6-2. 夢現つ
*
――夢を見た。
泣き腫らした青い眼の子供に、袖を掴まれていた。
その子供がいなくなった、と思って、せいせいしたと思うと、今度は黒い眼の女に目の前に立たれていた。
強い眼差しで、すっかり威圧されてしまった。
手も足も動かせず、立ち尽くしている自分は、あまりにも情けない。
久しぶりに、とても胸糞が悪い目覚めだった。まだベッドもない家だ、寝る場所はソファしかない。
この家のリビングはガラス張りで、昼間は容赦ない陽射しが当たる。
カーテンを用意しなかったことを、今になって後悔した。
顔に当たる陽射しが強烈すぎる。
苛立ちで舌打ちしながら、ゆっくり起き上がった。
煙草に火をつけ、一息つくと、右手がちゃんと動くか確認する。
右掌を何度も開いたり閉じたり、関節が曲がるかをこの目で見て、やっと落ち着く。
それくらい、利き腕を痛めたことに不安を感じているのだ。情けない。
不意に、リビングの床に放置していたスマートフォンが振動する、鈍い音が響いた。
馴染みのある電話番号に、嫌悪感しかない。
スマートフォンは床に置いたまま、音声の入出力をスピーカーに変えて通話に出た。
『お前さぁ、何やってんの?』
電話口の男――狐は開口一番、どやしてきた。
「いきなり何の話だ?」
何をやっているも何も、いま起きたばかりだ。しかも、嫌な夢を見た直後で、苛立っているところに、この態度で電話がかかってきたのだ。
煙草へ手を伸ばし、火を点けようとするが、ライターのガスがなくなりかけで、なかなか着火しない。
『バイト先に、ミシェルが出勤してないよ』
あの女のことを、狐はミシェルと呼ぶ。
アルバイト先を知っているのは、自分がフチノベ ミチルについて調査を依頼した時に探り当てているからだ。
それにしても、
「アルバイト先まで見張っているとは恐れ入る」
出欠勤まで把握しているのは、本人からすれば気持ち悪いだろう、とは思う。
『俺はまだ、あのクソガキの消息をまだ掴めてない。何が起きたかわからないよ』
狐が憂慮しているのは、フチノベ ミチルにちょっかいを出しに行ったのではないか、という可能性だ。
「それは面白いな」
昨夜の出来事が一気に頭によぎり、眉間に皺が寄る。ライターはまだ火が点かない。
「あの二人で潰し合ってくれたら、大いに結構」
やっと点いた火は心許ない。煙草の穂先を近づけると、やっと火が灯る。
『冷たい男だなぁ』
狐はおかしそうに笑っている。真に冷たいのはこの男の方だ。
『ねぇ、俺が、ミシェルが出勤してないくらいで電話してきた理由を考えてみてよ?』
狐は、この件について何かを知っているのだろう。思わせぶりな言い回しをしてくる。
「暇だった」
『んなわけない。昨日の深夜一時くらい、ミシェルの住んでる町の近くの廃工場で、何か騒ぎがあったらしいんだって。銃声が聞こえたって通報で、警察が出動したけど、そこはもぬけの殻』
持っていた情報はそれなりに詳しいものだった。
「……あのクソガキのことだ」
泣き腫らした青い眼で、自分の袖を掴んできた子供は、いつしか、怪物みたいな少年になった。
「必ず俺のところへ現れる。フチノベ ミチルを人質にしてくるのか、それとも死体を持ってくるのか、どちらか知らないが」
ソファから立ち上がり、窓から外を見る。
いつもと変わらぬ日常がそこには広がっている。
規則正しく列車は走り、整えられた道路を車が列を作って走る。その地面は、戦車で踏み荒らされることがない。
空は抜けるような青さで、爆撃機など一機も飛んでいない。
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