2-4. 向かい合わせの銃口


         *




 

 自分の分の食事代はしっかり払ったし、1円たりとも奢らなかった。


 今日行ったチェーン店の焼肉屋はフチノベ ミチルのアルバイト先の最寄りの店舗だったそうで、会食後はそのまま駅で別れた。


 それぞれのホームに向かう際、フチノベ ミチルから聞き出したのは、今住んでいるところの情報。

 知らない名前の街の、徒歩10分くらいの場所にあるアパートが住まいだと言っていた。


 今日は楽しかったです、と言い、フチノベ ミチルはヘラヘラと笑って去っていく。

 

 フチノベ ミチルが乗る路線のホームと、自分が乗る路線のホームは隣同士だ。

 つまり、向かい側のホームを凝視していれば、どこかで電車を待つ姿を視認される。

 フチノベ ミチルが乗る電車は自分が乗る電車の一分後に出発する。


 だから一度、ホームで電車を待つ姿を見せておく。

 窓がなく、向こう側から死角になる位置を探し、そこに立つ。

 そしてすぐさま、車両から降りる。

 

 降りた瞬間を目撃されたら元も子もない。

 視線を一瞬、向かい側にやる。フチノベ ミチルの視線は、手元のスマートフォンに向いていた。


 この隙に、向かい側のホームに移動する。

 駅構内に、電車が進入する轟音が聞こえてきた。

 足早に構内を歩き、停車するのを確認してから、ホームに繋がる階段を、駆け足で上る。


 細心の注意を払い、気配を殺して、極力目立たないように、フチノベ ミチルが乗った車両の二つ隣の車両に乗り込んだ。


 降車駅は聞き出した駅名と一致していた。フチノベ ミチルが言った言葉は、嘘ではなかった。

 

 ならばこの尾行をやめてもいいかとも思ったが、ここまで来た以上、実際住んでいる場所を確認してから帰ってもいいかと思った。


 フチノベ ミチルは改札を出て、アーケードのある商店街を歩いている。

 21時過ぎ、シャッターが閉められた店が大半で、帰り道の通過場所として通り過ぎているようだ。

 時間帯のせいで人通りは多くなく、尾行に気づかれないように身を隠すのに、苦労する。


 商店街を抜けた後、小さいコンビニエンスストアに寄って店内をぶらつき、何も買わずに出てくる。そこから数分歩くと踏切がある。

 フチノベ ミチルが踏切に辿り着いた瞬間、遮断機が上がった。

 そのためにコンビニエンスストアで時間調整をしたのか。

 

 ブロックの玩具のように、民家と民家が隣り合って建ち並ぶエリアにさしかかり、人気ひとけはついになくなる。


 フチノベ ミチルが急に振り返る素振りを見せたので、咄嗟に隠れた。


 自分が身を潜めたのは、民家ではなく、いくつもの墓石が並ぶ、コンクリート舗装の場所。

 墓石の影からフチノベ ミチルの姿を確認したが、そこで見失った。


 尾行に気づかれていたのか、家に着いたのか。


 墓地の真向かいに、黄土色の古ぼけた壁が特徴の、二階建て集合住宅がある。

 6戸ある部屋の中で1戸は、空き家なのか住人が留守なのか、チラシがドアについたポストから溢れ出ていた。

 その集合住宅のドアは木製で、知識と道具があれば簡単に開けられそうな錠前が一つだけ。

 若い女が住むにはセキュリティーが甘すぎる。


 ボトムスのポケットに入れていたスマートフォンが震え出し、即座に手に取る。

 表示された番号を見て、舌打ちしたいのを堪えた。即座に応答を拒否した。


 周囲を注意深く見回しながら、フチノベ ミチルが進んだ方向を推理するが、スマートフォンは応答を拒否しても何度も震え出す。何度も何度も。

 

 墓地に隠れて周囲を確認するまで、たったの一、二秒だ。なのに何故、どこにもいない。

 

 墓地から歩道へ戻り、フチノベ ミチルが振り返る素振りをした位置を再度確認する。

 墓地と集合住宅を隔てる、車一台が通れるくらいの道の真ん中だった。

 

 一度拒否しても、スマートフォンはまたすぐに鳴る。

 耳障りな振動音が、思考の邪魔をしてくる。

 

 今日は追跡を諦めた方がいいのかもしれない。

 追跡なら、今電話をかけてきている男にやらせる方が、自分よりも正確だ。


 震え続ける電話の相手の顔を思い出しながら、応答ボタンをタップする。


『ねぇちょっと聞いて聞いて‼︎』

 スマートフォンを耳に当てるなり、はしゃいだ赤毛の男の声が聞こえてきた。


「うるせぇな、何だ」

『なーぜか俺のところに、蠍が会いに来た』

 舌打ちが出た。

 

 情報屋の言葉に心底嫌気がさしたのもあるが、

うちに来たかったなら、そう言えばいいのに」

 追っていたはずの女が、自分の背後にいたからだ。

 

 そして、自分の背中に当たっているものが何か、簡単にわかったからだ。


 振り向きざま、スマートフォンを持っていない右手に、ウエストに挿していた拳銃P226を握って安全装置セイフティを外した。


 向かい合わせでお互いに銃口を突き付けあう絵は、滑稽だといつも思う。

 こうなるくらいなら、引き金を引けるチャンスがある時に、さっさと仕留めておくべきだ。


 スマートフォンの向こう側はこちらの状況など露知らず、テンション高く話を続ける。

『お前のところにも来たりして! 面白いね‼︎』

「誰と話してるんです?」

 騒がしい情報屋とフチノベ ミチルの声が同時に重なった。

 

 瞬きもせずにこちらを見つめてくる真っ黒な瞳。

 その温度は、一年前、蠍に向けていた眼と同じだった。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る