0-3. 運のいい女


         *



 照明が落ちた大統領府の建物内。

 警備や使用人が床に何人も倒れている中を歩いていくと、同じ部隊の同僚もその骸の中に確認できた。

 甚振いたぶるよりも数をこなさなければならなかったのだろう、すべて致命傷だった。


 短時間にこれだけ殺す。

 数々の訓練とテストの中で、近接戦では群を抜いた身体能力とセンスを見せただけはある。

 その事実に改めて腹が立つ。

 

 狙撃ポイントから撃ってやってもよかった。

 それをしないのは、金髪の男が何を思って裏切ったのか、聞く権利の放棄になるからだ。

 

 裏切ったものには粛清を。

 

 自分で思っていた以上に、頭に血が上っていたのは確かだ。

 人の気配が消えて暗い大統領府を、応接間まで真っ直ぐ目指して歩いた。

 

 何度か踏み入れた、大統領府の応接間。履き潰したブーツで踏むのが心苦しいほど、絨毯は柔らかい。



 ————そして今、ここに至る。



 目の前で火花が起きて、破裂音がした。

 細かい破片がこちらに飛んでくるのを察して、一瞬目をつぶる。


「運がいい女」

 金髪の男は、死んだかと思っていたが死んでいない。

 反対側の女も、傷一つない。

 

「狙ってやったなら恐ろしいし、狙ってないなら運が良すぎる。ありえないでしょ、弾同士が正面衝突って」

 金髪の男が少し興奮した様子で、笑みを浮かべていた。

 

 あの一瞬の間合いで、お互いの銃口が向かい合い、同じタイミングで発射しか思えない。

 まさに、奇跡のような一致。

 

 

 金髪の男が少し興奮した様子で笑みを浮かべていた。目の前で起きた現象に驚いて、僅かに注意が逸れていた。


 その瞬間に、自決用に携帯していた拳銃P226を男に向けた。

「なんで裏切ったか言え」

 思っていたより声が大きくなった。

 こんな相手に、感情など込める気もなかったのにも関わらず。

 おそらく、自分の人生で最も腹が立っていた。

 

 殺気立った青い眼が、金色の髪の隙間から睨んでくる。

 

 音もなくゆらりと立ち上がった女は、拳銃ベレッタ92の引き金に指をかけていた。


 金髪の男の銃口は女に、女の銃口は金髪の男に、そして自分の銃口は男に。


 分が悪いのを察して、金髪の男は銃を下げた。

 そのまますぐに撃ち抜きそうだった女に、今度は自分の銃口を向ける。

「お前は銃を降ろせ」

 この女にしゃしゃり出られるのが面倒だった。

 自分は、この金髪の男に聞きたいことだけ聞いて、殺したいだけだ。


「そろそろ、こっちの援軍が来るよ。包囲される前に逃げたら?」

 こちらの集中が途切れた隙を突いて、金髪の男はニヤッと笑った。

 この男が言うことに、どこまでの真実が含まれているのか、自分にはわからない。

 すべて嘘だとしても、おかしくないのだ。

 

「……一緒に地獄へ連れていってやる」

 そう吐き出すのが精一杯という情けなさが、怒りを増長させる。

 

「俺は死なないけど、あんたは殺されるよ。民間人を含め、これだけの人数を殺害した凶悪で無慈悲なクーデター実行犯だ」

「この有様は半分以上、お前の仕業だろう」

「俺は、大統領側だもん。大統領が思う通りに事が進む」

 それを聞いて舌打ちが出る。この計画はすべて漏れていた。この男のせいで。

 

 舌打ちが称賛にでも聞こえたのか、金髪の男は満足げに言う。

「あんたが望むなら、全部この女のせいにしてもいいよ?」

「これがお前の、俺に対する復讐か」

 そう尋ねると、きょとんとした表情を見せた。その表情だけは歳相応の子供だった。

 

「そうかも」

 金髪の男は、清々しいほど綺麗な作り笑いで、質問に答えた。


 大統領府のエントランスの方が、騒がしくなっていた。

 大統領が呼び寄せたであろう警備部隊が集まってきたのだろう。

 金髪の男は踵を返し、エントランスの方へ向かっていく。

 こちらが反撃する時間はないと見越して、背中を向けて悠々と去っていく姿が恨めしい。

 今から、この金髪の男は警備部隊に合流するだろう。


 

 自分と、この女はどうなる。


 

「“逃げるぞ”」

 拳銃を握って離さない女の手首を取って、捻り上げた。

 拳銃が指から離れて床にぶつかる音が響く。


 今やるべきなのは、ここから離れるしかない。だが、

「どこへ逃げろと」

 女は、押し殺した声音で言う。

 真っ白な顔色、真っ黒な眼に白目は血走っていた。

 英語を流暢に話すが、こちらの言語は話さない。英語で話す方が無難なようだ。

 

「ここ以外のどこか」

 全く納得していない顔の女は、何かを言い返そうとしたが、それを遮った。

 

「復讐したいなら生きろ」

 抵抗しようともがいていた女の手の力が、静かに抜けていく。


「死に損なったんなら、生き延びるしかないだろうが」

 そう吐き捨てると、女の黒い瞳は震えだす。

 糸の切れた操り人形のように座り込んだのを見て、この女はもう、反抗するほどの気力も残っていないと察した。

 

 その隙に、床に転がっていった女の拳銃を拾い上げて回収しておく。

 

「置いていくしか、ないですか」

 血走った黒い瞳が名残惜しそうに見つめるのは、絨毯に横たわる女だった。

 

「死体を連れ歩けると思うのか」

 言い方が悪いが、これくらい言わないと諦めてもらえる気がしなかった。

 

 英語で小さく「クソが」と呟くのが聞こえたが、聞かなかったふりをした。

 こちらに向かって言ったわけではなく、この状況に対しての悪態なのはわかっていたからだ。



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