第2話 本の精霊

『腹筋百回!その次は背筋!』


 翌日。私は何故か本の精霊によって体を鍛えられていた。納屋に入っていた箒を素振りしていた私は息切れを起こしながら本の精霊に呼びかける。


「これって、なんの意味があるんですかね?」

『何って。腕っぷしひとつで生きていくための訓練だ。体を鍛えて継母共に一発入れてこい!』

「え……ええ~?そんなことしたら屋敷から追い出されます!そしたら私、生きていけないって言いましたよね?」

『だから生きて行けるように鍛えてんだろうが!体力さえあれば何とかなんだよ。力仕事とか。雑用のお陰でお前はそんじょそこらの女より体力はある。それにお前、本を読めるんだろう?外にでさえすればいくらでも働き口はある』


 本の精霊にしては現実的で真っ当な助言に私は目を丸くする。そうかもしれないけど……。


「でも……私。あの人達を前にすると足がすくむんです。力をつけたとしても、一発入れられるかどうかは……分かりません」

『それは心の問題だな。支配者にのまれちまってる。俺も昔はよくあったよ。強力な相手を前にすると体が動かなくなるやつだ』

「え?本の精霊さんにもそんなことがあるんですか?強そうなのに」


 意外な気がした。勝手なイメージだけど本の精霊は強くて、私なんかとは正反対な人のように思えたから。同じ気持ちになったことがあるなんて夢にも思わなかった。


『ああ。だから、そう言う時は「これだけは譲れない何か」があるといい。このためだったらこいつに何されてもどう思われても構わないっつー何かが。お前の場合、自由のためにでもいい。無残な最期を避けるためでもいい。そうすりゃ自ずと体が動く』

「これだけは譲れない何か……」


 素振りをする手を止めて考え込む。

 私は自由が欲しい。

 誰にも支配されず、悪口も言われない場所に行きたい。だけどそれが本当に力になるんだろうか。


『今手を止めただろう?素振りを続けろ!』

「なんで見えないのに分かるんですかー?」

『ほら、もたもたするな!二度は言わない。早くしろ!』

「……はい」


 深く考える間もなく私は本の精霊の言う通り、体を鍛える日々を過ごした。

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