1. Curiosity killed the cat

1-1. 一年後、東京


         *



 あの夜から一年後。東京。


 キャメルブラウンのダッフルコートを身に纏う、腰の辺りまでの長さの、真っ直ぐな黒髪の女。

 切れ長の黒い瞳と、凛とした顔立ちが印象的な、顔立ち。歳は二十歳くらいだろうか。

 

 彼女は、青信号になった交差点の横断歩道を足早に歩いていた。

 渡り切る途中、コートのポケットの中のスマートフォンが鳴る。

 渡り切って、道端で邪魔にならないように立ち止まると、応答に出た。

 

「もしもーし」

 気の置けない相手なのか、彼女は口元に笑みを見せながら、電話の向こうへ声をかける。


『みちる、今電話して平気?』

 電話してきた相手は、少し早口になりながら言う。

 みちる――というのは、今電話に出ている、ダッフルコートの女の名前だ。

 

「バイト終わったところ。で、マナトがそんなに慌てるのは、何か大事な話?」

 みちるは、電話の相手――幼馴染のマナトが、焦っている様子なのを声のトーンから察していた。


『みちるに頼まれてた話の、新情報。例のエリ? エリンドリア? の人間がよく来てる店、目星がついたんだけどさ』

「リエハラシア。新しい名前の国を爆誕させるんじゃないよ」

 マナトがうろ覚えの国名を言うと、みちるは、すかさずツッコミを入れる。


『その店に、今日も来てるんだって』

「……それはどこ?」

 マナトの言葉に、みちるは一瞬顔を強張らせる。

 マナトが店名と場所を伝えると、みちるは頭へ叩き込むように、復唱する。

 

「てか、どうやって、リエハラシアの人間だとわかったの?」

『クッッソ大変だった! そんなマイナーな国の言葉なんてわかるヤツ、ウチには居ねぇから、わかる人間探してさぁ』

 マナトが苦労したと語る中、みちるは唇を引き結んで駅へ向かう。

 ――先ほど、マナトから伝えられた店の場所へ向かうために。


「ホントに情報ありがとう。手間かけさせてごめん」

 改札を抜けながら、みちるはマナトへ言う。

 午後七時過ぎの駅は、行き交う人が多い。ぶつからないように、上手く躱しながら進む。


『あー大丈夫、大丈夫』

 マナトは、軽く笑い飛ばすだけだった。

 

「この情報料は、おいくらになるの?」

 みちるはヒールの音を響かせながら、目的の駅へ向かう電車のホームへ向かう。


『情報源はオヤジだから、元手かかってねぇから。俺が勝手にボヤいただけだよ』

 マナトは鼻で笑って、みちるがした金の話はそこでシャットアウトした。


「マナトはいつも、優しいね」

 電車はまだ来ない。

 みちるの視線は、電光掲示板の出発時刻を確認している。

 

『あ、そうだ。たまには俺の家に顔出せよ。オヤジもオフクロも心配してっから』

 マナトのその言葉に対して、みちるは苦笑いにもならない、微かに口角を上げる仕草を見せた。

 

 マナトの父親は、関東一円を支配下に置く、とある暴力団の若頭だ。

 元々、マナトの父親とみちるの母親は「商売柄」、付き合いがあり、家族ぐるみで交流していた。

 

 母親を亡くしたみちると、入院したままの父親の行く末を案じているのは、マナトだけではなくマナトの両親もだ。


「じゃ、電車乗るから」

『みちる』

 通話を切ろうとしたみちるを引き止めるように、名前が呼ばれる。

 その声音が、いつになく真剣に感じて、みちるはホームに留まる。

 

『そろそろ本当のこと言えよ。あの、なんとかって国から来た人間について、調べてるのは……一年前のことがきっかけだろ?』

  一年前、みちる母娘に起こった出来事について、マナトが知っているのは、「テロに巻き込まれ」「みちるの母親は死に」「みちるだけが生きて帰って」きたこと。

 

『テロに巻き込まれて、みちるの母さんは死んだって話だけど……、オヤジが言うには、なんか……そうじゃないっぽいらしいじゃん?』

又聞きした話から、なんとなく察したことを口にしているマナトは、核心が掴めていないので、表現が曖昧になってしまう。

「らしい、って、どういう話?」

 みちるは、薄く笑った。


『呼ばれて出向いていった日に、テロが起こるなんて不自然だ……って、オヤジは思ってる』

 みちるの眉間に、薄っすら皺が寄る。

 この表情がマナトに見えなくて良かった、と内心思っていた。

 

「テロなんて、いつだって突然だよ。あと、何が起きたか、知りたいのはさ」

 貼り付けたような笑みを浮かべたみちるは、はぁ、と小さく息を吐く。

 

「私の方なんだよね」

 そう言ったみちるの目の前に、速度を緩めた電車がゆっくり停車する。

 

『……はいはい、絶対言う気ないのな』

 マナトがそう言い終わった後、すぐに電話が切られた。

 みちるは、しっかりとした足取りで、電車の開いたドアから乗り込む。

 マナトの言葉を最後まで聞いたかどうか、わからない。

 

 電車が駅を出る。


 

 

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