4-2. 疑念





 午後五時。

 空はだいぶ暮れている。歩いていると、数分ごとに暗くなっていくのがわかる。

 最寄駅から徒歩十分。踏切を待つと、所要時間はもう少しかかる。

 

 墓場の向かいにある、黄土色の古ぼけた壁の二階建て集合住宅。その二階の一番奥。

 木製のドアに直付けされているポストの蓋は、薄っすら錆びている。ドアノブの中心にある鍵穴は、簡単に開けられてしまうタイプの錠前だ。

 さすがに勝手に開けるのは気が引けたので、ドアチャイムを押そうとした。――が。

 

「……え、サバちゃん?」

 それよりも先に、玄関のドアが開いた。ドアを開けたフチノベ ミチルは、心なしか緊張した面持ちでこちらを見た。

 それにしても、「サバちゃん」という呼び名は、どうしてこんなに情けないのだろうか。

 

「お前、人の気配を察知するのが得意なのか」

 まるで、自分がこのドアの前にいたのを見ていたかのような反応の速さに、面食らう。

 こちらだって気配を消してきたというのに、それをドア越しに察知されたのか、と思うと、少し意外に感じた。

 

「い、いえ。ちょっとコンビニへ行こうと思って、ドア開けたら……玄関の前にいた」

 フチノベ ミチルは一瞬、狼狽えていた。作り笑いでこの場を凌ごうとしているのが見え見えだ。

 

「その左手にあるものは?」

 視線を、ドアの影に隠れたフチノベ ミチルの左手に遣る。フチノベ ミチルの笑みが凍り付く。

「これは、護身用」

 そう言って、拳銃ベレッタ92を持っているのを否定しなかった。

 

「日本で、銃所持が合法になったとは初耳だ」

「それについては、お互い様では?」

 フチノベ ミチルは左手に握っていた拳銃をウェストに挿した。


「今日はどんなご用件で?」

 フチノベ ミチルは薄く微笑みながら、気安く話しかけてくるが、眼の奥が笑っていない。

 昨日の今日で、お互いに信用ならないと内心思っているのが透けている。

 

「蠍が昨日の夜、現れた」

 玄関先でする話でもないのだが、そのまま切り出した。煙草へ手を伸ばして、火を点けようとしていると、

「殺した?」

 フチノベ ミチルに尋ねられる。

 期待と困惑が入り混じった表情なのは、なぜなのだろうか。

 

「ホテルの廊下で、そんな大暴れができると思うな」

 蠍じゃあるまいし、と付け加える。フチノベ ミチルは、あぁ、と相槌を打って頷いた。

 

「……蠍が来たから、あなたは、そのホテルに留まることはできない、と思った」

 この女は、察しが早くて楽だ。

 フチノベ ミチルがこちらを神妙な顔で見ているのを感じながら、煙草に火を点け、煙をゆっくり吸って吐き出した。

 

「だから、セーフハウスを借りた」

 シャツの胸ポケットから、カードキーを出す。そしてそれを、フチノベ ミチルの目の前へ突き出す。

 

「これは?」

 慎重な手つきで受け取ったフチノベ ミチルは、カードキーをしげしげと眺めている。


「セーフハウスのキー。お前にも渡しておく」

「籠城戦も、考えている?」

 フチノベ ミチルの口から、さらっと籠城戦という言葉が出てきて、違和感がある。

 

 気配の察知の仕方といい、籠城戦という言葉がすんなり出てくることといい、どこかで訓練を受けてきた人間の佇まいではないのか。

 素でやっているのなら恐ろしいし、訓練を受けたというのなら、どこでどんな訓練を、と疑問しかない。


「で、そのセーフハウスって、どちらにあるんですか?」

「今から連れて行く」

 カードキーを渡すだけで帰るわけにはいかない。もちろん、そのつもりでここに来たのだ。

 

「あ、そういうことね」

 フチノベ ミチルはそう言うと、部屋の中に戻っていく。出かける準備をしに行ったのだろう。

 

 安物のドアは、手を離すと勝手に閉まるがクラッチが作動するほどしっかりとは閉まらないので、中途半端に浮いている。

 

 それがなんとなく、フチノベ ミチルの「わざとらしさ」に似通っている気がした。

 作り笑い。急にチョコレートを差し出してくる、距離感のなさ。生活感のアンバランスさ。得体のしれなさ。


 この女は、何者だ?


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