1-2. 気乗りしない会話
*
ここ数日、自分が通い詰めている和食料理の店。
昼からオープンし、日付が変わるくらいの時間にクローズするので、夜型の自分に合っていた。
今夜最初に口にした料理は、挽肉と蕪をとろみをつけたスープで食べる、とても慎み深い味付けの料理だった。
「そうそう、あのコが働いてる表参道のカフェ、俺この前行ってみたんだけど」
この味わい深い料理を、この雑音みたいな喋りを隣で聞きながら食べているのが、とてももったいない。
「あ、大丈夫だよ、あのコのシフトが休みの時に行ったから、顔合わせてないよ」
隣にいる赤毛の男は、早口でずっと喋っている。シンプルにうるさい。
命からがら故郷から逃げ出した自分の前に、半年前ふらっと現れたのが、この、同じ部隊にいた諜報担当の赤毛の男だった。
自分が日本へ向かったのを、自慢の情報網から知ったこの男は、なぜか日本に現れた。
そして自分は、この男に絡まれている。
「んで、そのカフェ、値段高いだけで味はフツー。まぁ、かわいいスタッフばっかりで楽しかったけどねぇ。かわいいコを集めるには人件費ケチれないってことかなぁ。それでね、アイドルみたいにかわいい子がいたからね、連絡先を」
右隣で怒涛の勢いで喋り続けている赤毛の男は、そんなことなど一切お構いなしだ。
「その話はもういい。俺が聞きたいのは」
わざわざこちらの気を引くためにしてきた話など、聞いても仕方がない。
「最近、この店の周りにいる雑魚どもが何者か、だ」
脱線しそうな話題を、本題に戻してやる。
自分が一番聞きたかったのは、そこなのだ。
隣に座った赤毛の男は、こちらの問いに答えなかった。
グラスに入った透明な酒に口をつけて、アルコールが喉を焼く感覚を楽しんでいる。
「……揚げ出し豆腐が不味くなる前に、お前が本当に言いたい用件を言え」
曲がりなりにも、かつては特殊部隊の諜報担当だった男だ。この店の周りをうろつく、レベルの低い尾行者の素性を調べていないはずがない。
「ホントにせっかちだなぁ。今、俺たちを嗅ぎ回ってんのはクガの手下だね」
赤毛の男は、自分の前に置いてあった皿から玉子焼きを素手で摘むと頬張る。
そして突然、そしてなんでもない口調で、さらりと情報を投げてきた。
「……クガ?」
一体誰だったか思い出そうとしてみたが、断念して揚げ出し豆腐にフォークを刺す。
「有名なジャパニーズマフィアの幹部。凶暴で怖いって評判の」
赤毛の男の話から、自分の記憶の中にある名前と情報を一致させる。
勝手に盛り上がっている赤毛の男は、なおも話を続けた。
「ほら、前に話したじゃん、フチノベ ミチルの保護者みたいな存在」
「さぁ。思い出せない」
言葉とは裏腹に、頭の中ではだんだんと点と点が繋がる。
クガの名前を聞いたのは、他でもない。「フチノベ ミチル」の話を聞いた時に出てきた名前だ。
「あの母親……フチノベ ユウコが、そのクガっていうヤクザの元恋人だったな。その繋がりで世話になってるのか」
推察するからに、フチノベ母娘は、クガとやらとは随分と親密な付き合いだったようだ。
母親の元恋人として接しているが、本当の関係性は実の父娘か?
「ま、実際には、フチノベ ミチルはクガの世話にならないで頑張ってるみたいだけど」
「その、クガって男の手下が、何故うろついている」
また話が横に逸れそうなので、話を最初に戻す。
わざわざ、この訳知り顔で面倒臭い赤毛の男がコンタクトを取った理由は、この話をするためだ。
「そりゃー、俺たちが気になるからでしょ? うっかり母国語で話してるのを聞かれちゃったんじゃない?」
赤毛の男は、無邪気に笑いながら言う。
その軽い調子が、気に入らない。
「こんなマイナーな言語なのに、よくわかったな。その解析力は褒めてやりたい」
リエハラシアは、対外的には英語かロシア語を使うが、普段の気の置けない同士の話はリエハラシア語を話す。
例えば、今みたいに。
同胞のみで使う言語であるがため、自国以外での認知度はかなり低い言語だ。
それをよくリスニングして判別できたものだ。
「そのクガが動いてるってことは、フチノベ ミチルにも繋がってきそうじゃない?」
ちら、と赤毛の男はこちらを見た。
赤毛の男の眼は、グリーンとライトブラウンが重なり合う、複雑な色味をしている。いわゆる、
光の加減で緑みが強くなったり、弱くなる。今は緑がかっている。
「クガには息子が居るんだけど、フチノベ ミチルと同い年で幼馴染なんだよ。クガの息子から、俺たちがここによく来るって情報が流れても、なーんにも不思議じゃないよねぇ」
それを聞いて、赤毛の男を思わず舌打ちして睨んだ。
この男が本当に伝えたかったのは、「フチノベ ミチルに、この店へ通っていることがバレた」ことだろう。
それを勿体ぶって、そして芝居がかった素振りで言う。
「……ほら、茄子の漬物美味いぞ」
茄子の浅漬けと呼ばれる漬物が入った小皿を目の前に差し出すと、あからさまに顔をしかめた。
この男は茄子が嫌いだ。それを知っていてやる、おとなげない軽い嫌がらせだ。
「かつてはエリート軍人でも、今はしがない情報屋よ。クガに探られたくない腹を探られるくらいなら、しばらく大人しくしとこうと思ってる」
茄子の漬物の乗った小皿を手で押し返しながら、赤毛の男は言う。
「お前がそう思うなら、そうしたらいい」
茄子の小皿を突き出すのをやめて、テーブルに戻す。
赤毛の男が今、どんな仕事を抱えているのか知らないが、クガとやらに探られると不都合なことがあるのだろう。
無意識に胸ポケットの煙草に手を伸ばすが、昨今のご時世、煙草はどこでも吸えるものじゃなかった。
「日本って楽しい?」
赤毛の男は、唐突に聞いてくる。酔っ払ったのか、少しとろんとした眼をしながら。
「そもそも、お前はなんで日本へ来た」
自分が日本へ来た理由など、しょうもないことだ。――一年前のあの日、国境検問所で別れた女の安否を知りたかっただけだ。
「縁もゆかりもないのに日本にいる、ってお前が言うから、心配してついてきてやったんだってば。……現に、俺がいて助かっただろ?」
赤毛の男はヘラヘラと笑った。
悔しいことに、この男の言う通りでもあった。
この男は日本に着くなり、方々で顔を広げて、情報網を作り上げた。
そして、あの女がフチノベ ミチルという名前であることや、クガと仲がいいだとか、いろいろ調べてきた。
「この玉子焼き、美味しいね」
そう言って、赤毛の男は自分の前から最後の一切れの玉子焼きを摘んだ。
「ふざけんなよ、お前」
思わず声を荒げた。だが、自分が口をつける前に、玉子焼きは食い尽くされた。
赤毛の男を睨みつけるが、当の本人は鳴り出したスマートフォンを手に、立ち上がるところだった。
「じゃ、そういうことで、俺はもう帰るね」
赤毛の男は通話に出ると、こちらにニヤッと笑いかけ、まるで何事もなかったかのように去っていく。
やりたいことだけやって、後のことは他人任せ。
この赤毛の男の、こういうところは、故郷にいた頃から変わらない。
自分は今も昔も、この男が苦手だ。
あの軽薄さ。振る舞い。言葉の一つひとつ。
見ているだけで、腹立たしい。
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