お泊まり会

曖昧な好き お泊まり会



 百合は自室のベッドに寝転がり、スマホを握りしめていた。


 (本当に行くの……?)


 彩の家に泊まるのなんて、何年ぶりだろう。


 小学生の頃は当たり前のように泊まっていた。映画を観て、ゲームをして、夜中まで他愛のない話をして――だけど、あの頃とは違う。


 私は、もう彩をただの友達として見られない。


 (でも……断れなかった)


 彩が「楽しみ!」と笑ったから。


 私は、あの顔を裏切ることができなかった。


 【親にOKもらえたよ、今から行くね】


 そうメッセージを送ると、すぐに既読がつく。


 【やったー!待ってる!】


 送られてきた絵文字たっぷりのメッセージを見て、百合は小さく息を吐いた。


 (……何も考えない。いつも通り、いつも通り)


 そう言い聞かせ、荷物をまとめ始めた。


 ――――


 「百合ー!」


 インターホンを押すと、ドアが開くより早く彩が飛び出してきた。


 「待ってたよ!さ、入って入って!」


 「ちょ、そんなに引っ張らなくても……」


 手を引かれたまま、彩の部屋へ。


 変わらない。


 ベッドの位置も、壁に貼られたポスターも、昔と同じ。


 「はい、お菓子!」


 彩はベッドにどさっと座り、スナック菓子を差し出してくる。


 「ありがとう」


 袋を開けながら、ふと気づいた。


 彩の部屋に泊まるのは久しぶりなのに、ベッドはひとつしかない。


 「……私、どこで寝るの?」


 「え? 一緒に寝るに決まってるじゃん!」


 彩はあっさりと言う。


 (……やっぱり、この子は無自覚すぎる)


 「ていうか、何観る?ホラーでもいい?」


 「は?ホラー?」


 「夏といえばホラーでしょ!」


 そう言って彩は楽しそうにスマホで動画を探し始める。


 (私はホラーより、お前のほうが怖いよ……)


 自分の気持ちが抑えきれなくなりそうで。


 「じゃ、これにしよ!」


 彩が選んだのは、海外の有名なホラー映画だった。


 (最悪……)


 でも、断る前に再生ボタンが押される。


 暗くなった部屋。画面の中の不気味な雰囲気。


 そして――ホラー映画あるあるの、突然のジャンプスケア。


 「うわっ!!」


 彩が飛び上がるように百合の腕にしがみつく。


 「ちょ、いきなりくっつかないで!」


 「だって怖いんだもん!」


 (いや、お前が観ようって言ったんじゃん……)


 文句を言いたくても、彩のぬくもりが強すぎて、言葉にならなかった。


 (……もう、ほんとずるい)


 気づけば映画どころではなくなっていた。


 鼓動がうるさい。


 彩の香りが近い。


 「……ねえ、百合」


 「な、なに?」


 「百合って、私が他の子と遊んでたら、ちょっとは寂しくなったりする?」


 思わぬ言葉に、息が詰まる。


 「……なんでそんなこと聞くの」


 「んー……なんか、最近百合が私を避けてる気がして」


 「そんなこと――」


 「あるよ。なんか、話してても距離あるし」


 彩が腕をほどいて、じっと百合を見つめる。


 「……もしかして、私、百合になんか嫌なことした?」


 違う。


 そうじゃない。


 「だったら言ってほしい。私、百合が大好きだから」


 また、それ。


 簡単に「好き」って言う。


 でも、私は――


 「……バカ」


 抑えられなかった。


 気づけば、彩の肩を掴んでいた。


 「え……?」


 「彩は簡単に言うけど……私にとって、それは、簡単じゃないんだよ……」


 彩の目が、戸惑いで揺れる。


 「あのね……彩の”好き”と、私の”好き”は、違うの」


 彩の唇が動く。


 でも、何かを言う前に――


 百合は、彩の唇を塞いだ。


 ずっと抑えていた気持ちが、爆発した。


 戸惑うように揺れる彩の瞳。


 でも、百合はもう止まれなかった。


 (――もう、隠せない)


 熱を帯びた夜は、静かに更けていった。

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