6. Skeletons in the closet

6-1. 退かない女


「お前はさっき、『狙撃銃スナイパーライフルを持ってきた』と言った」

 洗面所で、傷の手当てを始めた時だ。

 運び入れた荷物の中身の話を、この女からしてきたのだ。――「お得意の、狙撃銃です」と。

 

「……焼肉屋さんで話した時に、言ってましたよ」

 フチノベ ミチルは、瞳が見えないように目を細めて笑う。

 

「あ、いや、でも違うかな……もしかしたら、あの夜かもしれないです」

 あの夜。一年前、一緒に車で逃げた夜。

 昔の話になればなるほど、自分の発した言葉の信憑性が揺らぐのを、この女は狙っているようだ。


「あり得ない。わざわざお前に、自分が狙撃手だと言う必要がない」

 これについては、自信がある。

 自分がやっていたポジションについて、フチノベ ミチルへ話す必要がないのは明白なのだから。

 

「サバちゃんは、今日話した言葉を、全部覚えてます? 無意識に口を滑らすなんて、人間いくらでもありますよ」

 鼻で笑って、少し小馬鹿にする態度をするのは、強がりか。

 フチノベ ミチルは顔を背け、立ちあがろうとする。


 その背中へ、厳密には腕の隙間へ、手を伸ばす。

 腋の下に通した両手を、首の後ろで組み合わせて動けなくさせる。

 フチノベ ミチルの足が浮く。

 

「……バックハグとは、大胆な」

 フチノベ ミチルが一瞬、息を呑んで、拘束から抜け出そうとした。

 

「羽交い締めの間違いだ」

 舌打ちして、吐き捨てる。

 腕に徐々に力を込めると、フチノベ ミチルの肩が微かに強張る。

 抜け出せないのを理解したフチノベ ミチルは、すぐ諦めた。


「傷口から、また血が出ますよ」

「上等だ」

「……何を聞きたいんです?」

 半笑いのフチノベ ミチルはお手上げ、といった様子で両手を上げ、ひらひらさせる。


「お前は何者だ。そしてどうして、俺が狙撃手だと知った」

 思えば、自分の話はさんざんさせられたのに、この女の話はしない。これに関しては、自分が聞かなかったのが悪い、とも言える。

 

「私は渕之辺 みちる。十八歳、女。現住所は――」

「そんなことは聞いていない。本当のことを言え」

 腕に力を入れると、フチノベ ミチルから苦しげな吐息が漏れてくる。

 少しだけ力を緩めると、大きく息を吸い込んでから、フチノベ ミチルは顔をこちらへ向ける。

 

「あなたの国の軍装備品を買いにきた、汚い商売人。母親を殺されて、復讐に生きている、しがない日本人」

 フチノベ ミチルは自嘲を浮かべていた。

 

「それは知っている」

 何度も同じ話を繰り返している気がして、苛立つ。

 フチノベ ミチルは唇を噛んでから、小さく震えだす。

 

「……あの夜の取引の、ずっと前、リエハラシアに詳しい人から、リエハラシア軍について聞かされた」

 フチノベ ミチルが言うには、リエハラシアに詳しい人間が、周囲にいたということになる。

 

「……どういう話だ」

「とても強い精鋭しか生き残らなかったから手強い、と」

 正直、毒にも薬にもならない情報だ。

 

「その人間は、うちの軍を随分と褒めてくれたんだな。ところで、その話をした人間は誰だ」

 フチノベ ミチルを睨みつけると、黒い瞳は揺れながら、首を何度も横に振る。

 

「……情報源だけは、話せない。その人との、約束だから」

 その声音は、しっかりとしていた。

 フチノベ ミチルは懇願するような哀れな瞳になる。芝居かと思ったが、震えがひどくなる一方なのを、腕で感じた。

 これは本心から出た言葉かもしれない。

 

「その情報源が、俺を狙撃手だと教えたのか」

 フチノベ ミチルは頑なに首を振らなかった。

 音のない空間の中、腕の力を強めに入れる。苦しげな息が漏れてきた。

 

「ここで死んでもいいのか」

 耳元で囁く。

 フチノベ ミチルは祈りを捧げるかのように眼を閉じる。

 

 そして、ゆっくりと眼を開けた。

「いいです」

 抗うような、強い眼差しがこちらを射抜いてくる。

 この瞬間、自分の圧より、フチノベ ミチルの圧の方が強くなる。


「早く殺して」

 爛々と輝く黒い瞳が、こちらへ顔を向けて睨みつけてくる。

 醸し出す空気は、強がりには見えない。その眼は、本気で願っていると思わせる。

 温度のない視線は、胸の奥を冷え冷えとさせてきた。


 生半可な脅しが通じる相手ではない。

 手にかける覚悟で向き合わないのなら、この尋問は無意味だ。

 

「そうやって嘘を重ねた分、信頼は得られないと思え」

 腕の拘束を、少しずつ解く。それを察したフチノベ ミチルは足の裏を伸ばして、しっかり着地する。

 

「……驚いた。少しは、信じてくれていたんですね」

 こちらに背を向けたまま、フチノベ ミチルは項垂れながら口を開く。

 

「ああ言えばこう言う」

 しおらしく項垂れたかと思えば、出てきたのは皮肉だ。呆れてしまう。

 

「でも、絶対に信じてくれていいことがあります」

 こちらは向かず、フチノベ ミチルは頭を少し上げる。

 

「私はあなたを、恩人だと思っています。あなたに敵意を向けることはない」

 言葉の端に、少しだけ笑みが混ざっている。

 

「俺が一番信用しない言葉は、『絶対』だ」

 玄関のドアノブに手をかけた背中へ、自分は言葉を投げかける。

 

 フチノベ ミチルは笑い声を漏らしてから、ドアを開けた。

 跳ねるように、玄関からドアの向こうへ身を滑らせていく。こちらを振り返りもしない。

 


 そして静かにドアが閉まる。

 音のない空間。

 腕に残る温もりに気持ち悪さを覚えながら、ざわつく気分に舌打ちをした。



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