」
お願い、と言うには声のトーンが軽かった。
「私の復讐が、まだ残っているから」
今のフチノベ ミチルの笑みの方が、自分の笑顔よりもよっぽど、不気味だろう。
フチノベ ミチルの家からセーフハウスへ帰ったのは、午後十時頃だった。
道中、蠍の襲撃に備えて、かなり慎重に移動したのだが、杞憂だった。
現れないなら、こんな警戒をしないで済んだと言うのに、と苛立ちながら、セーフハウスの部屋のあるフロアの廊下を歩いていた。
異変は、ドアにあった。
ドアノブに、ビニール袋がかかっていた。
袋の外側から触り、感触で中身が何なのか、調べる。
まず触ってわかるのは、パイル地の布。タオルだろう。
タオルの中に、何かが包まれている。
硬く、細長いもの。厚みはそこまでない。棒状のもの。
こんなものを寄越してくるのは、狐か。
そう思いながら、縛られた袋の口を開ける。
ところどころ血のついた、白いタオルが目に入る。血の跡の縁周りは、乾き始めた色をしていた。
そのタオルを袋から取り出す。袋が足元へ落ちる。風に煽られた袋は、廊下をふらふらと転がっていった。
タオルを解いていくと、血の跡がだんだんと濃くなる。
最後に出てきたのは、血のついたナイフだった。ナイフと接していた部分の布地には、血がべっとりと染み付いている。
このナイフには、見覚えがある。
――蠍が愛用している
鼓動が、耳の奥で跳ねる。
タオルごと、蠍のナイフを床へ叩きつけた。
「……クソったれが!」
蠍はもう、ここまで来ている。
フチノベ ミチルを刺したナイフをわざわざ残していく、
あの時のことを謝るべきだった、と思っていた気持ちが、一瞬にして吹き飛んだ。
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