2-3. 招かれざる客

 

          *



 ――みちるとサヴァンセが焼肉屋にいた頃。


 梟の元同僚であり、諜報担当だった赤毛の男は、シティホテルの廊下を、軽やかな足取りで歩いていた。

 赤毛に榛色の瞳。はっきりとした目鼻立ちが印象的な南欧系の顔。

 細身のスーツをさらりと着こなした佇まいは、俳優かモデルかと思わせる。

 

 不意に、視線を感じた赤毛の男は立ち止まる。

 ぐるりと周囲を見回すが、廊下には誰もいなかった。

 気のせいだ、と落ち着かせるように、赤毛の男はすぅっと息を吸う。

 

 赤毛の男は、呼び出された部屋のドアの前に立つ。

 ドアが開くと、急に腕を引っ張られる。

 中で待ち構えていたのは、女だった。

 赤毛の男は女に抱き着かれ、そのままベッドに沈む。


「来るのがおそーい!」

 赤毛の男に馬乗りになった女は、悪戯っぽく笑う。


「ごめんって。忙しかったんだよ」

 赤毛の男は女の頬を撫でながら言う。

 

「一週間も会えなかったんだよ? 今日はいっぱいしてくれなきゃ嫌」

「わかったわかった」

 女は服を脱ぐ時間も惜しいと思ったのか、男の下半身だけ剝き出しにして行為に及ぼうとする。


 そんなに、不躾に鳴り響いたチャイムは、男の上で腰を振っていた女を、更に不機嫌にさせた。


「無視しよ」

 薄っすら汗をかきながら、女は行為を続けようとしたが、

「……いや、出た方がいいかも」

 何か思い当たるような表情をした赤毛の男は、女を宥める。

 

「なんで」

 女は明らかに苛立っていた。

 

「俺の代わりに出てくれない? ズボン履き直さなきゃいけないからさ」

 赤毛の男は、自身の下半身を指差して、申し訳なさそうに微笑んだ。

 

 何それ、と顔を曇らせながら、女は男の体から離れる。

 不機嫌そうに足音を立ててドアに向かう途中、服を直していた。


 聞こえるような大きな溜め息をついた女は、ドアを開ける。


 赤毛の男はパンツを穿き直しながら、女の後ろ姿を見ていた。

 

 間もなく女の体がぐらりとゆらめいた。

 首から血を噴き出して、壁に血を散らせて床に落ちる。

 その光景に、溜め息が出る。


 赤毛の男は、部屋に入ってきた人物の顔を見て、困った顔になる。

 

 床に倒れた女の体を跨いで、部屋に現れたのは金髪ボブヘアの、綺麗な顔をした――あの男だった。

 

 赤毛の男はおよそ一年ぶりに、金髪の男の顔を見た。

 青い眼、白い肌、薔薇色の唇。人間が美しいと思う要素を集めて、形にしたような顔。

 その美しさとは裏腹に、金髪の男は怒りのこもった眼差しを、赤毛の男へ向けていた。


 赤毛の男は、ベルトを締め直しながら、

「よぉ、クソガキ」

 殺気がダダ漏れた状態で現れた金髪の男へ、挨拶する。

 

「色ボケジジイ、まだ生きてたのか」

 金髪の男から嘲るように、ジジイと言われた瞬間、赤毛の男の眉間に皺が寄った。


「お前はいっつも、残酷なことするよね、相変わらず」

 赤毛の男は、首を切るジェスチャーをして、金髪の男がした行動を咎める。


「じゃ、こうなる前に助けてやれよ」

 金髪の男は、血塗れのナイフを手に、鼻で笑う。

 

「出会い頭に人をスパッと切りつける野郎に言われましても。で、何でここにいるの?」

「迷惑そうだね」

 赤毛の男が尋ねる声音に、軽く嫌悪が混ざっているのに気づいた金髪の男が言う。

 

「だって迷惑だし」

 赤毛の男が苦笑いして言うと、金髪の男は小さく舌打ちをする。

 

「お前がうろちょろすると、女のコと楽しく遊べなくなるから嫌なんだよね」

 赤毛の男は、床に倒れた女をちらりと見る。

 金髪の男のせいで、今日もさっそく、惨事が起きている。

 

「寝取られるから? 殺されるから?」

 金髪の男は、相手の反応を楽しんでいる。

 

 赤毛の男は、顔を顰めた。

「嫌な記憶を思い出させやがって」

 故郷にいた頃、金髪の男とあった赤毛の男は、深いため息をつく。

 

「お前がいると、要らない死体が増えるんだよ。故郷くにへ帰れ、クソガキ」

 赤毛の男は目を細め、愛想笑いを見せる。

 

「女一人ロクに守れないひ弱なヤツだもんね、あんたは」

 金髪の男は、綺麗な口元に煙草を咥えて、火をつけている。

 煙草をふかしている姿を見て、赤毛の男は梟の姿を思い出していた。


「ところで、相棒はどこ?」

 金髪の男は、赤毛の男の目の前に立つと、首に手を回して尋ねてくる。

 

「相棒? あぁ、梟?」

 相棒、と言われてピンとこない顔をした赤毛の男は、誰のことを指しているのか、やっと気づいた様子だった。

 金髪の男の煙草の煙が、赤毛の男の顔にかかる。

 

「その情報にいくら払えんの?」

 赤毛の男はそれを邪魔そうに払いながら、金髪の男に聞く。

 赤毛の男は、今は情報屋だ。買い手がいるなら、情報を売る。

 

「早く死ねよ、ジジィ」

 金髪の男は、金の話になった途端、赤毛の男の首から、腕を離す。

 そして、苛々した様子で吸いさしの煙草を足元に投げ捨て、踏みにじる。


「言われなくてもジジィは老い先短いよ。お前はせいぜい長生きしたら?」

 赤毛の男が笑って返すと、金髪の男は美しい顔を歪めて、唾を吐き捨てる。

 そして、怒りで肩を震わせながら、部屋のドアを乱暴に閉めて、出ていく。

 

 赤毛の男は、ひどい嵐が過ぎ去ったような静けさの部屋を、改めて確認する。

 

 血が、壁に飛び散っている。これを綺麗にするのは時間がかかりそうだった。

 それに、床に倒れたままの女。どうやって隠すか、赤毛の男は顎に手を遣りながら、冷静に考えている。

 だが、その前にやるべきことがあった。

 

 

 赤毛の男は、サイドテーブルに置いていたスマートフォンへ手を伸ばした。

 連絡先の中から、目当ての人物の名前をスクロールして、表示する。

 その名前を見た瞬間、赤毛の男の口から、ふふっと小さな笑い声が漏れる。


「……おっもしろいなぁ」

 これは、赤毛の男の不思議な感情。

 今目の前で起きた出来事を口に出そうとすると、だんだん楽しくなってきてしまったのだ。

 電話を架ける作業の前に、一頻ひとしきり笑う。


 

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