1-5. 復讐で終わるのは、あまりに安っぽい
「冗談じゃない」
勝手に友達扱いされているなど、御免だ。
この世で反吐が出るほど嫌いなものはいくつかあるが、そのうちの一つが馴れ合いだ。
「何が命の恩人だ。俺は、お前がリエハラシアに災難を呼び込まないように監視したい、それだけだ。つるむ相手が欲しいならマッチングアプリでもやってろ」
「監視したい、って面と向かって言われるのは斬新」
フチノベ ミチルは人を食うような言い方をする。こういう振る舞いをする人間には、悲しいことに馴染みがある。
今日、そんな態度の男と和食料理店で会ってきたばかりだ。
一日に二度も、人物は違えど似たタイプの人間に遭遇してしまった自分の不運さに、一層腹が立つ。
舌打ちが出た。
フチノベ ミチルはキャメルブラウンのダッフルコートのポケットに手を入れた。
そして、探り当てた何かを手にすると、その掌をこちらに差し出してきた。
「はい、どーぞ」
掌にあるのは、白黒のホルスタイン柄の包み紙の小さな四角いもの。
このやりとりには、既視感がある。
「チョコレートか」
あの夜の車中も同じように差し出された。あの時は受け取ったが、今は手を出さなかった。
今までのやり取りで、非常に機嫌が悪いからだ。
「吸ってる時に甘いものを勧めるな」
「美味しいですよ」
フチノベ ミチルは一切めげずに、小さなチョコレートが乗った掌を差し出し続けてくる。
押しつけがましい。
「いきなり何なんだ」
「ちょっと打ち解けてみようかなって」
「逆効果でしかない」
掌をぐいぐいと差し出されて、自分が受け取るまで絶対に引かないという強い意志を感じる。
本当に何なんだ、これは。
「コイツ嫌いだなって思われても、それは相手に自分を認識させたってことだから、めちゃくちゃ大事な第一歩なんですよ」
この女、無駄にプラス思考で苛々する。
「私はあなたにもう一度会えて、ホッとしたんですよ。生きていてくれた、って」
そう言いながら、コートのポケットから、チョコレートを何故かもう一つ取り出した。小さな四角い包みが二個になった。
その掌を、懲りずに差し出してくる。
「お前、本当にうざったい」
燃え尽きかけた煙草を足元に捨て、踏み躙る。一瞬迷ったが、吸殻を拾った。
自分がここにいたという痕跡を残したくない、そういう
「マジで日本語、流暢すぎない?」
このうるささが本当に癪に障る。
こんな雑談に付き合っている義務はないのだから、立ち去っても何の文句を言われる筋合いはない。
きっとこの女は、ぎゃあぎゃあと喚くだろうが、こちらの知ったことではない。
女の横を擦り抜け、階段を降りようとすると、
「まだ話しましょう」
予想通り、引き留められる。
「帰る」
振り向かずに階段を降り始めると、甲高いヒールがの足音が後ろに続いて聞こえる。
踊り場の、互いの足元の段差がなくなったタイミングで、フチノベ ミチルは自分の前に回り込んできた。その左手にはスマートフォンが握られている。
「帰る前に、連絡先交換してもらいたい」
距離を勝手に詰めてくる上に、見苦しいほどの必死な表情で、純粋に気持ちが悪い。
「断る」
「私と連絡を取る手段があるのは、あなたにとって悪い話じゃないと思う」
こちらが言った言葉に被せてくるように、フチノベ ミチルはニヤッと笑って言った。
「私を監視しやすいでしょう?」
相手の言う通り、赤毛の男から情報を聞き出すより、何かやらかしそうな張本人とコンタクトが取れる方が、手っ取り早くて安上がりなのは間違いない。
「……”クソ”」
母国語が出た。背に腹は代えられず、苦渋の決断でスマートフォンを取り出す。
「連絡は一日一回以上必ずね」
「なんでそんな頻繁なんだ」
「ジョークですよ」
ジョークだ、と言う割には作り笑いすら見せずに、真顔で言うので真意がわからない。何も考えずに言っているだけのようにも思えるが。
「せっかく友達になったんだし、観光案内くらいしますから」
こちらとしては友達になったつもりなど一切ない。しかも、性格が悪いことに、観光目的で来たという明らかな嘘をいじってくる。
「あ、でも高いお寿司屋さんとか案内できないですよ。奢りなら行きますけど」
「それが命の恩人に対する態度か」
軽薄なやり取りに辟易していると、フチノベ ミチルは微笑んだ。威圧してくる笑い方ではなく、柔らかく微笑んでいた。
「あの時助けてくれたから、
この女に何ができるというのだろう。とはいえ、日本で生活する中では、数少ない人脈だ。
背後にいるクガとやらの動向を探り、抑え込むことが出来れば、それはそれでメリットが大きい。
「俺が話したことを、お前は真実だと思うのか? 俺が親切面してお前を騙して嘘を吹き込んだら?」
振り返らずに非常階段を降り続けながら、フチノベ ミチルに尋ねた。
苛立ちのあまり、八つ当たりしたくなったのかもしれない。
「私もあなたも、真実なんてどうせ知らない」
きっと無表情で、感情の見えない黒い眼をこちらに向けて言っているはずだ。
それだけは想像がついた。
どこまで知っていて、何を知らないのか、自分もフチノベ ミチルも理解していない。
「俺の話を聞いてどうする?」
「どうしましょうね」
今日どうする? と聞かれて、適当に返事をする時と同じ声のトーンだった。
脱力感しかない言葉に、思わず振り返ってしまった。
「母は、もう戻ってこないんですよ」
軽薄な声のトーンと相反して、女の表情は渋い。考えながら言葉を発している。
「あの場にいた大統領と、金髪の男。そいつらを手にかけても、私の心が晴れやしない」
黒い瞳は、階段の手摺のもっと向こう、電灯に照らされた夜空の方を見ている。
「ただの復讐で終わるのは……あまりにも、安っぽい」
ぼそりと呟いたフチノベ ミチルは、呆れと諦めの混ざった表情で笑っている。
「なら、結局は復讐したいんだろう?」
思わず鼻で笑ってしまった。
「復讐と言われたら、復讐なのかもしれない」
フチノベ ミチルは、ゆっくり瞳を瞬かせる。それがどういう感情なのか、自分にはわからない。
不思議な女だと思った。
復讐だけに生きているのかと思わせて、意外と現実的に物事を捉えているのかも、しれない。
この状況。
一年ぶりのフチノベ ミチルの変わりよう。
追い詰められているのが自分だということ。
だんだん面白くなってきてしまった。
自分の笑い声に驚いたのか、フチノベ ミチルは一瞬目を丸くしてから、こちらを指差して豪快に笑い出す。
「笑うと、顔が不気味」
「死ぬほどうざいから、もう喋るな」
一刻も早く、この女を黙らす方法を知りたい。
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