4-5. 本気にならない男


          *



 

 街というものは、存在する大半の道は必ず繋がり合っているのだが、時々、袋小路も存在する。

 

 人気ひとけのない、人一人が通れるくらい細い道。

 こんな道でも、歩き進めればセーフハウスの近くに繫がるのだから、街が迷路そのものと言える。

 

 ある建物は消え、更地に新しい建物が建ち、道は増えたり細くなったり、街は絶えず形を変え続けている。

 朝晩変わらずに人が溢れる駅、雑踏。

 夜中でも街を照らす電灯。

 建物が破壊されず整然と並ぶ風景は、故郷にはない光景だ。

 これは国が発展し開発された、平和の象徴なのだと思う。

 だが、見た目の豊かさと中身の豊かさは比例しないところが、成長した国家が持つ矛盾だろう。


 そんなことを思っていた。


 反応に一瞬遅れた。

 普段なら避けられるのが、タイミングがズレて、刃先が首を横切った。


「暇そうだね」

 背は小柄な男とはいえ、この細い道で、全く居なかったわけではないだろう通行人をどうやってやり過ごし、待ち構えていたのか。不思議だ。

 

「ね、ちょっと遊ぼ」

 蠍が拳銃P226を右手に、血のついたナイフを左手に構えて、目の前で無邪気に笑っていた。

 幸い、浅い切り口だったが、鎖骨へ血が垂れてきたのは感じた。

 その感触が、不快だった。

 

「おっかしいの、日本こんなところに来ても、まだ狐とツルむんだね」

 蠍は声を上擦らせながら言う。

 

「狐とデキてるの? それとも片想いなの?」

 ニヤついた顔と冷たい眼がこちらを見つめていた。

 

 本当にしょうもない話しかしない。

 無言で奥歯を噛み締める。

 舌打ちすれば、蠍を喜ばせるだけだ。この男は、人の不快な顔が死ぬほど好きなのだから。

 

「狐に相手にされないから、フチノベ ミチルと遊んでるの?」

 蠍は半笑いでその名前を出した。

 

「よりによって、何であんなバケモノに手ぇ出してんの?」

「体の相性がとても良かった」

 わざわざ返事してやることも面倒だったが、適当に軽口を返した。

 

 あの日、大統領府で睨み合った時も、蠍はフチノベ ミチルのことを「バケモノ」と呼んでいた。そう呼ぶことを気に入っているのだろう。

 

「ふーん」

 蠍はこちらの軽口に、予想通り苛ついた様子を見せる。

 

「あのバケモノより、僕の方がイイと思うけど?」

 すっと顔を近づけて、鼻息がかかるくらいの距離で囁いてくる。

 

 またキスでも狙ってきているのかも知れないと、後ずさった。右手を腰に挿した拳銃へ伸ばす。

 が、蠍はナイフと拳銃をしまい込んでいた。

 

「一度でいいから、あんたがどんな顔してイくのか見せてよ」

 そう言いながら、ルージュを塗ったみたいに赤い唇を舌舐めずりする様はエロティックだ。

 残念ながら、興奮どころか、背筋が凍るような寒気しかしないが。

 

「一人で妄想してろ」

 会う度に毎度、ありがたくない色気を振り撒かれても困る。

 

「ちゃんと相手してくれないと、あのバケモノ殺すよ」

 拗ねた口振りで、殺気立った眼をする。

 子供っぽさが全面に出た、中途半端な威圧だ。

 どうせならもっと感情が出ないように振る舞え、と先輩面して注意したくなる。

 

「それはいい。二人で潰し合いをしろ」

 フチノベ ミチルと蠍は、あの日、自分があの場にいなければ、もう決着がついていた。

 

 蠍はなぜ、日本まで追いかけてきて、しょうもない襲撃を繰り返している。

 

 蠍はすっと真顔になる。

「言っておくけど、あんたにあのバケモノは手に負えない」

 まるで狐みたいな、勿体つけた言い方だ。

 

「訳知り顔だな。お前も狐に似てきた」

 狐の名前を出した途端、蠍の表情が一変する。

 

「あのクズ男と一緒にしないでくれる⁈」

 蠍の「地雷」の一つは、狐。

 狐は、蠍を危険視して、徹底的に除外しようとした。

 それを根に持った蠍は、任務のたびに狐へ嫌がらせ三昧だった。無論、狐はそんなのが効く相手ではないのだが。

 

「お前の欠点は、すぐ冷静じゃなくなることだ」

 蠍は冷静さを欠くと、無駄な殺戮をする。


 ナイフが光を弾いて動くのが見えて、蠍の左腕を掴んで膝蹴りを入れようとするが、蠍はすぐに掴まれた腕を振りほどく。

 

 膝蹴りを諦め、そのままの勢いで爪先を顔面を狙う。避けようと仰け反った蠍の顔に、素早く左肘を入れる。

 

 それでも振り下ろされたナイフは、自分の右腕を掠めていた。

 

 蠍はそれを見て、急に動きを止めて、鼻で笑い出す。

「あんたは接近戦が怖いから出来ない卑怯者」

 蠍を突き飛ばすようにして、お互いに一歩分ほどの距離を取る。

 

「当たり前だ、狙撃手スナイパーが腕をやられたら、仕事にならない」

 ナイフで二の腕を切られたのを気にして、無意識に右手を握り締めたり、緩めたりして、状態を確認している自分がいる。


「あと、お前のその立ち位置は、監視カメラにばっちり映る」

 自分がそう言うと、蠍は即座に、電柱や塀の上を確認する。

 注意が自分から逸れた。

 

 適当に言ったことだったのだが、蠍には効果があったようだ。

 

「本気でとどめを刺しに来たんじゃないなら、さっさと故郷くにに帰れ」

 本当にこの男は何を考えているのか。

 昨夜、ホテルに現れた時も今も、ちょっかいを出すだけで、本気になりやしない。

 

「……まだ殺さないよ、今は。あんたとあのバケモノに、しっかり地獄を見てもらわないと」

 自分からしたら、こんなに長々、蠍と話してる状況が既に地獄なのだが。

 それが蠍のとっておきの決め台詞だったらしく、満足げに笑うと、踵を返して街に消えて行く。

 

 その後姿を撃って殺した方がいいのはわかっていた。

 たまが、サイレンサーのついていない拳銃で発砲すると、周囲に異変を察知されてしまう。

 発覚までに死体を処理する手間を考えると、あまりに現実的でない。

 

 結論、この地で暮らすことは、自分のような種類の人間には、向いていない。


 シャツの胸ポケットにしまっていた煙草に手を伸ばし、火を点ける。

 その瞬間だけは、落ち着くことができる。



 

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