4-4. 叱られたい子供

         *




 午後十一時すぎ。

 オフィス街であるこの街は、路上喫煙が禁止されてから、それなりの時間が経っているらしい。

 かつて喫煙所として置かれていた場所は、「喫煙所」と書かれた看板の文字が掠れている。

 

 ビルとビルの隙間、その忘れ去られた死角は、狐と落ち合うにはちょうど良かった。


 人が来ないのをいいことに、自分へ煙草をふかしていた。

 人の気配がする、と思えば、見慣れた狐の顔が道路側から顔を出していた。

 

「手間をかけたな」

 隣にいるリーシャロへ声をかける。

 夜のオフィスビルの裏手。人通りすらない。

 母国語で喋っていることなど、誰の気にも留まらない。

 

「それ、いつの、どの件について!? お前には山ほど手間かけさせられてるんだけど⁈」

 狐はあれもこれも、それもこれも、と思い当たる節があるらしいが、自分にとっては家を探してもらった一点しかない。

 面倒臭くなったので、色々喚かれているが聞かないようにした。


「えー? ミシェル連れてこなかったの?」

 自分の周囲をきょろきょろと見回し、フチノベ ミチルの姿がないと気づいた狐は不満そうに口を尖らせる。

 

「なんで連れてこないといけない」

 むしろ、どうして連れてくると思ったのだと言いたくもなる。

 

「新しい情報源と顔を合わせておきたいな、っていう個人的な事情」

 狐は、意味ありげに、小さく声を漏らして笑う。

 

「ならお前が会いに行け」

「ごめんて。ミシェルは今、セーフハウスにいるの?」

 狐の質問は、なんとなく探られているような気がする。

 嘘でもついておくか、と煙を吐きながら思ったが、どうせ後で知られるだろう。

 

「明日もアルバイトがあるから家に帰る、と言っていた」

「そうなの? 何もないといいけど」

 狐は、笑いながら首を傾げる。

 

「そうそう、蠍の目撃情報は結構集まってきたよ。クソガキが目立つ容姿で助かる」

 ここで狐と落ち合うことにしたのは、情報を受け取るためだ。

 狐に頼んだことは、ちゃんと成果を出している。

 

「蠍くんさぁ、お前に会いに行った前か後に、ホテルの部屋で相手をグサグサ刺し殺してたんだよ」

 根城にしていたホテルで出くわした時、連れがいると言っていた記憶がある。

 

 そしてその翌朝、そのホテルの一室で、刺し殺された男の死体が見つかったのも記憶にある。

 一昨日の夜から昨日の朝までのことだ。今のところ、蠍が近くにいる気配はない。

 

「生きてる間にさんざん刺して、失血死させたんだと。怖いよねぇ」

「そういう無駄な手順を踏むのが好きなのは、もう直らないな」

 やたらと人を甚振るやり方を選ぶのは、蠍の悪癖と言っていい。

 

「あいつは、ホンットに趣味が悪い」

 狐は眉を下げて、低い笑い声を漏らす。


「要らぬ犠牲が増えれば、俺が叱りにくると思ってる」

 煙草の灰を振り落とす。穂先の火が、暗がりに光る。

 

「そうそう。甘ったれの構ってちゃん」

 人の悪い顔で低い笑い声を漏らしながら、狐は言う。

 

「いっそ、叱りに行ってあげたら?」

「叱ってもらえるのは、情があるうちだけだ」

 そもそも、叱ってやる義理はない。そして叱る権利もない。

 

 不躾な視線を感じて、煙草から視線を動かす。

 そこには、何か言いたげな顔でこちらを見ている狐がいる。

 狐の、緑みの強い榛色ヘーゼルの眼が、一瞬の動きも見逃さないように警戒しているのがわかる。

 何事かと思いながら、睨み返す。

 

「一度聞きたかったんだけどさ、あのガキが国軍総帥の趣味に使われてたってマジなの?」

 狐が声のトーンを数段階落として、尋ねてくる。

 今になって、そんなネタを深堀りしようとしていることに呆れてしまう。

 

「……聞いたこともない。そんな噂が?」

 煙草の煙を吐き出してから、質問し返す。

 

「噂だけ。証拠なし」

 狐は続けざまに、なーんだ知らないか、と言い、ネタの深掘りが不振に終わったことをがっかりしている。

 

 こういう情報に対して貪欲なところは、味方にしているうちは心強いが、敵になった時はひどく厄介なのだろうと思う。




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