1-4. 友達になりましょう


 フチノベ ミチルの纏わせていた重苦しい空気が緩んだのを察して、こちらから話を切り出してみる。


「俺は今でも故郷のために尽くしたいと思っている。だから、お前が変な復讐心を持って、余計なことをされると困る」

 煙草を指に挟んで、無表情で佇むフチノベ ミチルを指差した。

 

「……あなたの国に、何かしようとは思ってませんよ」

 その言葉が本当かどうか、自分には判断する術を持っていない。

 

政府軍うちの装備品横流しに食いついてきた武器商人が言う言葉に、説得力はない」

 この女とその母親があの日、大統領と会食していたのは、軍の装備品横流しの交渉をするためだ。

 任務前のミーティングで、その情報は共有されていた。

 

「でも武器屋は廃業したんで、もう物騒なものは持ってませんから」

 フチノベ ミチルは両手を広げてひらひら見せる。

 丸腰だとアピールする動き。張り付いたような笑みが、嘘臭い。

 

「そうか、お前は今無職か」

「バイトで生計立ててますよ、失礼な」

「安定した職にも就かずに、怠惰に任せた将来性皆無な生活を楽しんでいるようで、何よりだ」

 度を越した嫌味に、フチノベ ミチルはさすがに眉を寄せる。

 

「日本語流暢すぎません? あと、めちゃくちゃひどい言い方しますよね」

 フチノベ ミチルは苦笑いして受け答えしている。しかし、目が笑っていない。

 さっきからずっとそうだ。

 


 その流れで、煙草をもう一本手に取る。

 

「お前が俺のことを嗅ぎ回っているのは、何が目的だ」

 女は答えない。

 笑いもしないで、じっとこちらを睨むように見つめている。真っ黒な、光をはじき返す暗い瞳。

 

「リエハラシアで復讐をするつもりか」

 復讐ごっこ、と言った瞬間、フチノベ ミチルが纏う空気が殺気立つ。

 

「用があるのは、大統領とその周りだけ」

 ――今は武器商人ではない、一介の民間人が、大統領たちを殺そうと?

 馬鹿げた話だ。

 

「言いたいことはわかりますよ。私だって無理だと思ってる。だから、必死で取っ掛かりを作ろうと」

 フチノベ ミチルがこちらに向かって一歩踏み出す。

 そして音もなく軽やかに、自分の目の前に顔を寄せてきた。

 

「どんな小さな取っ掛かりでいい。だから、あなたが持っている情報が欲しい」

 目の前に、感情の見えない真っ黒な目があるという不愉快な距離感。

 

「”今すぐ下がれ、でないと殺す”」

 それに猛烈な殺意を覚え、思わず母国語が出た。

 意味はわからなくとも声のトーンで察したらしく、フチノベ ミチルはすぐに一段下がって距離をとる。

 

「あなたは、あの時現場に居て、生き残ることのできた貴重な人物」

 一段下のステップからこちらを見上げているのに、獲物を目の前にして襲い掛かろうとしている獣みたいな視線を送ってくる。

 

「生き残る? 死に損ねた、の間違いだ」

 自嘲しながら、フチノベ ミチルに銃口を向ける。

 日本で使うことなどないだろうと思いながら、念のために用意していた拳銃P226

 

「お前には残念な話だろうが、俺も、あの大統領が危惧していることと同じことを考えている。物理的に政府の監視も届かない状況で、あの日の生き残りがこの世にいることが恐ろしい」

 自分の言葉を聞いて、フチノベ ミチルは少しだけ首を傾ける。

 自分が言っていることが、とても的外れなように思われているのが伝わってくる。

 

「アヴェダ大統領の味方みたいな言い方しますね。反体制派なのに」

 反体制派、と言われるのは納得できないが、現状、自分の立場はそう言われる側なのだ。

 反論の言葉は喉の奥に抑え込んだ。

 

「俺は、自国民を害する存在ではない。お前がリエハラシアに災いをもたらす人間なら、この場で排除する」

 そう言いながら、引き金にかけた指の力を、少しだけ強めた。

 

 フチノベ ミチルは口を開いたものの、喋るのを躊躇った様子で唇を噛む。

 

 お互い黙ると、街の喧騒のボリュームが大きく感じる。

 この喧騒が気にならないくらい、会話に集中していたのだろう。

 数秒ほどの沈黙。

 

 それを破ったのはフチノベ ミチル。

「あの建物には」

 喧騒が遠くなるほど、しっかりとした声音で話し出す。

 

「民間人もいましたよ。それでも綺麗事を言う?」

 引き金にかけている指の力を緩めた。痛いところを突かれた。その事実に反論の余地はない。

 

「それでも、あなたの国の人たちがそんなに大切なら、私に協力してほしい」

 向けられた銃口など気にしない素振りで、こちらを見つめている真っ黒な瞳は淡々と語りかけてくる。

 熱心に説得してくるのではなく、奇妙に思えるほど静かに。

 取り出したはいいものの、持て余してしまった拳銃を、ウエストにしまい直す。

 

「協力はしない」

 はっきり断ると、溜め息の後にくぐもった笑い声が漏れ聞こえてくる。

 

「じゃあ、協力とかナシで、友達になりませんか?」

「……何を言われているのか理解できないんだが」

「あなたは私の命の恩人だから。これも縁ですよね的な」

 さっきまでは気味が悪いほどの威圧感を醸し出していたくせに、笑い出してから急に、緊張感のない所作をする。

 しかも、言い出してきたことは、突拍子がなさすぎる。

 

「私とあなたは、ただの顔見知りよりは濃い間柄じゃないですか」

 フチノベ ミチルは、薄っすらと微笑んだ。

 

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